戦いの前に
気づけば夕日がのぼっていた。
辺りは暖色系に染まろうとしていたが、やはり雲行きが怪しくなっていき、おそらく夜を迎える頃には月など覆い隠されていることだろう。
ここまでされると、これも妖魔の仕業なのだろうかと思ってしまう。
そこまで出来る程、強大な敵なのだろうか?
「私の双剣は、間に合いそうか?」
「……」
部屋に戻ってすぐ、いつなは璃羽の双剣に改良を加えていた。
しかし急ぐとはいえ、どうも気まずい空気が流れている。理由は分かっている、一人で影早に接触したことだ。
「何でそんなに怒ってるんだ? 何事もなかったんだし、別にいいじゃないか」
「……」
「そりゃあ、結局何も聞き出せなかったけど、まだチャンスはあるだろ? ……その、返事、待ってるみたいだし」
「……また一人で行くなんて言うなよ」
「んなっ、だって返事するんだぞ! ……ついてこられたら、恥ずかしいだろ」
「はぁっ!? あんなの、お前が龍姫だから近づいたに決まってんだろ! 本気にしてんじゃねぇよ」
「そっそうなのか!? ……でも、影早は真面目だし、そんなタイプじゃあ……」
もじもじと体をねじりながら、薄ら頬を染めて話す璃羽。
完全に乙女に成り下がっている彼女に、いつなは苛々しぱっなしで更に機嫌が悪くなり、とうとうそんな様子を見兼ねた嶺鷹がようやく口を挟んできた。
「どちらにしろ、姫にその気はないのであろう?」
「えっ、まぁ……そうだけど」
「ならば何も問題はあるまい? 私も勿論だが、少なくともいつなは必ず同行させる。最終的にあなたを守れるのは、彼なのだから」
その言葉を聞いて、璃羽は途端に冷静さを取り戻したようにハッとした。
そうだ、どんなことになっても最後の最後まで守ってくれるのは、いつなだ。ずっとそうだった。
その信頼は、影早ではとても手にすることは出来ない。
ーーいつなだから出来るもの
「……そうだな、いつなしかいない」
璃羽は小さく微笑むと、そっと胸に手を当て、こちらを向いているいつなと目を合わせた。
彼を思うと、影早にはない温かさが込み上げてくる。
いつながいればきっと大丈夫、そう思えるのだ。
「うん……いつなとは、ずっと一緒だ」
「当然だ。お前、危なっかしいんだからな」
先程とは違う璃羽の穏やかな声に、いつなも機嫌を取り戻し、照れ隠しなのか作業に戻るように後ろ姿を見せると、ぶっきら棒でありながらも優しく言葉を返した。
そんな二人にやれやれと思いながら、嶺鷹は窓の外を睨む。
「もうじき夜が来る」
戦いが始まる。
*
空全体が暗い雲に覆われ、予想通り月の光が全く見えない夜。
塔の上で松明を燃やし、璃羽たちは妖魔を探した。
結局、弦是を見つけることも出来ず、例の娘の話も聞けずで、牛司との溝を埋めることは叶わないまま、ギスギスした状態で共にいる。
「里から出ていけと言っただろ?」
「それで出ていくぐらいなら、最初から来ていない」
お互い辺りを警戒しながらも、売り言葉に買い言葉を浴びせ、挑発し合う。
それを巾着袋の中から聞いているいつなとしては、どうしたものかと思うが、影早と二人にさせるよりかは遥かにマシだと思う。
「今日は洞窟の警護じゃないんだな?」
「お前がいるせいだ。守るよう言われた」
「それは頼もしい」
側には嶺鷹も影早もいるが、やはり心強い。
人形妖魔が現れたことで、龍姫である璃羽のところへやってくると考えたのだろう。
塔の上には、他に最小限の男たちがいるだけで、長老たちは他の民たち同様に洞窟へと避難していた。
「弦是を連れてくることが出来なかった私は、攻撃されるだろうな」
「だから出ていけと言ったのだ」
「お前が何も吐かないのがいけないんだ。今からでも喋る気はないのか?」
「……」
どうやっても頑なに口を割らない牛司に、璃羽はため息をついた。
これはもう直接、妖魔に聞く方が早いだろう。
そんなことを考えていると。
「璃羽、現れたぞ」
いつなの声がイヤーカフを通じて聞こえた。
塔の下を覗き見ると、そこに人形妖魔が一人で現れる。
昨晩のような大群の妖魔は従えていない、妖魔は静かに佇んでいた。