行動
璃羽たちは朝食を済ませた後、牛司や長老たちが集まる場で再度報告の確認や今後の対策について話し合った。
その時に、妖魔が言っていた《弦是》という人物に心当たりはないか璃羽は訊いてみたのだが、誰も知らないと言う。
そんな筈ないのに。
「……嘘、だな。何か隠してるな、あれは」
話し合いが終わり、いつながボソリと呟いた。
解散した後、璃羽と嶺鷹でひと気のない外へと出ると、いつなが動物の姿で巾着袋から飛び出し、窮屈だったのか疲れたため息をつく。
「隠さなきゃならない理由って何だろう?」
近くの木の枝に飛び乗り、ぐったりした様子のいつなを見上げながら璃羽は訊ねると、嶺鷹がそっと口を開く。
「それは分からないが、我らに話さないということは、長に報告されると困るようなことをしている可能性が高い、その弦是という人物は」
「あんだけ妖魔に怨まれるぐらいだもんな。相当ヤバいことしてんじゃねぇの?」
「でも、牛司や長老たちに訊いても教えてくれないんじゃ、どうやって調べる?」
璃羽が腕組みしながら問いかけると、いつなはさらりと答えた。
「訊けるのは、何も人間だけじゃねぇだろ」
「あ、なるほど」
この言葉を聞いて、璃羽はすぐに納得した。
龍姫の能力を使えば、動物たちに訊ねることができる。
しかも裏表がない分、案外早く見つかるかもしれない。
そう思って璃羽がやる気を出そうとするが、その前にいつながスッと立ち上がった。
「聞き込みは俺がやる。この姿の方が動きやすいだろう」
「え」
折角頑張ろうとしていたのに、水をさされたようで璃羽はムッとする。
どうやら龍姫の能力は、いつなの方にも移し終えているようだ。
「しかし、いつな。太陽光を用いた武器はどうなる? 今夜には間に合うのだろうか?」
嶺鷹が少し不安そうに言うと、何も問題はないと言わんばかりにいつなは涼しげに続けた。
「抜かりはねぇよ。ちゃんと頼んである」
「頼んであるとは?」
「晴翔にな」
いつなはもはや隠す気もなく、率直に彼の名を口にした。
突然のことに璃羽はギョッとしたが、いつなの落ち着き払った様子を見て、うっかり言ってしまったことではないのだと知る。
嶺鷹を信用したのだろう、疑り深いいつなを知っているだけに、璃羽はそれが少し嬉しかった。
「晴翔というのは?」
「俺たちの世界にいる、俺の従兄弟だ」
「そちらの世界と接触できるのか?」
「あぁ。物理的なものの転移はできないが、設計データを受け取って俺がこっちで造ることはできる」
「材料はあるのか?」
「何とかなるだろう。聞き込みついでにかき集めてくるさ」
いつなはそう言うと、うーんと背伸びした。
しかしそれでは彼だけが忙しくなりそうで、璃羽は心配そうに見上げる。
「大丈夫なのか? 私たちも手伝うぞ?」
「いや、お前らは怪しまれる行動は控えた方がいい。それにもうじき……ほら、来たぞ」
いつながそっと呟くと、遠くの方から影早がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「お前らは、あいつから情報を聞き出せ。でも璃羽、ぐれぐれも用心しろよ。間違っても影早と二人きりにはなるな」
「え?」
「嶺鷹、璃羽を頼む」
「承知している」
いつなはやや早口で伝えると、影早がやってくる前に枝を伝って、足早に去っていった。
その後すぐに影早は到着する。
「姫、ここにおいででしたか」
「あ、あぁ……」
どうにもいつなは、影早に関しては特に警戒しているようで、逐一注意を促してくる。
璃羽としては、彼はしっかり護ろうとしてくれる真面目な人という認識なので、困惑してしまうところではあるのだが。
今もこうしてわざわざ探しに来てくれた影早に、璃羽は苦笑しながらありがとうと応えた。
