怒りん坊(に見せかけた世話焼き)男とおっとり(してるけどちゃっかりもしている)女
初投稿です。
何かと拙い点も多いかと思いますが、
よろしくお願いいたします。
カッ、カッ、カッと革靴の音も忙しなく先を行くダークブロンドの紳士が、褐色の瞳を怒らせて立ち止まった。
「遅い!!」
振り返って怒鳴る。
怒鳴られたホワイトブロンド淑女は、コツ・・・・・・コツ・・・・・・と大人しいヒールの音で、紳士に追いつこうとしているようだが、傍目にもあまり進んでいない。
我慢しきれなかった紳士がカッカッカッカッと来た道を引き返して淑女の側に来た。
大通りである。人目のある場所だ。
通行人たちは、ハラハラとその様子を見ていた。
淑女は穏やかさの滲む糸目で、怒れる紳士を見上げて困ったように眉を下げた。
「まあ、ごめんなさい」
おっとりと謝罪する。
紳士は今にも淑女に手を上げそうな雰囲気だ。
衆人環視の中とはいえ、頭に血が上っている人間は何をするかわからない。
通行人たちが、緊張を高め、何かあればせめて憲兵を呼ばねばと身構える。
と。
カッと、紳士の口が大きく開いた。
「だから、そんな足を痛めそうな靴などやめろと言ったんだ!!!!」
通行人のうち何人かが、目を点にした。
そうして、淑女の足元を見て納得する。
たしかに、とてもヒールの高い靴である。
「まあ、でも、せっかく貴方とのデートです。おしゃれがしたいわ」
「着飾ってお前が足を痛めたら元も子もないだろうが!! まったくそんな生まれたての子鹿みたいな歩き方をして! 脱げ!」
新しい靴を買いに行くぞ、と言う紳士は今にも彼女を背負いそうな雰囲気だ。しかし、淑女は「嫌です」と思いの外キッパリ断る。
それから、素晴らしいことを思いついたと言うように、両の掌を合わせた。
「あら、ねえ。いいことを思いつきましたのよ。ねえ、あなた腕を貸してくださいな」
ふわふわと小花を散らして頼む淑女に、紳士は怒った顔のまま戸惑ったように首を傾げた。
「腕?」
「はい」
淑女が嬉しそうに頷いて紳士の片腕を取った。
「ほら、こうして掴まらせてくれたら歩けますわ」
紳士はちょっと驚いた顔をしたが、ニコニコ顔の淑女に納得したらしい。
「む、こうか」
言いつつ、淑女を腕に引っ付けて、スタコラ歩き出す。
「あ、あら、歩幅が」
しかし、紳士の一歩一歩は淑女にはあまりにも大きかった。足を縺れさせる淑女に、紳士は大いに慌て、彼女を支える。
「む? すまん。お前の一歩は小さいな。このくらいか」
そろりと踏み出す紳士の足に合わせて淑女も歩いた。
二人は何度か練習のようにその場を小さく進んでみて、具合がいいと互いに確かめ合ったようだ。
淑女がホッとしたように微笑んだ。
「ええ、歩きやすいですわ。ありがとうございます」
「ふん、世話の焼ける女だ。靴など歩きやすいものが一番だろうに」
「それはその通りですけれど。この靴にだって良いところはございますのよ」
「あるものか」
紳士は切って捨てたが、淑女はおっとりと反論した。
「いいえ、あるのです。まず、綺麗な靴ですから気分が上がります。そうすると世界が綺麗に見えます。綺麗な世界をよく見ようと目線が遠くに向けられますし、遠くを見れば自然と背筋が伸びます。背筋を伸ばすのは健康によいですし、踵をあげるから足の形も良くなりますのよ」
「お前がその靴を気に入ってるのはよくわかった」
「おまけに、あなたと初めて腕を組んで歩けました。やはり、いい靴を履くとよい思い出ができるというのは本当ですね」
「・・・・・・たわけ。それこそお前の気分が上がってるからそう錯覚しているだけだろう」
「まあ、そうかしら」
「そうだ。ほら、少し急げ。映画の時間に間に合わなくなる。お前の好きな俳優が出てるんだぞ」
「ええ! ええ! あなたが誘ってくださった時からずーっと楽しみにしてたんです。セクシーでね、女優さんとの触れ合いがとても素敵なんですのよ」
再び小花を散らしてはしゃぐ淑女の背中に手を添えて介助しながら、紳士は懐中時計を気にしていた。
「車で劇場に向かえばこんなことには・・・・・・ 」
「あら、それじゃあ、あなたと街を歩けないではないですか」
「はあ?」
「私、あなたと二人で街を歩くのが夢だったんですもの。叶って嬉しいわ」
にこにこと淑女は、紳士を見上げる。
「・・・・・・映画に遅れたらお前のせいだからな」
紳士の憎まれ口にも淑女は怯まない。
「まあまあ、なんてこと。頑張って歩きますから、もっとぎゅっと支えてくださいな」
「我が儘め」
それでも、紳士は淑女の腰を抱くようにぎゅっと支え、彼女の歩幅に合わせて一歩一歩ゆっくりゆっくり歩いて行った。
通行人たちは、にっこり笑って緊張感をポイッと捨てる。
なーんだ、とホッとして、それぞれクレープを買ったり、花束を買ったり、隣にいた見ず知らずの人間にコーヒーを奢ったりした。
みんな生暖かい目をして日常に戻っていく。
よかった。問題なしだった。
ただの仲のいいカップルだ。
さて、通行人たちに心配され、安堵された紳士と淑女だが、彼らは夫婦であった。
夫の名を、アラン・ジモン。
妻の名を、マーサ・ジモン。
二人はお見合いの席で出会い、結婚したが、アランの仕事の関係で、ずっと離れて暮らしていたため、三年ぶりに顔を合わせたばかりである。
新米夫婦二人はようやっとお互いの歩幅を知って、ちょっぴり浮かれていた。
了