淘汰案件。~薬屋さんは、冤罪だけど真っ黒です~
とある酒場で、酒を飲んでいた冒険者のうち、約十名が体調不良を訴えた。そのうち、数名が意識不明の重体。そして、二人が死亡。
調査の結果、冒険者の体調不良や死因は、工業用アルコールの混ぜ物がされた酒と、粗悪なポーションが原因であると判明。
工業用アルコールが人体に有害なのは勿論だが。その上、粗悪なポーションは酒との飲み合わせが悪く、体外へ排出される前にアルコールを摂取すると、肝臓や腎臓へとダメージを与えるという代物。
酒屋の主人は、混ぜ物アルコールの提供を否定。また、他の客からの証言もあり、冒険者のうちの誰かが持ち込んだ物とされている。
そして、粗悪なポーションの製作者として、とある薬屋が犯人として浮上した。
その薬屋は、過去に幾度も似たような死亡事故への関与が疑われているが、証拠不十分として釈放されているということを繰り返している、曰く付きの怪しい薬屋だった。
今回もまた、容疑者として浮上した薬屋へと、任意で事情聴取をすることになったのだが――――
薬屋は、ひひひひっと嬉しげに笑いながら・・・自らを冤罪だと主張した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
はあ。
そうですか。
冒険者が約十名も体調不良。そして、数名が意識不明の重体。二人が死亡。
それで、それが俺になんの関係が?
は? 俺が、死亡した冒険者の男に売った粗悪なポーションが原因?
ひひひひっ……そうですか。
ああ、失礼。
いえいえ、俺は粗悪なポーションなんか売ってませんよ……そう、売っては、ね。
なら、なぜ笑うか、ですか?
殺人犯? 俺が?
ああ、待ってください、待ってくださいって。
冤罪ですよ、冤罪。
確かに、その粗悪なポーションと呼ばれている物は、俺が作ったものかもしれませんけど……
水で薄めたポーションに、ほんの少しの痺れ薬と強い痛み止め。回復薬としては底辺の、けれど痛みはすぐに取れるっていうポーション擬きですね。
ポーションを数倍に薄めて、そこらで採れる薬草を幾種類かを組み合わせて作れるんで、めっちゃ低価格。しかも、痛み止めへの依存性が低い仕様。金の無い駆け出しや底辺の冒険者にはそこそこ売れるんですよ。
けどその代わり、酒との飲み合わせが最悪で、麻痺薬と痛み止め成分が体外に排出されないうちに飲酒をすると、肝臓や腎臓を壊しますが。
ポーション擬きを飲んだ後は、一定期間の禁酒や、ある程度の節食制限があるんで、冒険者として食えるようになったら、自然と買わなくなるもんなんですけどね。
はい? 薬とは名ばかり? それはもはや、毒と言っても過言じゃない?
俺がそれを広めたって? まぁ、作り易い配合のレシピを考えたのは俺ですけどね。
そのせいで、身体を壊す冒険者が続出?
はあ、俺が諸悪の元凶?
言われましてもねー?
俺、お客さんにはちゃんと説明して、納得して買ってもらってるんですけど? 禁酒や節食の期間も確りと。
現に、身体を壊す被害が続出している?
説明をせずに売っているからだろう?
はぁ・・・
ねぇ、騎士様。騎士様は、食い逃げや掻っ払いってどう思います?
犯罪は許せない、ですか。そうですよねー……
なら、代金を払わず商品を持って行くってのは、犯罪ですよね?
無論、ですか。
ひひひひっ、同意ありがとうございます。
なら、聞いてくださいよ。
ほら? 俺、ひ弱そうでしょう? 冒険者の方に、よく舐められるんですよねー。
それで、不当に安い代金で薬を買われたり、酷いときには脅迫されて、強盗紛いに商品を奪われちゃうんですよ。
ええ、はい。被害届けも出したりしてるんですけど、大概は捕まらないことが多くてですねー……
でも、冒険者ギルドに素行不良な冒険者の報告をして、被害届けやら面倒な申請書類やらを出したら、冒険者に依頼や素材買い取りの制限なんかのペナルティが付くんですけど……
知ってます? その、素行不良だと密告した奴をわざわざ探し出して、報復だって襲うような冒険者もいましてね……
ひひひひっ、俺もその逆恨みの被害に遭ったことがあって。
一応、これでも薬師なんで、手や腕は傷付けられなかったんですがね。両足をね、脛のところで叩き折られたことがありまして……
あれは本当に最悪でしたよ。連中がいなくなってから、自前のポーションで回復しましたけど。文字通り、痛い思いをした上に大赤字。しかも、寒いときなんかにはまだ偶に足が痛むこともあるし。
挙げ句、俺の両足を折ったその冒険者共が、俺を脅すワケですよ。
また足を叩き折られたくなければ、ただで薬を用意しろ、ってさ?
