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カランカラン。
「・・・いらっしゃい」
手で二人とマスターに示して窓際が空いていたのでそこへ向かう。
席について葛城さんにメニューを渡すと受け取ってくれたが、キョロキョロと周りを見てから小声で話しかけてきた。
「勝手に席まで来ちゃってよかったの?」
「大丈夫だよ、マスターとは顔見知りだから」
「じゃあ、平気なのかな?」
そう言うと葛城さんはメニューに目を落とした。
ウェイトレスさんが水を置いていくと「ご注文が決まりましたらお声かけください」といって下がっていった。
「写真見るとどれも美味しそう・・・神代くん、おすすめってどれかな?」
おすすめかぁ、俺はフルーツサンド推しだけど。
ん!? これは食べ物の好き嫌いを聞くチャンスなのではないだろうか!? よし、いってみよう!
「葛城さんは食べ物で好き嫌いある? どれも美味しいけど嫌いな物をおすすめしちゃうと申し訳ないからさ」
さりげなく食べ物の好き嫌いを聞きながら、気を使った感じで行けたんじゃないか!
「うーん、果物類は好きかな、嫌いというかトマトが苦手なの、種の部分の食感がちょっと・・・でもトマトジュースは飲めるの」
トマトが苦手なのが恥ずかしいのかそれを誤魔化そうとする葛城さんがかわいい。
「果物で苦手がないならおすすめはフルーツサンド、どれも美味しいんだけどさ、フルーツサンドと紅茶のセットがおすすめだね」
「じゃあ私そのセットにする」
俺はうなずくと手を上げてマスターに「いつもの二つで」と注文すると「・・・あいよ」と短く返事すると調理を始めた。
「神代くんずいぶん親しげだけどよく来るの?」
「うん、外出したときに時間があれば来てるんだ、数少ないゆっくりできる場所なんだ。
練習もちゃんとやれば上手くなるのは楽しかったんだけどさ、ゆっくりしたいときってあってさ、そういうときここの席で人間観察したりぼーっとしたりしてるんだ。」
「ゆっくりできる時間は必要だよね、でも神代くん遊ぶ時間もないってくらい練習とかすごかったみたいだけど、ここはどうやって見つけたの?」
まぁ当然の疑問だよね、俺も連れてきてもらわなかったら来ることはなかっただろうしな。
「ここ父さんの行きつけの喫茶店でさ、休みの日にさ「たまには練習休んで出かけるぞ」って連れてこられて、フルーツサンドが美味いから食ってみろって言われて食べたらすごく美味くてさ、それ以来よく来るんだ。」
「親子で行きつけの喫茶店ってなんかいいね」
「そうかな」
頬をかきながら返事をすると。
「親子で通えるとこがあるなんて仲がいい証拠ですよ」
確かに父さんが時間あるときには一緒にくることもあるし、おかげで仲はいいのかな?
とまぁ俺と父さんの話はこの辺にしといて映画の話でも振ってみようかな。
そして注文の品がくるまで映画の話をしようということになった。
葛城さんは過去作の話は伏せて今作の話だけするので興味があれば過去作も観てくださいねと言ってくれた。
葛城さんの好きなシリーズの映画ということもあって話始めたらあっという間にフルーツサンドと紅茶のティーセットがウェイトレスさんによって運ばれてきた。
ウェイトレスさんは給仕ワゴンからフルーツサンドを綺麗な所作で俺たちの前に置き、さらに紅茶を入れてティーセットをテーブルに置く。
「ご注文の品は揃いましたでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
「ごゆっくりお過ごしください」
んー、美味いなぁここのフルーツサンドは程よい甘さの生クリームにぎっしりと苺、キウイ、みかん、パイナップルが入っていて、端っこだけ何も入ってないということがないくらいにぎっしりなんだよなぁ。
そして俺は気づいたわ「いつもの」って言ったものね、普通は二つなんだけど四つ乗ってるわ・・・これ葛城さん食べ切れるかな? と考えていると。
「神代くん、このフルーツサンドすごい美味しいの!」
そう言うと笑顔で二つ目を頬張っていた、かわいい。
うん、大丈夫そうだね、少し食休みしたら行き先の相談でもしようかな。
予定としてはあまり荷物にならない雑貨屋とか手頃な値段で買えるアクセサリ屋なんかを回って行きたいな。
ふ、服屋も候補ではあるがまだ早い、だって目の前で着替えてるとカーテンあっても刺激がやばひぃ。
「ふぅ、ちょっと食べすぎちゃったな。
でも美味しかったから幸せ」
ニコニコと紅茶を飲んでる姿を見て今日一緒にここにこれてよかったなぁとしみじみ思ってしまった。
俺も紅茶を一口飲んで葛城さんに声をかける。
「このあとなんだけどさ、どこか行きたいとことかある?」
「ちょっと食べすぎちゃったから少し歩きたいかな、それで歩きながら気になったとこに入るのでもいいかなーとは思ってたんだ。
神代くんはどこか行きたいとこある?」
「んー、ちょっと雑貨屋によりたいかな。
最近弁当作りだしたらさなんかハマっちゃってさ、なんかこう面白いものないかなーと思ってさ」
「いいね、雑貨屋さんて色々あるから楽しめるし行こうか」
「ありがとう! じゃあこの紅茶飲み終わったら行こうか」
二人で少し談笑しながら紅茶を飲みカップが空になったので席を立った。
俺たちが立ち上がるのを見たウェイトレスさんがレジへと向かって行くのがわかった。
