戦いの姫
「ったぁっ!」
璃羽は双剣を振り回してどんどん妖魔を倒し、抑え込んで一体一体の声を聞いて回った。
しかし、やっぱりどの妖魔も《あいつ》ばかりで、正体に辿り着けない。
そんな彼女の戦いぶりを見て、影早は呆気にとられながらも共に妖魔を倒し突き進んだ。
――彼女はいったい何なんだ? ただの娘ではなかったのか?
影早は思う。
一方で、いつながイヤーカフを通して璃羽にそっと話し掛けた。
「璃羽。里のある2カ所に、妖魔たちが集中し始めている」
「妖魔たちが?」
「他とは違う何かを見つけたのかもしれない。どうする?」
「もちろん行く。嶺鷹にも伝達を」
「分かった。手分けして行くぞ」
璃羽は小さな声で即答すると、いつなの指示する方へ走った。
ようやく手にした小さな手がかりだ、気になる場所には行かなければ。
「影早、向こうには何がある?」
戦いながら璃羽は、突き進む方を指さした。
妖魔が集中しているのならば、いつなの言う通り他とは違う何かがある筈だ。
もしくは妖魔たちが探している《あいつ》がいるかもしれない。
そう考えて影早に訊ねると、
「向こうには山村集落があり、更に奥へ進んだ所に里の者たちが避難している洞窟の一つがあります。近くでお頭の隊が守りを固めている筈ですが」
「お頭……牛司の隊か。それに里の者たちが避難しているってことは、お探しの《あいつ》がいる可能性が高いってことか」
璃羽はボソッと呟く。
避難している者の中に妖魔の探し人がいるのか、はたまた頭領である牛司を狙って集まっているのか?
牛司ならば立場的に狙われても不思議はないだろうが、嶺鷹の話では翠も期待する程しっかりした者だというし、人望も厚いらしいから、妖魔たちのいう狡くて卑怯な《あいつ》ではないような気もする。
「とにかく確かめてみるしかないな」
璃羽は牛司と合流するため、進むことを優先しながら妖魔たちを倒していった。
暫く走ると山村の集落が現れ、そこで妖魔用に仕掛けていたのだろう罠が壊され、いくつか民家も崩壊し煙が上っているのが見えた。
「酷いな……」
「姫、隊はあっちです」
影早に言われて璃羽は突き進むと、戦いの怒号がすぐに耳へと入ってくる。
多くの悲鳴や叫び声、いろんなものが入り交じって、全身に鳥肌が立つ。
「姫、あそこは妖魔が多すぎます。これまで以上に危険です、引き返しま……っ」
「行くぞ、影早。しっかりついて来い」
「姫っ!?」
今までよりも大規模な戦場に少し驚きはするが、璃羽の志気が落ちることはない。
寧ろ《あいつ》が見つけられるかもしれないという期待感と、役に立ちたいという願望が彼女を前へ動かす。
ボロボロと崩れていく建物や、火の粉が飛び移って燃える草木を走り抜けて二人はそこへ向かった。
*
その頃戦場では、牛司たちがこの先にある洞窟へ妖魔を近づけさせないよう、必死に食い止めていた。
「この先へ妖魔を行かせるなぁっ! 何としてでもここで阻止するんだ!」
牛司は、何とか全体の士気を高めようと声を張り上げながら戦うが、もはや救援も成り立たず、疲弊している隊では時間の問題だった。
それでもこの先に避難している家族のため、男たちは命がけで戦い続けるが、減ることを知らない妖魔の数に、だんだんと絶望の色が濃くなってくる。
「も、もう駄目だ。日に日に妖魔の数は増える一方だし……流石にこんなの……」
「諦めるなっ! ここを突破されれば終わりだ、大事な家族を失いたいのか!!」
「でっでも……」
じわじわと山道をのぼってくる妖魔たちを視界にとらえながらも、牛司は汗ばむ額を拭い、自身も含めて気持ちを奮い立たせた。
初めは、妖魔の数なんてさほど多くはなかったのに。
それが日を増すごとにどんどん増加し、今夜この時をもって膨大な群衆となって押し寄せてきた。
「何なんだ、こいつらはっ。なぜこの里ばかり……っ」
――もう、無理なのか……?
「牛司っ!!」
そんな時、聞き慣れない女の叫び声に牛司はハッとした。
見ると、妖魔の群れを挟んだ隊の反対側に、璃羽と影早の姿を確認する。
「影早!? それに、龍姫……だと!?」
「持ち堪えているな……いつな、一気に駆け抜けるぞ」
「あぁ、シールドを展開する。遠慮なく突っ込んでやれ」
「了解」
璃羽はいつなの言葉に笑みを浮かべると、双剣を構え、腰を低くした。
「――風属性に切り替え、最軽量完了。風属性障壁、展開!」
いつなの操作通りに、風の膜がシュウッという音と共に彼女の周りを一瞬で覆った。
火耐性の水属性とは違って軽く、璃羽の髪を激しく揺れ動かす。
現状のように、素早く移動したい時に用いるもののようだが、長時間は使用不可らしい。
「いくぞ」
璃羽は地面を蹴ると、その風圧を利用して一気に加速し、妖魔の群れの中心をまっすぐ突き抜けた。
速さはもちろんだが、シールドとしてもきっちり妖魔たちを跳ね除け遮断してくれる。
何とも楽にあっさりと、ぶつかった妖魔たちが吹っ飛んでいった。
「何なんだ、あれは……!?」
「龍姫、なのか? あれが……?」
牛司や隊の男たちが驚きを隠せないでいる。
無理もない、ただの小娘だと軽視していたのだから。
けれどもそんなことなど気にせずに、璃羽は牛司のそばへ到達し、口を開いた。
「牛司。妖魔たちを退けたいなら、私に協力しろ」