助ける
*
「……妖魔が現れたか」
少し離れた木上から、暴れ回る巨大ムカデを発見し、男が呟いた。
一際輝く月の光に照らされて、彼特有の銀髪がキラリと光り、それを靡かせながら地面へ飛び降りると、男は腰の刀に手を添えた。
「町中で暴れるとは……急がねば」
*
その頃、妖魔の出現により大混乱と化した町中で、璃羽といつなは逃げ遅れた人たちを助けようと、自ら危険の中へと走っていた。
その合間で、璃羽は手頃な草刈り鎌を見つけて拾い上げ、いつなは彼女の肩に飛び乗り、周囲にドーム状の膜をはる。
それはナノ流体と量子波動を組み合わせたエネルギーシールド。
「フィールド展開装置・DF-Emitter、起動。水属性障壁、展開!」
水泡のようなものがブクブクと音を立てて膜と一体化し、いつなを中心として二人を囲む。
それを視認するなり、璃羽は炎の中へと飛び込んだ。しかし。
「……っ、これは……!」
意気込んで入ったものの、その先は見るに耐えない悲惨なものに成り果てていた。
ある者は崩れた建物の下敷きになり、ある者は全身に火を被り……。
更には多量の煙にまかれ、ほとんどの者たちが中毒を起こしかけていて、そこへ追い打ちをかけるように妖魔がやってきていた。
それでもゴホゴホと咳き込みながら、必死に助けを求める声が所々から聞こえる。
助けなければ……!
「こっちだ! 早くっ!」
璃羽は声を張り上げると、シールドで外への道をつくり誘導する。
人々は不思議な膜の出現に驚くものの、躊躇っている場合ではないと、動ける者はすぐに動いたが、その時。
――があぁぁぁっ!
すぐ側まで妖魔が差し迫っていて、璃羽は思わず草刈り鎌を構えた。
「璃羽、俺から離れるな! シールドから出ると、煙を吸うぞっ」
「だが、あのムカデを何とかしないと、自力で動けない人たちは助けられない」
「璃羽……っ」
「煙を吸わなきゃいいんだろ? 任せろ」
心配するいつなに向かって璃羽は小さく笑うと、
大きく深呼吸をして勢いよく一人飛び出していった。
彼女の身体能力の高さは、いつなも分かっている。
だが、実際に化け物相手に戦った経験などない。
心配するのは当然のことだった。
しかし――
璃羽はその軽やかな動きで妖魔の攻撃を躱すと、躊躇なくその大きな体に刃を刺した。
その姿は勇ましく、恐怖に慄く少女などどこにもいない。
「……あぁ、そうだったな……」
――確かに、妖魔相手に戦ったことはないが……
いつなは、まるで戦士のように戦う璃羽をどこか悲しげに見ながら呟いた。
「っ、かたい」
一方璃羽は、妖魔の体に草刈り鎌を突き立てるが歯が立たず、キンッと弾き返される。
しかし、近くで疼くまる小さな男の子を見つけると、側に着地し、その子を抱えていつなのシールドへ戻った。
「いつな、この子を」
「腕に出血があるな。でも問題ない、何とか処置できる」
どうやら飛んできた木の枝が刺さったようだが、傷は浅かった。
しかし煙を吸いすぎたせいで、意識が朦朧としている。
早くきちんと治療できる所へ連れていかなければならない。
「いつな。こんな鎌じゃ、あのムカデに対抗できない。どうにかできないか?」
「刃の強度を上げることはできるが、そう長くは保たねぇ。すぐに粉々に砕けるぞ」
「頼む」
「もって5分だぞ?」
「どのみち長くは戦えない」
気にしてはいたものの、やはり璃羽も少し煙を吸ってしまっているようで、呼吸が苦しい。
彼女が迷うことなく鎌を差し出すと、いつなは諦めたようにため息をついて、小さな手を刃に触れさせた。
その瞬間、刃に電流が走り、一帯が一瞬光る。
「CRaFTモード、起動。ーー分析完了、電子コーティング開始」
すると、何だか鎌が重くなった気さえする。
「強化完了だ。でも無茶はするなよ、あくまで救出が目的なんだからな」
「あぁ」
いつなの助言を胸に、璃羽は走り出した。
――があぁぁっ!
相変わらず雄叫びをあげる妖魔を前に、璃羽は草刈り鎌を構えると、そのまま突進していく。
「大丈夫、動きはそれほど速くないんだ。隙をつけば何とかできる筈」
彼女に気づいた妖魔が口から火を吹き、璃羽はそれを躱すと、思い切り鎌の刃を体に突き刺した。
強化された刃は、今度はしっかりと傷をつけ、妖魔に悲鳴を上げさせる。
――ぎゃあぁぁっ!
しかし。
「ちっ、浅い……っ!」
ダメージは与えられたようだが動きは止まらず、妖魔は璃羽を火炙りにしようと大きく口を開いた。
やはり弱点を狙わなければ。
そう思って璃羽は再び構えるが、その時。
「ごほっ……!」
急に眩暈を感じて、膝をついた。
どうやら思っていたよりも煙を吸ってしまっていたようだ。
軽く咳き込む。
「璃羽っ」
「……大丈夫だ」
もう少し、もう少しなのだ。
璃羽は意地でも鎌を握り直すと、妖魔の頭部を目掛けて力強く地面を蹴った。
素速さには自信がある彼女だ、とんでくる炎を掻い潜ると必死に触角に食らいつく。
「今だ、斬れ!」
「はぁあああっ!!」
いつなの言葉と共に璃羽の腕が刃を振るうと、ザァンという音が響き、触角が斬り落とされた。
――ひぎゃあぁぁぁあっ!!
これまでにない程の妖魔の痛々しい悲鳴が辺りに振動を与え、体の上部からズドンと倒れる。
「……やった、か……」
「璃羽、今のうちに周りの救助を」
いつなが声を張り上げたその時、
――がああぁ……ゆるさ、ない……っ
妖魔の口から小さく言葉がもれ、璃羽はハッとした。
「妖魔は、しゃべれるのか……?」
ーーぜったいに、ゆる、さな……い
璃羽の手から思わずスルリと草刈り鎌が滑り落ちて、その刃が砕け散る。
それと同時にムカデの体も灰と化して、跡形もなく消え去ると、茫然と立ち尽くす璃羽のもとへいつながやってきた。
「璃羽、大丈夫か? 早く救助に」
「あっあぁ……今、すぐ……に……」
「璃羽?」
いつなの言葉に反応するものの、彼女の体がふらつき、次の瞬間自力で立てなくなったのか後ろへと体勢を崩し始める。
「璃羽っ!」
側にいる筈のいつなの声がだんだん遠のいていくようだ。
完全に煙にやられてしまったのか璃羽の意識が混濁すると、しかし――そんな中で大きな突風がひと吹きするのを、彼女は感じた。
――なんだ? 不思議な、風……?
「……驚いた。こんな少女が、妖魔を倒したというのか?」
璃羽の背を支えるようにして突然一人の男が現れ、耳元で呟いていた。
長い銀髪の長身の男性。
「もしや、この者が――」
その男がこの後何を言ったのか、璃羽は聞くことができないまま、気を失った。