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35 思いだせません

「どうぞこちらに」


 そう言われて、私が案内されたのは和室に換算すると10数畳はあろうかと言う部屋でした。

 ちょっとした会議室並みの広さがありますね。

 大きなソファーは外国製かな?

 それに大理石っぽいテーブルか。

 都内から離れているとはいえ、このようなお屋敷を構えていると言う事はやっぱり大金持ちなんでしょう。

 そこかしこにある絵画や壺などの調度品が普通のマンションが買えるぐらいの値段がしてもおかしく無さそうです。

 私を案内してくれた男性は、


「コーヒーか紅茶などをお召し上がりになられますか?」


 と聞いてきます。


「そうねぇ、それじゃ紅茶をお願い。丁度少し身体を動かして喉が乾いていたので助かるわ」


「畏まりました。それでは準備をしてまいります」


 そう言って立ち去ろうとする男性を、


「あ、ちょっとまって」


 と、私は引き留めました。

 ちょっとだけ聞きたいことがあるのよねぇ。


「はい、何でしょうか?」


「貴方はこのお屋敷ではどんな立場にいる人なの?」


「私でございますか?私は主人より執事の職務を任されております」


 サラリとそんな事を仰いました。

 執事ですよ、執事!

 異世界ならいざ知らず、現代日本で執事なんて仕事があったなんて!

 でもそこで私は思いだしました。

 あ、そう言えばおじい様の本宅でも秘書がいたっけ……。

 そうです、私も『メイド』はいないけど『お手伝いさん』はいて、『執事』はいないけど『秘書』がいるような日常は良く目にしていたのです。

 結局の所、そのあたりの事は言葉の言い換えに過ぎないのかもしれませんね。

 私が一人でそんな事を考えながら納得していると、


「ご用事はもうお済でしょうか?」


と、戸惑った表情で執事さんが聞いてきます。


「あ、引き留めてしまってごめんなさい。もう良いわ。紅茶、楽しみにしてるわね」


「それでは失礼致します。もし何かご用事がございましたらそこにあるベルを御鳴らしください」


 そう言って執事さんはテーブルに置いてある金色の鈴を手で指し示すと、一礼して部屋の外に出てしまいました。

 後には、この広い部屋に取り残された私だけ。

 高価そうな調度品に囲まれながら、私はボンヤリと紅茶がくるのを待っているのでした。


 ★★★★★


 どのくらい待ったのかな?

 10分――は過ぎていないけど数分はたっていたはず。

 ちゃんと測っていないから正確な所は分からないけど。

 不意に扉が開きました。

 私は最初、やっと執事さんが紅茶を運んできたんだ。

 と、思ったのですが、実際の所、そうではありませんでした。

 ……いえ、確かに扉を開けたのは執事さんでした。

 しかし、執事さんは扉を開けただけで、その開け放たれた扉から別の人物も一緒に現れたのです。

 そしてその人物は、以外にも私が以前見知った人物だったのですが――。

 えーと、どこで会った人だっけ?


「また、お会いする事になりましたね」


 その人物はそう言って、私が座っている席を一瞥すると、


「どうぞ、こちらに」


 と、優雅な動作で私を上座の席へと誘いました。


「はぁ……」


 私は立ち上がると反対側の上座のソファーへと座り直しましたが……。

 ぶっちゃけ、こんな作法ひつようなくなーい?

 私が下座に座ったのは、単純に、入り口から最も近く、歩く距離が少なくて済むから。

 それだけの理由です。

 決して、作法だのマナーだのを意識したわけではないのです。

 いやね?

 私も客人とはいえ、勧められるまで上座に座らない、っていうマナーがあるのは知ってますよ?

 これでも昔は日本でも有数なお金持ちの一族の令嬢として散々マナーは勉強をさせられました。

 だから知らない事では無いです、知ってはいました。

 でも知ってはいますが実践出来るかどうかはまた別のお話しです。

 私は長い異世界生活で、そんな現代の細かな礼儀だのマナーだのはスッカリ失念していたのですよ。

 そんな事を思いながら私が嫌々座り直すと、その人物も腰をおろしました。

 そのタイミングで私達の前に良い香りのする紅茶が置かれます。

 私はその紅茶に口を付けると、自分の思いをストレートにぶつける事にしました。


「えっと、どこでお会いしましたっけ?あー、何処かで出会ったのは確かなんだけど、良く思いだせなくて」


 ぶっちゃけ失礼な事を言っているのは分かってます。

 けど思いだせないんだからしょうがないよね?

 でもその人物はそんな私の失礼な言葉を、まるで意に介さない感じで紅茶に口をつけると、


「覚えていらっしゃらないのですか?」


 そう言って鋭い眼光を飛ばしてきた……ように思えました。


「あの時はそうですね。今のように二人っきりではありませんでしたね」


「そうなの?」


「はい、そうです……まだお分かりにならないようでしたらもう少しヒントを差し上げましょうか?」


「えぇ、お願いするわ」


「あの時一緒にいたのは――そう『立花』と一緒でしたね。御聞き覚えは?」


「『立花』?誰ですか、それは?」


「ふむ、では『立花』の容姿について説明ましょうか。こう恰幅の良い人物で、短髪です。そうですね、俳優のブルース・ウィリスを少し太らせて和風にした感じと申せば分かってくれるでしょうか?」


「あっ!!」


 私はつい大声を出してしまいました。

 そうです、この人物にどこで出会ったのか、思いだしたからです。

 そんな私をみて目の前の人物はニコリと笑ったのでした。

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