3-39 邪悪、襲来
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「ネヴァン……!」
空間を砕いて現れた女神官を前に、ルナが翼と尾を伸ばし、戦闘態勢へと転じる。
『おかしいな』
ヴァルマは兜の後ろを掻いた。
『僕の見立てじゃ君は今頃、幻覚魔法で作った地下牢をうろついているはずなんだけど……。もしかして効かなかった?』
「効いていたわ。でも地下はそんなに広くないのは知っていたし、なにより……」
ネヴァンの粘着質な視線がまとわりき、ハイファは腕が熱を帯びていくのを感じる。
「どの牢にも、その子たちがいないんだもの。ちょっと壁をつついたらすぐに解けたわよ」
『ちょっと、ね。にしても驚いたよ。まさか、ここの障壁まで壊すとは』
飄々とした口調だが、ヴァルマの声色には焦りが滲んでいた。
「表面から少しずつじっくりと溶かして吸ってあげたの。本当にあなたの魔力は美味しいわね」
『なるほど。君らしいやり方だ。で、何の用だい? ご覧の通り取り込み中でね』
「大丈夫よ。すぐに済むわ」
時空の穴から出て床に立ったネヴァンは、口角を吊り上げた歪な笑みのままハイファに語りかけた。
「思ったよりもすぐに会えたわね。まだ私のことが怖いかしら?」
意地の悪い眼差しをハイファは真正面から受け止める。
「もう、怖くなんてない。あなたのこと、少しはわかったから」
「あら、いっぱしの口を利くようになったじゃない。じゃあ私が何をしたいのかも、わかってるのかしら?」
「それはわからない。けど、シャンがあなたを龍の王国から追放したのは、そうする必要があったからなんだと思う」
「ふん、何も知らないで……。でも」
向かい合うハイファの足先から頭までを舐めるように観察し、シャンにも一瞥をくれたネヴァンは、合点がいった風に頷く。
「この感じ……わかるわ。脚も取り戻したのね。ということは……」
ネヴァンの笑みがさらに深くなる。直後、哄笑が響き渡った。
「あははははっ! そう! アレンは死んだのね! どんな風に死んだのかしら? ぜひ聞きたいわぁ!」
「アレンは生きてる。シィクと一緒だよ」
ハイファの即答に笑いは凍りつき、一瞬で金髪の美女の表情は無へと変わる。
「なんですって?」
「シャンは龍骸装だけを取って、アレンとシィクのどっちも助けてくれたの」
ハイファが告げると、ネヴァンは目を見開き、半歩下がった。
「シャンが、私以外の人間を……?」
明らかな動揺。その様子に、ハイファだけでなくルナやエルト、リンも怪訝な顔になる。
『ふ、ふふ……』
ハイファたちの背後で、金属が小さくぶつかり合い、小刻みな音が鳴る。
『ふははははははっ!』
小さな音はヴァルマの爆笑へと変わり、一同の鼓膜を震わせた。
『なんてことだ! ああ、なんてことだ! ネヴァン! どうやら僕らの予想は外れていたようだ!』
ヴァルマの言葉の真意を理解しきれないハイファたち。しかし、ネヴァンは対照的だった。
「ええ。そうみたいね」
ネヴァンは静かに返事をすると、この空間に乗り込んできたときと同じ魔力の渦を蠢動させはじめた。
「いいわ。これで、心置きなく喰らってあげられるっ!」
ネヴァンの袖が翻り、内部から無数の赤黒い流体が空を裂いて殺到する。
「くっ!」
ハイファは龍骸装を発動させ、強化された脚力でネヴァンの攻撃を回避。追尾しようとした触手たちは、シャンが広げた黒煙の中に消えた。
「ハイファさん! シャンさん! ――《レスプ・パルセラ》!」
開戦を悟ったエルトは錫杖に溜めていた魔力を光の弾幕として解放し、ハイファの援護に回る。
魔術の名前だけを用いた詠唱でも、事前に魔力を充填していたことで威力は高いはずだったが、光弾はその悉くがネヴァンの操る半透明の触手に阻まれた。
「ああ、そういえばいたわね。星皇教会の坊や?」
その言葉と共に、触手の一本が高速でエルトへ飛ぶ。
エルトが回避するより早く、ルナの尾が間に割り込んで触手を弾いた。
「私がいるのも、お忘れなく」
「ふふっ、生意気な――っ⁉」
ネヴァンの意識がエルトとルナに向いたその一瞬が好機。
「当てる……!」
暗くなった視界に顔を上げたネヴァンが見たのは、異形の腕に闇色の魔力を滾らせ、渾身の一撃を振り下ろさんとするハイファだった。
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