36 思いだしました
あー、はいはい。
その言葉でやっと私は目の前の男性が何者か思いだしました。
私がとあるビルであばれ――基、問題を解決した際に出会った紳士然とした方ですね。
こんな所で再び出会うとは思いませんでした。
「……その節はどうも」
「いやいや、私の方こそ、謝らなくてはいけません。立花や部下たちが何かとご迷惑をおかけしたようですね」
そう言って目の前の男性は軽く、本当に軽くですが頭を下げました。
「えっと、その人たちに変わって貴方が私に謝らなければならないって事は、そう言う事ですか?」
「……?『そう言う事』とは?」
「貴方が彼等に指示などを出して、その結果としてそんな行動を取ったのか?と言う事ですよ。そこのところどうなんですか?」
「……そう言われるとこちらも困ってしまいますがね。そう受け取りかねない指示を出したのは事実です」
目の前の男性はそう言って苦笑します。
「だったら謝っただけじゃ済まないと思わない?」
「実際に影響を受けられた方々がそう思われるのは無理はありません。しかし、信じて貰えないかもしれませんが、私は貴女方に危害を加える気はいっさいありませんでした」
そう言って首を振った後、目の前の男性は紅茶に口を付けました。
本当かしらね?
その割には拳銃を始めとした武装が豊富だったけど、どこまで信じて良いものやら。
「そう、それで?それを信じると仮定して、じゃ貴方の目的は一体何だったの?」
「私の当初の目的はただ一つです。貴女も知っていると思いますが……」
そう言いながら目の前の男性は紅茶のカップをテーブルに戻しました。
少し困惑しているような感じです。
って私とこの方が会うのは今日で二度目だし、碌に会話も交わしていません。
一体何を私が知っているというのでしょうか?
心当たりが何もないです。
「私が知っている……?」
「えぇ、貴方とお約束した通り届いたでしょう?」
「約束?届いた?一体なんの話なの?」
「……前国王陛下の遺言状ですよ。おかしいですね、確かに送ったはずだと思いますが?」
その言葉に、私は「あっ」と小さな声を上げます。
あー、アレね。
そう言えばあの時『はい、私を無事に帰していただければ、後日お教えする事をお約束しましょう』とか言ってたっけ。
そっか、私、この男性と約束したんだ。
「……確かに届いたわね」
私は大きく頷きました。
実際には直接届いたのはゲルトルート宛にでしたけどね。
結果として私も遺言状の内容を見れたので、ここでは不問としておきます。
「それは良かった。いえ、先程の貴女の発言で少し心配になってしまいましてね。手違いでもあって前国王陛下の遺言状が届かなかったかと思ってしまったのです」
「本当にソレだけが目的だったの?前国王の遺言を知るために?」
「はい、本来であればこのような強引な手段を取りたくは有りませんでした。しかし我々には王宮への伝手が乏しく、秘匿された遺言状の内容をしる方法がありませんでした。なのでやむを得ずあのような――誘拐と言う手段を取らせていただきました」
「では、誘拐の首謀者は貴方だと認めるのね?」
「はい、その通りです」
笑みを浮かべながら目の前の男性は答えました。
別に隠すことは何もありませんよ、そう言っているような態度です。
場所と相手が違えば、女性を魅了するような笑みですね。
しかし、この場には不釣り合いに思えますし、私はその態度に不信感しか沸きませんでした。
「だけど貴方はさっき『危害を加えるつもりはなかった』って言いませんでしたっけ?」
「勿論ですよ。やむを得ず誘拐という手段を取りましたが、その方に危害は加えてなかったはずです。それは貴女も知っているでしょう?」
「危害を加えてないって、イドゥベルガの髪を切り落としておいて良く言うわね。それにもしバルナ氏があの段階で言う事を聞かなかった場合はどうなっていたかしら?」
「それについては謝るしかありません。言い訳をさせて頂くと、私としてはそこまでもやるつもりはありませんでした。脅すためとはいえ女性の髪を切り落とす、なんて真似はね。誘拐して脅すように指示は出しましたが、併せて危害は加えるな、とも言ってあったのです」
「つまり、貴方はそれは部下が勝手にやった事だと責任を押し付けて、ご自分の責任は回避されるのですね」
「……貴女は手厳しい方だ。ですが、実際そうなのだから私としてはそうだ、と主張するしかありません。貴女が信じようと信じまいがね」
「なるほど、ね。取り敢えず貴方の主張は分かりました。では私から一つ質問をしてよいかしら?」
「質問?なんでしょう?私が答えられる事であれば宜しいのですが……」
「えぇ、簡単な事です。貴方は何者なの?……えっと、やっぱりこういう聞き方は辞めましょう。貴方は話を逸らすのが上手そうですし。貴方は誰ですか?本当の名前を教えてください」
私のその言葉に、目の前の男性は無言で笑みを浮かべると、カップを口元に運ぶのでした。




