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異世界から君を取り戻す  作者: 佐央 真
第四章 人形妖魔
27/30

こっそり

 「牛司……」


 相変わらず不機嫌そうな彼に、璃羽も流石にだんだん慣れてきたのか、ハァと息をついた。

 きっと普段からこんな様子なのだろう、そう思うことにして彼を見る。


 「龍姫がここに何の用がある?」

 「様子を見に来るのが、そんなにおかしいのか?」

 「……」


 牛司はムッとしてさらに機嫌を悪くする。

 彼の態度のせいで、こちらも棘のある言い返しをしてしまうのは仕方ないと思って欲しい。

 そう考えながら璃羽も頬を膨らませるが、彼の視線がどうやら影早と繋がれた手元に向いているのにふと気づいた。

 もしや璃羽の返答など耳にすら入っていなかったのではと思うほどに、そちらへ集中している。


 「……」

 

 影早がその視線に気づくと、察したのか不満そうにしながらも渋々と手を離し、静かに目を逸らす。

 龍姫と馴れ合うなという意味なのだろうか、スッと消えていくぬくもりに璃羽が内心ホッとしていると、今度は嶺鷹が牛司に話しかけた。


 「牛司殿も、皆が心配でこちらに?」

 「……」

 「牛司殿?」


 しかし嶺鷹の問いかけにも答えないまま、牛司は背を向ける。

 

 「話がある。来い」

 「え?」


 せめて嶺鷹くらいは会話してやればいいのに。

 それすら聞き入れず、自分勝手に一言呟くだけで事を進めようとするのは如何なものか。

 そんな牛司にますます不満を持ちながらも、璃羽が彼についていこうとすると、


 「影早、お前はいい。下がれ」


 一緒について来ようとしていた影早に、牛司は厳しく言い放った。


 「いえ、しかし……長老からも命じられて……」

 「俺が下がれと言っている」

 「……分かりました。でも、このことは報告させて頂きますよ?」


 牛司の命令に従いながらも、やや反抗的な目を向ける影早に、牛司はフンと鼻を鳴らしてひと気のない方へ歩き出した。

 そんな二人の関係を訝しく思いながらも璃羽が追うように歩き出すと、嶺鷹も続こうと影早に告げた。


 「では影早殿。馬を頼む」

 「……承知しました……」


 仕方なく返事をする影早を残して三人が去って行くと、どこか冷ややかな表情が影早に現れ、それを嶺鷹の愛馬である明が逃さず密かに眺めていた。



 *



 「何だよ、話って」


 牛司の後ろを嶺鷹と共について歩きながら、璃羽は急かすように訊ねた。

 わざわざ人目を避けるようにしてする話とはいったい何なのか、どうしても気になって先走ってしまう。

 だが、璃羽がいくら呼びかけても、何故か完全に無視を決め込む牛司。

 仕方なく暫く彼の後ろをついて歩くが、結局いつまでたっても振り向きもしない様子に痺れをきらし、とうとう璃羽は何とかして振り向かせてやろうと落ちていた木枝をそっと拾い、背後から振りかざしてみた。


 「姫……っ!?」


 隣で嶺鷹が目を丸くする中、当たり前だが簡単に牛司に躱され、鬼の形相に近い彼の怒り顔が目に入った。

 やっと振り向いた、璃羽はニッと笑うと次は脇を狙う。

 だがそれもあっけなく彼の厚みのある大きな手に受け止められると、璃羽は思わず舌打ちした。

 

 「……何のつもりだ?」

 「お前が無視するからだろ」


 璃羽はそう言うと、ようやく口を開いた牛司を見て、木枝を捨てた。


 「いい加減、話って何なんだよ。聞かせろよ」

 「……この里を去れ」

 「……は……?」


 やっと吐かせて出た台詞がそれで、璃羽は意味が分からないと睨んだ。


 「何言ってんだ、牛司。本体の妖魔が姿を現したばかりじゃないか」

 「姫の言う通りだ。何も解決していないこの現状では、我々は帰れない」


 どうして牛司がそんなことを言うのか、全く理解できるはずもなく、璃羽も嶺鷹も反論する。

 いったいどんな理由があるというのか。

 璃羽は思いつく限りで口にする。


 「やっぱり何か知ってるんじゃないのか? 弦是という奴を。もしかしたら、あの人形の妖魔のことも」

 「知らん。後は我々だけで十分なだけだ、お前らの手など借りん」

 「何でそこまで私たちを毛嫌いするんだ? ……いや――龍姫が気に入らないのか?」

 「……」

 