ここのウェイトレスさん本当すごいなぁ、本物は知らないけどメイドさんってこうなのかな? ってくらいお辞儀から言葉遣いまでかっこいいんだよね。
「フルーツサンドセットお二つで一五〇〇円になります」
葛城さんが財布を出していたが、手で軽く遮ってから自分の財布から一五〇〇円ちょうど渡してウェイトレスさんにお辞儀をしてマスターに声をかける。
「次のときはご馳走してねって感じでさ、次のデートのお誘いしやすくさせてよ」
葛城さんは少し顔を赤くしながら「ご馳走様です」と言って振り向いて歩き出した。
「マスターご馳走様でした、また来ます」
「・・・あいよ」
といつも通りのやりとりだったのだが、普段やらないマスターの動きに少し固まってしまった。
今まで渋くて寡黙なマスター一筋二〇年みたいな人が俺に向かってサムズアップをしているんだから! 見たことないよ!? 俺、マスターの知らない一面見ちゃったよ。
動揺からどう返したらいいか分からなくて同じくサムズアップで返してしまった。
満足したのかマスターはいつもの作業に戻っていった。
店を出ても少し動揺してたら先に出ていた葛城さんが首を傾げて聞いてきた。
「どうしたの?」
「いや、人の知らない一面を見ると嬉しいだけじゃなく驚くこともあるんだなと思いました」
「そうなの?私は嬉しいことが多いと思いたい人かなぁ。
ほら神代くん行こう」
そう言って葛城さんが手を伸ばしてくれる。
俺はその手を取り歩き出した。
ーーー
もう少しで雑貨屋に着くなと考えていて注意力散漫だったのだろう、葛城さん側だけ気にしていて自分が避けるのを忘れてしまっていた。
ドンッ
「あ、すいません」
「あれ?隆?」
俺はぶつかった人に謝るために頭を下げていて気づかなかったが、そこにいたのは隣のクラスの同級生の鈴木 隆だった。
「あれ? 葛城さん鈴木と知り合いなの?」
俺は中学で一緒だったが二人はどんな関係なんだろう。
胸の奥でチクリとしたものを感じたがこれはきっと表に出したらいけないやつだ。
「私って緑山中と蒼海中の学区の境に家があるじゃない? 私は緑山中側で、隆が蒼海中側なのよ。
境目だけど家が近かったから昔は遊んだりしてたの、幼馴染みっていうやつかな」
あー、だから図書室で俺に葛城さんと付き合ってるか聞いてきたのか、なるほどね・・・まぁだからといって俺はやることは特に変わらないな。
「そうなんだ、鈴木ぶつかっちゃってごめんな、ちょっと道に迷って慌てていて注意力散漫だったわ」
「あぁ、大丈夫だよ」
「じゃあ、俺ら店探して三千里だからそろそろ行くな、美遊さん行こうか」
俺がそう言って手を出すと美遊さんは驚いた顔をしたが、すぐに微笑みながらすっと手を取ってくれた。
「行こうか一弥くん。
隆また学校でね」
ーーー
あ、ここだあったあった。
「ついた・・・迷っちゃってごめん」
「ううん、大丈夫だよ。
こんなとこに雑貨屋さんがあったんだね知らなかった」
「うん、俺も調べて初めて知ったんだけど知らない場所に行くということを舐めてました、ごめんなさい。
次からは地図用意して・・・スマフォで地図だせるやん」
「ふふふ、まぁそういうこともあるよ。
さ、入ってみようよ」
あぁ、美遊さんまじ天使。
ーーー
おぉ、結構色々あるんだな。
「美遊さん、何か気になるものあった?」
「んー・・・」
おぉ、真剣な顔してる、かわいい。
箸? を見てるのかな、一声だけかけて弁当箱見にいってこようかな。
肩をトントンと軽く叩いて人差し指を伸ばしておく。
「んふゅ?」
あ、やばい、かわいい。
多分写真撮ったら大変なことになるから諦めよう。
しかし写真を撮らなくても美遊さんの顔は赤くなり頬が膨らんでいた。
「あまりにも真剣に箸見てたから弁当箱コーナーちょっと覗いてくるって言おうと思ったんだけど・・・つい魔が差しました、ごめんなさい」
「もう、仕方ないですね。
それで、お弁当箱見に行くんですよね? 行きましょう」
「え? 箸はいいの?」
「はい、よくよく考えたら一時期流行ったマイ箸ブームのおかげで両親が買って使わなくなったものが溢れてるのを思い出しましたので」
「なるほど、それは思いとどまるのに充分な理由だね。
じゃあ付き合ってもらおうかな」
そう言って美遊さんの手を取って弁当箱コーナーへ向かった。
「んー、小さすぎると種類が入らないか」
「なんでお弁当箱探してるんですか?」
美遊さんには話しても大丈夫だと思うので話してみるか。
「最近母さんが忙しくてちょっと疲れ気味でさ、たまには元気のものが入った弁当でも作ってあげようかと思ってさ、それでなんなら箱自体も新しいものでやろうかなとね」
「私もお父さんに作ってあげたら喜んでくれるかな?」
「そりゃもちろん喜んでくれると思うよ! 俺だったら三日三晩神棚に祀ってから美味しくいただくね」
「それだと痛んでダメになっちゃうからすぐ食べないとダメだよ」
俺は母さん用に楕円形で中容量くらいのを買った。
美遊さんは長方形で二段重ねの弁当箱にしていた。
ーーー
会計を終えて店を出ると、外は夕暮れ時だった。
ずいぶん長いこと店にいたんだな、美遊さんと面白い形とかかわいい小物だと物色していたものな。
昼時に比べて人の数も少なくはなっているがそれでも人混みと言えるだけの状況だ。
美遊さんに手を差し出すと手を握ってくれる。
今日は手を繋ぐことができて、お互いを名前で呼び合うことができたのだ初デートとしては成功したと言えるのではないだろうか!