犯罪? 暴行と脅迫罪? ええ、ええ。そうでしょうね。
被害届け? 出して、また襲われたら堪ったもんじゃないんで、泣き寝入りですよ。
だから、勝手に持って行かれてもいいように、できる限り値段を抑えたポーション擬き……騎士様の言う粗悪なポーションを見世物として並べるようになりましてねー。
ひひひひっ……ああ、キチンと代金を払ってくれる方には、ちゃんとした薬を売ってますよ? 前払いしてくれるお客さんには、ですが。
でも、ほら? 代金を払わないで、強盗するような輩が勝手に持って行かれるのはね……
それ、お客さんじゃないでしょ? 全然違いますよね?
強盗に持ってかれた俺の商品で人が死んだ? って言うか……死んだのは、その強盗でしょう?
ひひひひっ……
笑うな? ああ、すいませんねー。
でも、ほら? 長年、脅迫と強盗をしていた奴が、もう店に来なくなると思うと嬉しくってつい。
商品管理の不手際? 職業倫理の欠如?
いやぁ、それを言われると痛いんですが……
でも、それを言うんでしたら、なんで強盗したときに奴を捕まえてくれなかったんですか?
奴が最初に強盗をしたときに捕まえてくれれば、こんな被害は出なかったんじゃないですか?
俺が両足を折られることも、他の薬屋や、武具を売る店や、料理屋、宿屋、町の住人が被害に遭うこともなかったんじゃないですか?
知ってます? 冒険者崩れの犯罪者が、どれだけ人に迷惑を掛けているかを。
騎士団に訴えても、相手が冒険者だと知ると尻込みして、なかなか捕まえてくれない。
なら、自分で身を守るしかないじゃないですか?
例えば、奪われると判っている商品を最初から劣悪な物にしておく、だとか。大して効き目の無い薬に換えておく、だとか……
まぁ、それでも赤字なんですが。
薬が効いていると思わせるように、痛み止めと感覚を麻痺させる薬を混ぜておいて……
討伐や依頼の間に使用して、鈍った感覚と然程治らない傷、あまり回復しない身体で……死ねばいい、とか?
生きて帰って来たとして。飲み合わせが最悪な酒を飲んで、身体を壊せばいい、とか?
身体を壊して、早く死ねばいい、とか?
そういう風に思ってしまっても、仕方ないとは思いませんか?
だって、ソイツが死ねばもう、売り物を奪われることも、脅迫されることも、暴力を振るわれることも、踏み躙られるようなこともありませんから。
巻き添えになった人?
ああ、それはお気の毒だと思ってますよ?
けど、でも……その人達も、誰かから奪った薬を飲んだんですよね?
冒険者って、回復薬関係は自分で用意するのが常識じゃないんですか?
ほら? 知らない人からもらった物は、不用意に使用しない。自衛の一環ってやつですよ。
誰かから奪った薬を、効能も知らない薬を、安全だという確証の無い薬を、飲んだのはその人自身ですよね? 自分で。
信用できない物を自ら口にした、自己責任ってやつじゃないんですか?
恨まれていてもおかしくない相手から奪った薬を、効能もよく知らない薬を、誰かに譲った。
昨日の事件って、そういうことですよね?
それ、俺が悪いんですか?
俺、長年に渡って脅迫されて、商品を大量に強奪されていた被害者なんですけど?
商品の説明義務?
強盗に商品の説明をする商人って、います?
それに、騎士様が見せてくれた薬の一部は、確かに俺の作ったポーション擬きですけど。中に、俺が作った物じゃない物が幾つも交ざってますよ。
なに驚いてんです?
さっきから言ってるでしょうに?
冒険者崩れの犯罪者が幅を利かせてるって。
そういう連中に、死んでほしいと思ってんのは俺だけじゃないんですよ。
武具屋は、わざと武器や防具が壊れ易くなるように。急所を覆う部分が脆くなるように細工を。食べ物屋や宿屋は、ギリギリ腐っていない物を。または食中毒が起きることを願って、加熱が必要な食べ物にわざと確り火を通さない。
薬屋は、粗悪品のポーションを……
ひひひひっ……
なにを喜んでいる、ですか?
