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38 名前で呼び合う仲へ

 そう言えばこの男性――デルブリュックには名乗っていなかったですね。

 私は今更のように思いだしました。

 まぁこの人も質問に答えてもらいましたし、私の名前ぐらいは教えちゃってもいいか。


「私は今井いずみです」


「お教え頂きありがとうございます。……これからはいずみと読んでも宜しいですか?私の事はデルブリュックとお呼びくださって結構です」


「えぇ、分かりました、デルブリュック。私もいつまでもお互いアナタ呼びでは堅苦しいと思っていた所なの」


 そう言って私は大きく頷きます。


「ではいずみ、もう一つ質問です。いずみはエディタ・ヴェッシャーとどのようなご関係なのですか?」


 想像していたのとは違う、意外な質問です。


「エディタ?そうねぇ、私とエディタは……まぁ友人です」


 付き合いは短いけど、友人って言ってもいいよね?

 それを聞いてデルブリュックは一瞬、いまま浮かべていたうさんくさくも見える笑みをやめ、目を細めました。

 でもソレはホンの一瞬で――すぐにそれまでのような掴みどころのない笑みを浮かべ始めます。


「なるほど、ご友人ですか。実のところ私は少し前から貴女――いずみの事は知っていました」


「へぇ、そうなのですか。それで?何をご存知だったのですか?」


「『何を』と言われても……まぁ、イロイロですよ、例えば――」


「今井いずみ。女性。祖父は今井ファイナンシャルグループの元社長、前社長の姪、現社長である今井隆の従兄妹。年齢は――まぁ女性の年齢ですからあえて言わないでおきます。ですが驚きですね、とてもとても歳相応には見えません」


「それはそれは。良くお調べになってますね」


「そして20年程音信不通でしたが、つい最近ひょっこり帰って来た、と言う事もね。それについて私にお教えできる事はございますか?」


「その辺りの事は、まぁいろいろと事情があったので、聞かないでくれると嬉しいかな?……それで?私を調べ終わって、その結果デルブリュックはどうされるおつもり?」


「別に何も」


「何も?」


「はい、何もしません。言葉通りの意味です。いずみがエディタ・ヴェッシャーに害をなそうとする人物なら違いましたが。どうやらそのおつもりは無い様だ」


「……言ったでしょ?エディタは友人です。害をなすはずないじゃないですか」


「そうでしょうね。所でこちらを見ていただけますか?」


 そう言って取り出したのは幾つかの新聞記事です。


「例えばこの都内で起きた交差点での交通事故の事ですが……」


 そう言いながらデルブリュックが指し示した記事には大きな見出しで『都内で高級車が暴走!』などと書かれていました。


「それって猛スピードで赤信号を無視して交差点に侵入した車が衝突炎上したって事故よね。きっと運転手が居眠り運転か酒気帯び運転でもしていたんじゃないかしら?」


 自分でも何かを誤魔化そうとして不自然な言動になっているのがわかります。

 案の定、デルブリュックは苦笑しながら口元にカップを運んでから言いました。


「そうかもしれませんね。しかしそうでないかもしれません」


 そう言ってデルブリュックは不敵に笑いました。

 あー、これは絶対私が関係したってバレてますね。


「それに詳細は伏せられていますが日本でわが国の大使館で事件が会った事がありました。どうもテロリストが大使館を占拠しようとしました、逆に制圧されて失敗したようですね」


 私は出来るだけ表情を動かさないように努力しましたが……眉毛がピクピクっとしたのが自分でも分かりました。

 デルブリュックの言いたいことがすでに分かっているからです。

 それに……。

 私の反応をみて楽しんでいるようにも見えます。


「あら、そうなの」


 うーん、私の起こした事件はなんか全部バレている感じですね。

 私は気を落ち着かせるためにカップを手にとりましたが、すでに空っぽでした。

 それを見たデルブリュックは、


「おや、カップが空のようですね。紅茶のお替りなどは如何ですか?」


 と、気を利かせてくれました。


「えぇ、頂きます」


 私が答えると執事さんが新しい紅茶を入れてくれました。

 その紅茶に口を付けながら私は、


「お互いに質問し合って聞きたいことは聞けたんじゃない?で、あればそろそろ帰らせてくれないかしら?今日は色々な事があったから早めに帰って休みたいの」


 と言いました。

 これは決して嘘じゃありません。

 この時の私は、このお互い都合の悪い事に白を切りとおすような白々しい会話に疲れ始めて来たのです。


「おや、そうでしたか。それは気が利かずに申し訳ありません」


 そう言ってデルブリュックが何かを合図すると扉が音も無く開け放たれました。


「お家は佐倉だと伺ってます。ここからだと結構な距離です。送らせましょうか?」


 あー今住んでる所までバレてるのね。

 なら別に送らせてもいいか。


「それは嬉しいお申し出ですね。ご迷惑でなければぜひお願いします」


「ご迷惑だなんてそんな事を仰らないでください。それでは今から車を用意させます」


 そう言ってデルブリュックは何度目になるかわからない笑みを浮かべると、執事に向かってアレコレと指示するのでした。

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