あとは無事に美遊さんを家に送り届けられれば完璧だ。
店を出て歩き始めて他愛もない話をしながら俺たちは帰路についた。
ーーー
帰りは迷うことなくバス停まで辿り着けたのでバスに乗り美遊さんの家の最寄りのバス停で降りて歩き始めた。
一戸建てが立ち並ぶ区画へとたどり着くと美遊さんが立ち止まった。
「私の家そこだからここまで大丈夫だよ」
「そう? わかった。
今日はありがとう、映画も面白かったし、弁当箱も一緒に選んでくれて嬉しかった」
「私こそ、すごくおしゃれな喫茶店に雑貨屋さんに連れて行ってからでありがとう。
あと・・・」
「ん?」
美遊さんがもじもじしているのだ、かわいい、俺の語彙力はないのだ、かわいいしかでてこない。
「今日名前で呼んでくれるようになったのには驚いたんだ、急だったけど嬉しかったよ」
あー、あれね、うん、美遊さんが鈴木のことを隆と呼んだときになんとも言えない気持ちになって勢いで呼んじゃったけど俺のことも名前で呼び返してくれたからよかった。
「あれは、なんというか、鈴木にぶつかったときに美遊さんが「隆」って呼んでて対抗心が出てしまったというか、なんというか・・・ん? これ口に出すとかじゃないやつだね、あはは」
ひぃいい、考えてることを口に出してしまったよ、これはやらかした。
そう思って右頬をかきながら美遊さんのほうをみると、ふふっと笑って俺の前まできていた。
すると左頬に柔らかい感触と甘い香りに脳が痺れていくよな感覚がした。
俺がはっと気づいて思考が戻ってくると、歩き出していていた美遊さんが振り返り「また学校でね」と手を振ってくれた。
そこからはもうなにも覚えてなかった、気がついたら家の自分の部屋にいて、ゆいさんに頭を叩かれて意識が戻ってきたのだ。
「ちょっと、早くご飯作ってよ、お母さん今日も遅いんだってさ」
「あ、うん、わかった、いま、いく」
「あんた何かあったでしょ」
「うん、なんか頬にキスされたらしい」
「らしいってなによ」
「いや、夢? の可能性も?」
「いや、夢かどうかは置いといていいわ。
頬にキスで夢心地とか小学生か!」
「いや、高校生ですが?」
「いや知ってるわよ! はぁ、まぁ、いいわ。
ご飯どうする? 出前にする?」
「いや、作るよ」
ーーー
トントントントン。
包丁を握って料理を始めると意識が戻ってきた。
そしてさっきまで上の空でゆいさんとしていた会話を思い出す。
「ふぁああああああああ」
「ちょっとなによ、急に叫んで」
「ゆいさん、あれ忘れて、やだ死にたい」
「あははははは、上の空で受け答えなんてするからよ。
減るもんじゃないしいいじゃない」
ゆいさんはお腹を抱えて笑っていた。
さつきさんはなにが起こっているのかわからずおろおろしている。
「ゆいさんは今日ダイエットで晩飯はいらないみたいだ」
ゆいさんの晩飯にだけイタズラしようかとも思ったが食べ物で遊ぶのはよくないからね、ダイエットしてもらおう。
「ちょ、ちょっとそれはずるいでしょ!」
ずるいところは一切ないのだ、胃袋の生殺与奪は俺の手の中に・・・いや、胃袋の生殺与奪ってなんだよ。
そんな、馬鹿なことを考えながら料理を終えて食事を始めると「どんなデートだったのよ」などと言ってくるので今度本当に飯抜きにしてやる。
誤字脱字報告や感想よろしくお願いします。
サブタイトルはいいものが浮かんだらつけたいと思って本編書いてたら忘れてたので思いつき次第つけていきます。