ああ、いえ。冒険者崩れの犯罪者が減ったことが嬉しくて。
ひひひひっ……
弱い立場の人間だと、これくらい些細なことしかできないもので。
まぁ、いずれにしろ、いつかは死んでいたと思いますよ?
だって、連中を恨んでいるのは俺だけじゃないですから。
――――え? もう、帰っていい?
ありがとうございます。助かります。
冤罪が晴れて、本当によかったです。
では、失礼しますね。
え? もう、ここに来るなって?
ひひひひっ……
俺も、是非ともそうしたいんですけどねー? でも、ほら? 俺、ひ弱そうに見えるらしくって。
よく、商品を強盗されちゃうんですよ。
そして、強盗した相手がなぜか、よく死んじゃうみたいで……
ええ。勿論、俺はなにもしてませんよ? ええ、はい。俺自身は、ね?
商品を強奪されている被害者ですから。
勝手に持って行ったポーション擬きが、あまり身体によくないってだけの話です。
いえいえ、代金を払ってくれるお客さんには、都度商品の説明をしていますって。ええ、お客さんには、ですが。
その説明を、ちゃあんと守っていれさえいれば、害はそんなにありませんよ。
ただ、そもそも薬というのは、元が毒と紙一重ですからね。毒を以て毒を制す、それが薬の効能の真実なんですよ。
ひひひひっ……
騎士様も、気を付けた方がいいですよ。
恨みを買わないように――――
ひひひひひひひひっ……
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
容疑者の薬屋は粗悪なポーションの製作者のうちの一人として、厳重注意をして釈放された。
容疑者の供述通り、死亡した冒険者は詐欺、脅迫、強盗の常習犯で、方々から恨みを買っていた。
死亡した冒険者二人は、容疑者の薬屋が言っていたように、様々な店で脅迫行為を常習、彼らから繰り返し搾取していた。
そして――――薬屋の彼の言っていた通り、冒険者の装備品や所持品は酷い有様だった。
切れ易くなっていた剣帯。
ほんの少し、剣が抜け難くなっていた鞘。
少しの衝撃で柄がぐら付く剣。
急所の部分が脆くなっていた防具。
柔らかくて曲がり易い金具のベルト部分。
腐り掛けや、毒物の混ざった非常食。
粗悪品のポーション。
そのどれもが、致命的になり得る。
この酷い装備品では、あの冒険者は本当にいつ死んでもおかしくはなかった。これまでよく無事だったものだと、ある種の感動すら覚えてしまう。
それから――――
薬屋の聴取で気になり、様子を見に行った店の店主達は皆、一様に嬉しそうな顔をしていた。
そして、一つ。気付いてしまった。
腕の良い冒険者が生き残り、手柄を立てるのは当然だが・・・
素行が悪く、悪辣な行為を繰り返す冒険者は、早死にすることが多い。
それは、もしかして――――
いや、これ以上は考えるのはやめにしよう。
脅されていた店の店主達も言っていた。『自分達がうっかりしていた』と。『普段のお客さんには、絶対にこんな致命的なミスは起こさないのに』と。
『お客さん達に、なにかあったら大変なので、これからは気を付ける』と。
笑顔で、そう言っていた。
おそらく、ちゃんと代金を支払う普通の客には致命的なミスを犯すことは無いのだろう。
そう、恨みを買うような真似をする連中が悪いのだから・・・
容疑者として事情聴取をしたあの薬屋は、冤罪として釈放された。
真っ黒、ではあるけれど。
死亡した冒険者二人は、事故として処理された。
昔から、劣悪な装備品で依頼を受け、引退を余儀なくされる者や、命すらも落とす冒険者は多い。
中には、稼げない底辺の冒険者で、真実不運な事故だった者もいるだろう。
だが、おそらくはこのようにして――――
悪辣な冒険者達は密やかに、けれど致命的な報復に因って、淘汰されて来たのだろう。
これからも、きっと・・・
鼻摘み者で悪辣な冒険者の死亡事故は、淘汰案件と称されることがあるという。
調査はされるが、余程のことが無い限りは、誰も捕まらないのだそうだ。
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
憎まれっ子は世にはばかるけど、同じ奴がはばかり続けられるワケじゃないよなぁ……と。
⚠ちなみに、痛み止めに限らず、薬などはお酒と一緒に飲むと大変危険です。下手をすると死に至ることもあるので、薬の成分が体外に排出されるまでは、飲酒は避けた方がいいです。
※書いている奴は犯罪行為を推奨しているワケではありません。その辺りは、ご理解ください。
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