3-38 打ち砕かれる希望
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ヴァルマの告げた事実に、ハイファたちは動揺を隠せなかった。
「バレてるって、じゃあ、私たちがここに来たのも知られてるってこと⁉」
『そうなるね。もちろん策を講じてはいるよ。けど、早急にやらなくちゃいけないことがあるんだ』
ヴァルマが一枚のスペルシートを取り出す。
それはリンが龍の魔峰でシャッドから渡されたはずのものだった。
「アレンのスペルシート! いつの間に……!」
『君たちのところへ行く前に荷台から拝借させてもらったよ』
作業台に転がっていた魔石を押し当てられ、隠匿の魔法が刻まれた紙が描く魔法陣から黒い肉塊が床へ音を立てて落ちる。
『久しぶりだね、胴の龍骸装。いやぁ、我ながら見事な造形だ。だけど少し汚れがついているな。これじゃあシャン殿が取り込まないのも納得だよ』
ヴァルマが持ち上げて作業台に置いた龍骸装に、ハイファはチャフを思い出して目を伏せてしまう。
「それを、どうするの?」
それでも声を絞り出したのは、それが自分のやるべきことだと思えたからだった。
『こびりついた不純物を取り除く。綺麗にしてシャン殿に還すのさ』
ヴァルマが両手を開いて作業台に十本の指で触れる。
作業台が紫色の光を放ち、龍骸装を上下から挟むように光と同色の魔法陣が現れた。
『ここからは作業しながらで失礼するよ』
魔法陣が発する十の光線が、龍骸装に付着した肉片を剥ぎ取っていく。
確かめるならば今しかない。リンは銀色の背に映る自分にそう念を送った。
「……龍骸装を作ったのは、あなたなのよね?」
『ああ。そうだとも。腕、脚、胴体、翼、そして頭。シャン殿が持つ強大な力を分割したもので、鎧たちが自信作なら、龍骸装は傑作と言っていい』
作業の手を止めず答えるヴァルマ。
『すでに翼と脚はシャン殿に戻ったようだけど、その時の話もあとで聞かせてくれよ。で? それが?』
リンはハイファをちらと見てから、再びヴァルマに顔を向けた。
「ハイファの腕を、元に戻してほしいの」
ヴァルマの手が止まった。
「シャッドさんから聞いたわ。シャンは龍骸装にされた自分の身体を取り戻そうとしてるって。それでハイファと話し合って決めたのよ。この子の腕がただの人のものに戻せるなら、すぐにシャンに返そうって」
「リン……」
ハイファは素肌を晒す腕を抱き、エルトとルナの顔にも緊張の色が浮かぶ。
シィクとの激闘のあとに起きた現象をシャンによる強制的な分離と考えたリンたちは、ハイファの腕を正しく元に戻す方法の有無を協力者に問いただそうと出発前に決めていたのである。
『………………』
「黙ってないで教えて!」
沈黙に耐えきれず、リンは言葉を重ねた。
『人間の腕に戻るのかということなら、――答えは否だ』
ヴァルマの宣告に気が遠のいたが、どうにか踏みとどまった。
「な、なんでよ⁉」
作業を再開しつつ、ヴァルマは全員に聞こえるように説明した。
『確かに外すことはできる。けれど、脚と腕の龍骸装は移植型なんだ。腕なら腕を、脚なら脚を切断して装備しなくちゃならない』
それ以上は聞きたくなかった。しかし、ヴァルマはリンの心に追い打ちをかける。
『加えてその子の龍骸装は、生命維持の役割を果たしている。その腕を失えば、ただの死体に逆戻りさ』
「死体? ハイファが……?」
『ネヴァンが話していたよ。死んだ子どもの奴隷が龍骸装と適合して生き返ったとね。実に興味深い事象だ。それまで適合する者はいなかったらしいが、いったいこの少女にどんな――』
「ふざけないで!」
