避難所
「それじゃ、あたしこれからお仕事だから」
「仕事?」
フェイファがそう言っていつなにウィンクすると、翼を羽ばたかせて飛ぼうとした。
そんな彼女の左足には手紙が結ばれていて、影早が誰かに送ろうとしているのか、それを見たいつなは思わず呼び止める。
「おいっ、その手紙どこに持っていくんだ?」
「どこって、長老のとこだけど」
「長老? 牛司じゃなくてか? その手紙、俺にも見せろ」
「駄目に決まってんでしょ。結び直せないんだから」
そう言ってフェイファが飛び立とうとするが、いつなはさせまいと押さえて阻止する。
「ちょっと何っ!?」
「怪しすぎるだろ、その手紙」
頭領の牛司ではなく、どうして長老に届けることがあるのか。
絶対に読まなければならないもののような気がして、いつなは手紙に手を伸ばす。が、
――ピピピッ!
突然、警報システムが作動してアラームが鳴り、次の瞬間、小石がいつなに向かって跳んできた。
アラームのお陰で素早く躱せたものの、小石を投げた者を見るなり、いつなはまずいと顔を歪ませる。
「……見たことのない動物よの」
――長老…… !? 何でこんなとこに!?
さすが里の長老というだけあって、鋭い眼力でこちらを睨みつけてくる。
普通の動物ならばそれだけで逃げてしまうような圧を放ってくるが、どうしても手紙が気になるいつなは、ここを離れる訳にはいかない。
――ちっ、どうする?
*
一方璃羽は、嶺鷹と影早の三人で里内を一通りまわっていた。
妖魔から受けた被害は昨夜の激戦で更に増え、目にするのもつらい景色が続いている。
死者を出さずに済んだのは不幸中の幸いだったが、それでも重傷者は多く、早く終わらせなければならないと、璃羽は皆が避難している洞窟へむかった。
到着すると、洞窟の前では女性たちが炊き出しを行っていて、大勢の避難民や男たちがお椀を持ち、粥をすすっている。
この長い戦いのせいで心身共に皆疲れきっているだろうが、思っていたよりは元気そうで、明るい話し声も所々聞こえた。
そばでは子供たちも楽しそうに走り回っていて、璃羽は内心ホッとするも、一方でそんな穏やかな光景に、影早は訝しげな目を向けながら何故か覆面をし、嶺鷹は不思議そうな顔をしていた。
「二人とも? どうしたんだ?」
「いえ……」
「やけに活気があるのだな、と。昨夜でまた被害が拡大した上に、結局のところ妖魔の脅威は去っていないというのに」
言われてみれば、と璃羽も嶺鷹の言葉に何となく様子を眺めていると、何人かの男たちが彼女たちに気づいたのか、駆け寄ってくるのが見えた。
また蔑んだ目で見てくるのだろうかと璃羽が身構え、嶺鷹が明から降りて前に出るが、昨日とは打って変わり彼らは晴れやかな表情で、歓迎さえするような笑みで騒ぎ立ててくる。
「龍姫様!」
「龍姫様が来られたぞ!!」
「え……?」
男たちが叫ぶと、その声に続々と他の人たちも集まり、途端に璃羽たちは大勢に囲まれて歓声を浴びることとなった。
「え……なんで?」
「この娘が龍姫様なのかい? まだこんなにも若いのに?」
「物怖じもせず妖魔と戦って、追い払ったんだって?」
「すごい!!」
「さすが討伐に来ただけはある!」
皆それぞれに賞賛の声をあげ、その様子に璃羽はただただ驚いて開いた口が塞がらずポカンとした。
どうやら人伝に昨夜の戦いの話を聞いたようだ。
何だか力を認められたようで、璃羽は嬉しくなって暗から降りようとすると、それに気づいた影早が先に馬から降りて、彼女を手伝うように手を差し出す。
ありがとうとその手を取り、璃羽が降りていると、昨夜の討伐に加わっていたらしい男たちが嶺鷹の戦いも見ていたようで、彼に頭を下げる。
「嶺鷹殿も感謝する。まさかあれほどの力をお持ちとは、龍の爪というのも伊達ではないな」
「いや、まだ昨夜を乗り切っただけだ。今夜こそ、根源である妖魔を倒さねばなるまい」
浮かれている璃羽とは違い、嶺鷹は気難しい表情をして静かにそう答えた。
実際、何も解決していないのだ。
妖魔が探している弦是がどこにいるのか、見つけて差し出したとしてそれで里を襲わなくなるのか。
討伐するにしても、いつなの太陽光を用いた武器が間に合うのか、間に合ったとしても妖魔に対して有効なのか。
幾つも問題があるのだ。
あるのだが……
璃羽はじとりと横へ目を向けた。
実は、先程手を借りてからというもの、何故か影早がその手を離してくれないのだ。
なぜ? どうして? と、璃羽が戸惑っていると、覆面をしていても分かるように優しく彼の目が細められ、思わずドキッとして硬直する。
――え、何これ。私、どうしたらいいんだ?
そういえば、影早は距離感が近いような気がする。
やたらと触れてくるような。
このアプローチ、もしかして影早は私のこと……などと、璃羽が都合の良い想像を膨らませていると、
「牛司殿」
嶺鷹の声が聞こえて、そこに相変わらずの睨み顔で仁王立ちしている牛司を見つけた。