3-37 鎧王ヴァルマ
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自分の足で地面に立ったリンは、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「え、お、王って……王様⁉ リューゲルの国王⁉」
『ふふふ、いい反応をしてくれるね。ひとまずこの辛気臭いところから出ようか。鎧が錆びてしまうよ』
直後に牢全体が震え、ハイファたちは自分たちを囲む牢がその像を失い、どこか別の空間――木と土壁とで構成された大きな部屋に変化していくのを目の当たりにした。
「この魔力の流れ方は、シャッドさまと同じ空間転移の魔法……」
『根本的な仕組みは同じだよ。でも僕が手を加えている。そしてここは僕の私室兼工房だ。君たちを襲うやつはいないから、安心してくれ』
呆然とするリンは、背後に聞こえた耳慣れた鳴き声に振り返った。
ペックだ。その横にはほとんど無傷の荷台もある。
「ペック! 無事だったのね!」
リンが駆け寄って首を抱くと、ペックも再会を喜ぶように嘴を擦り付けた。
『そのレックレリムには参ったよ。大人しくさせるまでに僕の鎧が三体も壊された』
「では、あの鎧はあなたが?」
尋ねたエルトに背中を向けたまま、ヴァルマは作業台へ足を動かす。
『その通り。君らを拘束して地下牢に運ばせたのは僕だ。はい、これは少年のだろう? 預かっておいたよ』
「あ、僕の杖!」
エルトはヴァルマが放ってよこした錫杖を受け取り、どこにも損傷がないことを確かめた。
その隣でハイファは、リンの扱う商品でも見たことがない物があちこちに散らばる部屋を見渡した。
黒煙となって城に飛び込んだ異形の大男の姿はやはり見えない。
「ねえ、シャンはここにはいないの?」
『ああ、彼ならほら、ここにいる』
そう言ったヴァルマが兜を取ると、鎧の中から溢れ出た黒煙がハイファたちの見知った姿になる。
『ふう、匿うにはこうするしかなかったとはいえ、鎧の中がこそばゆくて仕方なかったよ。あれ? なんでみんな固まってるんだい?』
ヴァルマに声をかけられても動かないハイファたち。シャンとの再会を喜ぶ以上に、今起きたことへの驚きが強かった。
「あ、あなた……あなたっ、それっ、どど、どうなってんのよ⁉」
「空っぽ……!」
「人が、人が入ってない鎧が動いて喋ってたってことですか⁉」
「もしや、魔獣の類!」
四人の様子に、ヴァルマは腕を開いて大袈裟に頭を振った。
『本当に残念な頭をしてるな君たちは。よくそんな短絡的な思考でやってこれたもんだよ。この鎧は僕であって僕じゃない。君たちに合わせるなら、使い魔のひとつといったところだ』
ハイファの隣に立ったリンは、行商としての経験からこの得体のしれない鎧に会話の主導権を渡してはならないと判断した。
「確認するけど、あなた私たちの味方ってことでいいのかしら?」
『ああ。僕は君たちの味方。その認識に誤りはない。だからこうして迎え入れた』
「だったらあの宣教師たちはなんなのよ。私たちが来たのがわかってたなら、もっと穏便に済ませられなかったの?」
語気を強めるリンにヴァルマが動じる様子はない。
『ごもっとも。と言いたいところだけど、事情があってね。これも君らがネヴァンと呼ぶ彼女の目を欺くためなんだよ』
ヴァルマが告げた矢先、景色が歪んでリンたちの足元に夜を迎えたリューゲルが現れた。
「わわっ、なんですかこれっ⁉」
空に放り出されたと思ったエルトが思わずルナにしがみつく。
『僕が空に飛ばしている別の使い魔が見ているものだ。よく映ってるだろ?』
夜闇に浮かぶリューゲル城は、住民たちが豹変した時と変わらず、赤い光を放っている。
『シャッド殿から聞いているとは思うが、僕はネヴァンに従わされていた。まあ、フリだけどね。で、僕は彼女が広める龍瞳教団の信徒を作らされていたんだ』
「信徒を作る?」
リンは見下ろすのを止めて顔を上げた。
『限りなく人間に近づけた人形さ。教団の全ての拠点には、この国で作った僕の人形が紛れ込んでいる。この国にいるのはその前段階の人形たちなんだ。ご覧、城が赤く光っているだろ?』
床に広がる映像の、怪しく輝く城が拡大される。
『城が輝く間は、人形たちはネヴァンの命令を僕の命令と誤認して行動する。彼女が僕の反乱を警戒して仕掛けた細工なんだけど、今回はしびれを切らして君たちを捕まえるために動かしたってわけさ』
なんでも自分でやらないと気が済まないんだから、とぶつくさと文句を垂れるヴァルマに、ルナは壁の向こうで待ち構えていた鎧たちの姿を思い出した。
「では、私たちを捕らえた鎧は違うと?」
『そう。僕が秘密裏に作った鎧たち。城の壁と同じ外部からの魔力干渉を打ち消す魔石を素材にしているから彼女の支配も及ばない自信作さ。まあ、そこのレックレリムに踏み砕かれたけど』
魔法が通じなかった理由はそれかとエルトが納得する後ろで、ペックが得意げに鼻から息を吐く。
『だから、さっきの指摘に答えるなら、ああしないと僕は君たちを安全にここまで連れてくることができなかったから、ということになる。君らを捕らえるのは一応僕の役割だったからね』
「仕事をやっている風に見せたかったってわけね」
『シャン殿が城に乗り込んできたのも、ネヴァンの魔力を感じ取ったからだ。彼女同様、彼の執念もすさまじいからね。説得には苦労した』
「シャンと話せるの?」
『いや、全然』
ハイファの質問に答え、ヴァルマの兜が左右に揺れた。
『城に入った瞬間にこの部屋に引き込んで、身振り手振りと言葉を尽くしたんだ。大変だったよ』
「……あの、いいですか」
ルナから離れ、一歩前に出るエルト。錫杖が揺れ、澄んだ音が室内に響く。
「あなたは先ほど、龍瞳教団の大司教と言いましたね」
『ああ。だが君のいる星皇教会とは違って、僕は教団の最高位者だ。ま、お飾りだけどね。教団の活動はみんな彼女の手のひらの上さ』
エルトは身体に力を入れ、体内の魔力の循環を加速させる。次に発動する魔法の威力を高めるためだ。
「あなたがどのような理由でネヴァンに従っていようと、僕は星皇教会の司教です。人殺しを肯定するような邪教を放置することはできません。なぜ、世界に殺戮を広げるのですか!」
『……ふむ、子どもでも星皇神の加護を受けた者、か』
空ろの兜が向けてくる視線に、エルトは唾を飲んだ。室内の空気が張り詰める。
しかし、ヴァルマにはエルトと戦う意思はなかった。
『でも、ここで人間たちの信仰について語らうのはおすすめしない。流石にもう時間がないからね』
「時間……?」
『僕が裏切り、こうして君たちと会っていることは、確実に彼女にバレているということさ』
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