 何となく心当たりがあって、璃羽は訊ねた。

 里の人たちの様子でも、嶺鷹は歓迎されていたのに、璃羽の場合は龍姫と聞いて対応が少し冷たいものになっていたように思う。

 ただ龍姫を信じていない、というだけではないような気がする。


 「お前には関係ないことだ。次に妖魔の襲撃がくる前に、とっとと里から出て行け」

 「牛司っ」


 牛司はそう吐き捨てるように言うと、さっさとどこかへ消えていった。

 こちらが呼び止めてもやはり振り向きもしない。

 どうしたものかと、彼が居なくなったその場に立ち尽くす璃羽と嶺鷹は、二人で顔を見合わした。


 「出て行けって言われてもなぁ」

 「なぜ牛司殿はあそこまで龍姫を…………そういえば」

 「ん?」


 嶺鷹が何かを思い出したようで、顎に手を添えて口を開く。


 「……忍びの里……龍姫……いつだったかこの里で、龍姫なる者が発見されたという報告があったな」

 「えっ」

 「しかし結局それは、長に取り入ろうと目論んでいた里の娘がなりすましていただけで、確か謁見にも至らず罰せられたと」

 「もしかしてそれが関係しているのか?」

 「分からない。ただ、その件は娘個人がひき起こしたもので、里は一切関与していないということだったから、処罰等は里の方が請け負った筈だ」

 「え……」

 「こちらとしても何か被害を受けたという訳ではないし、だいいち龍姫のなりすましは後を絶たない程に多いからな。里の方で対処してくれるのなら、それに越したことはない」


 淡々と話す嶺鷹を見ながらも、臣下として苦労しているのだなと璃羽は密かに思った。



 *



 その後、休憩をとろうと璃羽たちはいったん部屋に戻り、扉の外で嶺鷹が見張る一方で、璃羽はかいた汗を拭おうと一人中に入った。

 布を手に持って寝台に座り、上半身の防具やシャツを脱いで背中を拭く。


 「龍姫になりすました娘、か」


 何となく気になって、璃羽はぼやいた。

 牛司に聞いても、当然話してはくれないだろうし、誰か話してくれそうな人はいないだろうか?

 何だか知らなければならないような気がして、璃羽は頭を捻って考える。

 そんな時、ふと思いつくのが一人脳内で現れる。


 ――影早なら、話してくれるだろうか?


 皆の前では駄目でも、璃羽一人の前であったら、もしかして。

 とそんな時、外でいつなが帰ってきたであろう音が聞こえた。


 「璃羽は中か?」

 「ああ。……どうした? 何だか疲れているようだが?」


 嶺鷹が見る限り、いつなが思った以上に疲れて帰ってきたことに心配する。

 何かあったのだろうかと、顔に出さずとも嶺鷹がそんなことを思っていると、いつなはゆっくりと腰を下ろして話し出した。


 「フェイファに話を聞こうと思って接触したんだ」

 「フェイファ?」

 「ずっと俺たちをつけてきてた鳥がいただろ? それが名前だ。あいつと話してたら、長老の一人に会った」

 「……!」

 「フェイファが影早からの手紙を長老に渡そうとしていたんだ。奪おうとしたんだが……失敗した」

 「そうか」

 「内容も分からないままだ。妙に鋭い長老でさ、何とか普通の動物として逃げるので精一杯。何なんだよ、あのじじい」


 いつながその時のことを思い出しながらも、ぶつぶつと文句を言い、そしてぐったりと項垂れた。

 彼の様子から、どうやら有益な情報は得られなかったのだろう。

 だが、影早が何かを掴み、それが長老へ伝わった。

 それが璃羽たちのことなのか、妖魔のことなのかは分からないが、気にかけていた方がいいだろう。


 「とにかく無事で良かった。いつなも少し休むといい」


 嶺鷹はそう言って部屋の中へいつなを促すが、彼は小さな首を振って立ち上がる。


 「そうも言ってらんねぇよ。晴翔からデータが送られてきてるんだ、これから製作に入る」

 「大丈夫なのか?」

 「夜までに何とかしなきゃだろ? 嶺鷹の方こそ、全然休んでねぇだろうが」

 「私は問題ない」

 「あ……そ、みたいだな」


 自身と比べて全く疲労が見えない嶺鷹は、やはり人間離れしていると、若干引き気味でいつなはそう思った。

 そして刀の製作を始める為に、前足で器用に扉を開けると、お約束なのか――上半身の肌を見せていた璃羽と目が合う。


 「「あ……」」


 その瞬間、すぐさま物が飛んできて、いつなは瞬時に扉の影に隠れた。


 「あっぶね」

 「ノックしろよぉっ!!」


 赤面して騒ぎ立てる璃羽の叫び声を聞きながら、それを封じ込めるようにすかさず扉を閉める嶺鷹の足下で、いつなはふうと息をつく。

 元々置かれていた石の置物を投げたのだろう、下に転がっているそれを見て、もし当たっていたらとゾッとする。

 

 「殺す気か、あいつ」

 「……大丈夫か、いつな」

 「あぁ。……仕様がねぇ、他で隠れて作るか」


 既に資材は調達済みなのか、頬の火照りを潜ませながらもいつなは場所だけ求めて歩き出した。

 とりあえず璃羽からあまり離れる気はないのか、近場で探そうとする。


 ――ったく、何であいつはあんなに無防備なんだよ


 「嶺鷹、まずはお前の刀だ。ちょっと借りられるか?」

 「ああ」


 いつなはそう言って、おさまらない動悸に気づきながらも嶺鷹を呼んだ。


 ――俺だったから良かったものの、他の奴に見られてたらどうすんだよ


 ――他の奴だったら……たとえば、影早とか……


 そこまで考えて、いつなは急にイラッとした気持ちが込み上げてきたのか、勝手にこめかみに青筋を立てる。


 ――絶対させねぇ。あいつに近づかせてたまるか


 「いつな?」

 「何でもねぇ。早く刀貸せ」


 呼びつけておいて少々乱暴な言い方をするいつなに、嶺鷹は首を傾げながら向かった。

 そうやって扉から離れていった二人を、着直した璃羽がこっそりと扉の隙間から確認する。

 さっきの恥ずかしい出来事があったお陰で、暫く部屋に入ろうとはしないだろう。


 ――二人には悪いが、ちょっと行ってくる


 今なら気づかれないと、璃羽は部屋の小さな窓から静かに外へ抜け出し、いつなたちの様子を覗いながらその場を離れた。

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