叶った二人のささやかな夢
「さあ! 今日はゲルト君とライザ君が次へと踏み出したお祝いだ! 今日の支払いは、全て私の奢りだぞ!」
黒竜ミルグレアを倒した俺達はラウリッツの街に帰ってくると、メルエラさんがお祝いをしてくれることになった。
それはいいんだが……。
「ゲルト! こっちは完成したから持っていって!」
「分かった!」
何故か祝われるはずの俺達が、みんなをもてなす側になっているんだけど。
というか。
「アハハ! やっぱりライザの料理は最高に美味しいねえ!」
この食堂を経営しているはずのカルラさんが、なんで一番楽しんでいるんだよ。
もちろん料理を作れとは言わないけど、せめて俺達に遠慮するくらいの気遣いは見せてほしい。
「カルラ……さすがにそれはどうかと思いますよ? 主賓のライザさんとゲルトさんが、こんなに頑張ってるっていうのに……」
「いいのいいの! ……じゃあセシル、アタシの料理食べたいかい?」
「謹んでお断りいたします」
「少しくらい迷うふりしてくれてもよくない!?」
どうやらセシルさんは、カルラさんの料理の前に屈したみたいだ。
まあ、気持ちは分かりますけど。
「ライザ、大丈夫か? 何なら俺が代わって……」
「心配しないで! それよりも私、すごく嬉しくて楽しいんだ!」
「嬉しくて楽しい?」
はて? こんな主賓がこき使われている状況で、嬉しくて楽しい要素なんてあったものじゃないと思うが……。
「えへへ。だって私達のために、みんながお祝いしてくれているんだよ?」
「それはまあ、なあ……」
俺はチラリ、と食堂のほうを見やると、メルエラさん、バルザールさん、ガスパーさん、カルラさんやセシルさんが、ライザの料理に舌鼓を打ちながら笑顔で祝ってくれていた。
落ちぶれていた死に戻る前の二年間を知っているだけに、俺も胸に熱いものがこみ上げてくる。
「それにね? これってその……よ、予行演習みたいなものだから」
「予行演習って…………………………あ」
そうだな……俺達は二人で店を持って、静かに暮らすんだもんな。
「確かにライザの言うとおり、嬉しくて楽しいな。何せ、俺達の未来のための準備みたいなものなんだから」
「う、うん! そうだよ! 私達の未来だよ!」
ライザは調理の手を止め、こちらを向いて蕩けるような笑顔を見せてくれた。
もう何度もこの表情を見ているはずなのに、俺はいつも目が離せなくなる……って!?
「「わっ!?」」
「ホラホラ、何をしているんだい! もうコッチの料理は間に合ってるんだから、二人共早くおいでよ!」
ほろ酔いになったカルラさんに強引に腕を引っ張られ、俺達はみんなのいるテーブルまで引きずられた。
というか、俺やライザだって全ての能力値が“SS”になっているというのに、こんなにされるがままになってしまうんだから、やっぱりカルラさんって怪力だなあ……。
などと呑気に考えていたら、俺もライザもいつの間にか席に座らされているんだけど。
「はいよ! アンタ達のエール!」
「は、はあ……」
ドン、と目の前に置かれたエールがなみなみと注がれた木のジョッキを見て、俺は何とも気の抜けた返事をした。
そういえば、酒を飲むなんて死に戻ってから初めてだな。
「あ、あははー……ゲルトはお酒弱いんだから、ほどほどにしないとだよ?」
「分かっているさ。もうあんな思いはしたくない」
冒険者になりたての頃、ベテランの冒険者達に勧められるままにエールを飲んで、酷い目に遭ったからな……。
バルザークさんとガスパーさんの二人がしきりに酒を勧めてくるのをのらりくらりと躱しつつ、俺はライザと楽しんでいると。
「よく聞いて! アタシから二人に、プレゼントがあるんだ!」
突然カルラさんが立ち上がり、そんなことを宣言した。
「ゲルト、プレゼントだって」
「お、おお……」
どうしてだろう。普通は喜ぶべきところなんだろうけど、少し嫌な予感がするのは。
「ほう? カルラにしては、珍しく気が利くのう」
「爺さんうっさい! ……コホン、アタシからのプレゼントは、ここだよ」
「「「「「「ここ?」」」」」」
カルラさんの指差す先に注目するが……うん、床しかない。
「カルラ……とうとうボケてしまったんですね……」
「ああもうセシル! 残念なものでも見るような視線を送ってくるんじゃないよ! だから、ここだよ! この食堂!」
「「…………………………え?」」
あまりのことに、俺とライザは呆けた声を漏らした。
俺達へのプレゼントが、食堂?
「そうさね。二人共、全ての訓練が終わったら、資金を稼いで店を持ちたいって言ってたじゃないか」
「そ、それはそうですが……」
「だったら! ここなら設備も全部揃ってるし、宿屋の客相手にも商売ができる。金もかからないし、一石二鳥だろ?」
確かにカルラさんのプレゼントは俺達にとってはすごくありがたいものだけど、その……いいんだろうか……。
「ハア……まあ、私達としてはカルラの壊滅的な料理を食べるリスクがなくなって、それどころかこんな美味しい料理が食べられるようになるんですから、いいんですけど」
「うむ。というよりカルラ、お主が料理したくないだけじゃろ」
「ア、アハハー……」
セシルさんとガスパーさんに白い目を向けられ、カルラさんは愛想笑いを浮かべながら顔を逸らした。どうやらそういうことみたいだ。
「ライザ、どうする?」
「う、うん……いきなりのことだから驚いてるけど、そもそも今でも私達の食事は私が作ってるし、それに……えへへ、本当にいいのかな……っ」
既にライザの中では、答えが決まっているみたいだ。
なら、俺も遠慮することはない。
「カルラさん、ありがとうございます。このプレゼント、ありがたくいただきます」
「よし! これでライザの料理が評判になって、訪れる客も増えて、宿屋を利用する客も……ふへへ」
「ハア……カルラ、欲望が駄々洩れですよ」
「う、うるさい!」
呆れた表情のセシルさんにたしなめられ、バツの悪そうにするカルラさん。
二人共、なんだかんだで仲良さそうだなあ。
「ね……ゲルト」
「ん?」
「私の夢、叶っちゃった……っ」
「ライザの夢じゃなくて、俺達の夢……だろ?」
「うん……うん……っ」
服をギュ、と握りしめながらぽろぽろと涙を零すライザの髪を、俺は優しく撫でた。
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