リンはヴァルマの言葉を遮り、その鎧の肩を掴んだ。
「なに言ってるのよ……! ハイファが死んでるってどういうこと⁉」
「リン……」
震えながらも怒りに満ちた声に、ハイファは立ち尽くしてしまう。
作業を止められたヴァルマはリンの方へ身体を動かした。
『そのままの意味さ。君らがハイファと呼ぶこの少女は一度死んでいる。龍骸装から溢れる魔力で生かされているに過ぎない』
ヴァルマの言葉をもとに導き出したひとつの結論に、エルトは青ざめる。
「……じゃあ、龍骸装がシャンさんに戻ったら、ハイファさんは、し、死ぬってことじゃないですか!」
ヴァルマはその結論を律儀に訂正した。
『違うよ。死ぬんじゃない。死体に戻るんだ』
「そんなの一緒よ!」
髪を大きく揺らしながらリンが叫ぶ。
「シャンもシャンだわ! どうして何も言ってくれないの! ハイファがこうなること、知ってたわけ⁉」
だが、異形の大男は初めて会った時と変わらない無反応しか示さない。
「なんとか言って! 言い、なさいよ……!」
座り込んでしまうリンに、使い魔からの投影を止めたヴァルマは肩を一度上下する。
『弱ったな……。これだから人間は苦手だ。ちゃんと教えたのに取り乱すんだから』
その物言いには流石に黙ってはいられなかったルナが声を出そうとしたとき、ハイファは身をかがめてリンと目線の高さを合わせた。
「リン、ありがとう」
「ハイファ……?」
「リンが私のために言ってくれてるの、わかるよ。だから、ありがとう」
涙を拭ったハイファの手には、確かに命の温かさがあった。
『君は驚かないのかい? 自分が死んでいたことに』
「驚いたよ。でも、ちょっとだけ」
ハイファは静かな所作で立ち上がる、
「アレンの龍骸装がシャンに戻ってからかな。自分のこと、少しずつだけどわかってきて……」
「ハイファさん、記憶が戻ったんですか⁉」
エルトの問いかけに、ハイファは首を振った。
「そうじゃないけど、この腕はシャンに返さないといけないって、そう思えるの」
漠然とした言動だが、ヴァルマは興味深そうに兜の顎を撫でる。
『ほう? 自分の末路を受け入れると?』
ハイファはエルトに見せたのと同じ動作で否定する。
「私ももっと、リンと一緒にいたい。みんなと旅をしたい。だから、教えてほしい」
ヴァルマに自分の姿がはっきり反射するほど近づき、兜の奥の虚空を見つめた。
「腕をなくさず、みんなとも離れ離れにならずに旅を続けるには、どうしたらいい?」
鎧は、ハイファの眼差しに驚嘆を禁じ得なかった。
自分の望む答えをたがわずに提示しろと、この少女はこちらを脅迫しているのだ。
本人に自覚があるかは定かではないが、その目は初めて対峙した『彼女』と同じだった。
その事実にヴァルマは吹き出して笑いそうになるが、この事態を想定していないわけでもなかった。
『もちろん方法はある。シャン殿がこうなっている現状を維持するか、あるいは――』
遮るように起きる、空間の大震。
「な、何事ですっ!」
「また、場所を変えるんですか?」
だが、ヴァルマに集中した視線は、突如黒煙を噴き出したシャンへと向けられることになる。
「シャンさん⁉ ど、どうしたんですかっ!」
空間の振動。そしてシャンの反応。ヴァルマは即座に最悪の予測を立てた。
『いや……そんな、まさかっ!』
暴風が吹き荒れ、部屋に置かれていた紙や瓶、道具たちが巻き上げられる。
「うっふふふふ……」
砕けた空間の壁の奥から溢れるのは、禍々しくのたうつ赤黒い嵐と、笑い声。
「見ぃつけ、た!」
嵐の中心に、ネヴァンがいた。
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