21 エディタの発見
その日、私が読んでいたのは『剣客商売』でした。
ご存知の通り、何度もテレビドラマにもなった池波正太郎の名著です。
ドラマでは私は藤田まこと版が好きかな?
池波先生の代表作といえば、『鬼平犯科帳』や『仕掛人・藤枝梅安』を押す人も多いと思うのですが、私が選ぶなら『剣客商売』ですね。
池波先生の死去によって未完の作品になってしまったのがひじょーに残念でなりません。
とはいえ、全てのエピソードは完結になっていますので初心者にもオススメなのです。
おじい様の書庫にはそんな『剣客商売』が初版本で揃っており、私としては嬉しい限りでした。
その日も私が時間も忘れて読みふけっていた矢先の事。
いつものように邪魔が入る事になりました。
「――いずみ様!」
何度そう問いかけられたのか、お手伝いさんの強い口調に我へとかえる。
もー、いよいよ今から小兵衛が悪者と対峙するところだったのに。
そう思いながらもお手伝いさんに罪は無い事は分かっているので、表面上は笑顔で対応します。
「あっと、何時も御免なさいね。どうかしたの?」
「はい、またエディタ・ヴェッシャーという方から、お電話が入っています。お出になられますよね?」
そう言って私の返事も聞かず、その手に持ったコードレス電話を差し出してきました。
「はいはい、出ますよ」
そう言って私は苦笑しながら電話を受け取りました。
「もしもし、電話変わりました」
「エディタです。申し訳ありませんが、今お時間ありますか?」
「いいけど……例の件?」
「……はい、またお会いしてお話ししたいと思っているのですが、どうでしょうか?」
「いいわ。また迎えに来てくれるの?」
「はい、お迎えに参ります」
「ありがとう、では待ってるわね」
そう言って、エディタからの電話は終わりました。
例の件といえば、先の誘拐絡みの話です。
あの日、バルナ姉妹を一旦は私の家に連れて来たものの、正直私の家はセキュリティ的には安心出来ません。
勿論、私一人ならば襲撃者などどうにでもする自信はあるんですよ?
でもやっぱり複数の人の護衛となるとねぇ……。
コッチは一人しかいないのに、24時間張り付いているわけにもいきませんし。
私もそんなメンドウな事したくありませんし、勿論彼女たちにとってもあまり良い事とは思えませんでした。
なんで、いろいろと話し合った結果、開いている大使館の一室でエディタが彼女らの面倒を見る、とういう事で解決したのでした。
何と言っても大使館ですからね。
仮に内部に手の者とかが居る可能性があったとしても、私の屋敷よりは安全だろう、そう言う事になったのでした。
あとは持って来た書類もノートパソコンも全部向こうに押し付けて、部外者の私としてはこれにて一件落着?
って思っていたのですが、案の定と言うかやっぱりと言うか、当事者の彼女らに取ってみれば一件落着とはほど遠い状態ですよね。
うん、知ってた!
私に連絡をよこすと言う事は何らかの手がかりなり、情報なりを入手したって事なんでしょう。
まぁ実際に会って詳しい話を聞かないと考えてもしょうがないか。
私は結論の出ない考えを辞めると、再び読書に熱中するのでした。
★★★★★
という事で暫くの後、迎えの車と共にエディタ本人がやってきます。
またナイショの話がしたいと言う事なので、誠司さんに電話して会議室を確保してもらって本社へと車を走らせました。
車の中では相変わらず静寂が支配しています。
いくら誰がスパイか分からないからって言ってもさ、いない可能性だって十分にあるじゃない?
そんなに気を使わなくても良いと思うのは私だけなんでしょうか?
とは言え、当事者が身の危険を感じて注意している事を、部外者の私がアレコレ言うのも変な事なので黙っておきます。
車が本社へと到着するまでの間、私は窓の外の流れる街並みをじっと見ているのでした。
★★★★
「それで?今日はどんな用件なの」
私達は誠司さんが用意してくれた会議室に入り、それぞれの前にお茶が配られ、配った方が部屋から出て行ったのを確認してから私はそう切り出しました。
「はい、いずみ様が回収してくれた書類の中から、ある手がかりが見付かりました」
そう言ってエディタは私の前にいくつもの紙切れを出します。
えっと、これは領収書?
「……ただの領収書に見えるけど?」
「はい、それは一見なんの変哲もない領収書に見えます。でも宛名をご覧ください」
宛名?
私は再度領収書を見直す。
ヨシダ不動産、ヨシダキャピタル、ヨシダセキュリティーサービス、ヨシダ――。
などなど、『ヨシダ』という名前の会社が並んでいます。
「『ヨシダ』って名前の会社が随分多いわね」
「はい、いずみ様が回収された約4割もの領収書がこの『ヨシダ』という名前の関連会社でした。そして――」
そういってエディタはまた別の書類を取り出すと、私の前におきました。
私はそれを手に取り中身をパラパラと見ましたが。
「登記簿?」
「はい、ゲルトルートの妹を監禁していた屋敷の登記簿を取得したものです。これによると名義人は――」
「ヨシダ不動産販売?」
「はい、これはもう無関係とは思えませんよね?」
そう言って、エディタは優雅な動作で目の前のカップを手に取ると口元に運び、ニコリと微笑んだのでした。