「姫、これからどうなさいますか? 里をご覧になりたければ、私がご案内致しますよ?」
「えーと、嶺鷹はどうする?」
「姫が行くというなら、もちろん同行する」
璃羽の言葉に嶺鷹が即答すると、影早の眉が一瞬ピクリと動き、嶺鷹は目を細める。
「そうですか? 我々としては、嶺鷹殿には次の妖魔討伐のために少しでもお休み頂きたいのですが?」
やはり何か意図していることがあるのか、どこか含みのある影早の言葉は、璃羽から嶺鷹を引き離したいように聞こえた。
――これでは、いつなが疑うのも無理はない
とは言え、現段階でははっきりとは断言できないが。
どちらにせよ、璃羽から目を離す訳にはいかない以上、断固として同行の意思は変えまいと、嶺鷹は訴えるように影早を見ると、彼も諦めたのか、上辺だけの笑みを浮かべて了承した。
結局三人で里を見て回ることになり、まずは璃羽たちが騎乗してきた馬たちと合流する為、馬小屋に向かった。
小屋に入ると、影早は自身の馬を連れてくると言って奥へと向かい、その間に璃羽たちの姿を認めた黒馬が「おう!」と元気よく話しかけてきた。
「姫さん! 無事だったようだな?」
「あぁ。お前は怖くて暴れたりしなかったか?」
「当ったり前だろ」
「ずっとブルブル震えていたがね」
「えっ」
璃羽と黒馬で話しているところへ突然、嶺鷹の白い馬が冷めた様子でボソッと割り込み、黒馬がムキになって鼻息を荒くする。
どうやら嶺鷹の愛馬はクールな性分のようで、来る時もあまり喋らなかったように記憶している。
今にも暴れ出しそうな黒馬とは違い、白馬は落ち着いていた。
「まさか、明の言葉が分かる日がやって来ようとはな」
「明?」
イヤーカフのお陰で、二頭の会話を聞きながらどことなく嬉しそうな様子で嶺鷹が口を開く。
「私の愛馬の名だ。そちらの黒い方は暗という」
「へぇ。お前、暗っていうのか」
「あー何かそう呼ばれてる気がしてたなぁ」
ぼんやりとした認識で暗が答えていると、小屋の奥から一頭の茶色の馬を連れて影早が話しかけてきた。
「姫、お待たせしました」
「それじゃあ、行こうか」
三人はそれぞれの馬に跨り、小屋を出発した。
それを、離れた木の上からいつなが見送る。
結局璃羽が心配で、馬小屋までこっそりつけていたのだ。
「……できることなら、じっとしてて欲しいんだけどな。あいつ、危機感全然ねぇし」
「――あんたって、過保護って言われない?」
するといつの間にいたのか、彼の隣にフェイファが当たり前のように寄り添っていた。
けれどいつなは驚くこともなく、ただ機嫌悪く睨み返す。
「お前こそ、ずっとつけて来やがって。鬱陶しいって言われないか?」
「あら、気になるじゃない。言葉が分かる人間なんて。あんたのことだって、色んな姿になれるなんて面白いわ、惚れ惚れしちゃう」
「…………鳥にモテても……」
いつなはげんなりと肩を落とした。
翠の屋敷を出た時からフェイファがついて来ていたのは、いつなも知っていた。
ただの鳥ではない、間違いなく訓練された鳥。
その時点で、里の息がかかったものだと容易に想像できた為、何とかこちらに取り込めないかと密かに接触してみたものの。
話してみれば、馴れ馴れしいし図々しい。
「なによ。あんただって、あのお姫様のことばっかじゃない。相手にされると思ってんの? お姫様は人間なのよ?」
「あー、そんなのいいから。お前に説明してもしょうがねぇから」
俺人間だし、と心の中で思いながらも、ある時ふと、いつなの中で急に不安がよぎった。
本当は人間でも、こちらの世界で人間の姿にはなれない。
いくら人間だと分かっていても、璃羽の目にはずっと小動物のいつなしか映らない。
――このまま璃羽が戻って来れなかったから、俺の存在は……
「……」
何だか酷く彼女を遠くに感じた。




