3-36 邂逅、銀の鎧
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冷たく不快な湿り気を帯びた空気と、すえた臭い。
目を閉じていてもわかるほど、暗い場所。
手足も動かない。拘束されている。
「……ファ……イファ……!」
少しずつ状況を理解していくなか、声が聞こえた。リンの声だ。
「ハイファッ!」
重たい瞼を上げて最初に見たのは、不安そうな顔をした夕日色の髪の少女。
「リン……?」
「よかった、起きた……!」
リンの顔が安堵の色を浮かべる。
だが、リンは手足に厚い木板の枷を取り付けられ、壁を背にして立ったまま拘束されていた。その枷と嵌められた首輪からは短い鎖が伸び、壁から離れられないようになっている。
一度だけ身じろぎしたハイファは自分もリンと同じ状態であることを知った。
「ここ、どこなの?」
「多分、リューゲル城の地下牢です」
答えたのはリンの隣で壁に繋がれたエルト。変装用のコートは剥ぎ取られたのか、司教の姿に戻っていた。
「僕たち気絶させられて、気がついたらこんなことに……」
エルトは腕を揺らし、枷が壁とぶつかって音を立てる。
「ペックもどこかに連れていかれちゃったみたいだし、大丈夫かしら……」
「僕も杖を取り上げられてしまいました……」
うなだれるリンやエルトの姿に胸の奥が小さく痛んだハイファは、一刻も早い脱出を試みることにした。幸い、鉄格子の向こうに見張りもいない。
「待ってて。いま、壊すから」
ハイファは剥き出しになった腕に意識を集中させ、龍骸装を発動しようする。
何も起こらなかった。
「なんで……⁉」
「おそらくこの輪のせいかと」
ハイファの横には三人の例に漏れず拘束されたルナの姿が。手足にも輪が付いているため、より厳重に戒められて見える。
「エルトさまも魔力を封じられ、私も龍化ができません。状況がわからない以上、今は無駄な体力を使わないことが賢明です」
「う、うん……」
ルナに従ってハイファも動きを止めた。
「涼しい顔してるけど、何でルナはあっさり捕まっちゃったのよ? 龍なのに。強いのに」
リンが口を尖らせてルナに抗議する。
しかし薄青色の髪のメイドはいつもと変わらない調子で答えた。
「あの鎧たちが私たちにつけたこの輪に、龍の文字が刻まれていました」
「龍の文字? エルト、あなた知ってたの?」
「知りませんよ。あのお茶の効果はとっくに切れてますから」
「ルナ、それで、なんて書いてあったの?」
ルナはその薄い唇で、首輪に刻まれた文字の意味を伝えた。
「『迎えに来た』とだけ」
「それだけですか? いったいどういう――」
エルトが言いかけた時だった。固い鉄の扉が開く重たい音が地下牢に響き、ハイファたちは一斉に鉄格子の向こうに視線を振った。
足音は一つ。
金属の擦れ合う音が聞こえる。
「誰か来るわ」
「看守でしょうか」
「少なくとも、ネヴァンではなさそうですが……」
三人が固唾を飲み、ハイファも暗がりから来る者をじっと見つめた。
そして、足音の主が現れた。
『君たちか。例の来訪者というのは』
牢の前に立ったのは、松明に照らされて怪しく光る一体の大鎧。
リンは街にいたやつらの親玉と判断した。
「ちょっと! どうして私たちを捕まえるの! 私たちが何したってのよ!」
鎖を鳴らしながら声を張り上げるリンをよそに、表情を知ることのできない兜がハイファに向く。
『なるほど。君がハイファか』
「え?」
名を呼ばれて驚くハイファをよそに、鎧は鍵のかかっていなかった牢の扉を開け、中に入ってきた。
『そして、若い龍に星皇教会の司教、人間の娘……』
四人の前をゆっくりと歩いて牢を一周して立ち止まった鎧は、両手を腰にあて、大きく頷いた。
『うん! 道理で長いこと街をぶらつくわけだ!』
唐突に砕けた口調になった鎧に、四人は目を丸くする。
『やーもう遅い! どんだけのんびり屋なんだ君たちは! のんびり村の出身なのかな? いや、のんびり村ってなんだ! 自分で言っちゃうよあははははは! ……は?』
一方的に会話を繰り広げていた鎧は、妙に白けている空気に気づき、咳払いをひとつして話題を切り替えた。
『すまない。はしゃいでしまった。改めてようこそ、リューゲル城へ』
「いや、いまさらカッコつけられても手遅れよ」
「変な人……」
「というか今、僕はともかく、ハイファさんやルナさんの正体を知ってませんでしたか?」
『おいおい、君たちどこまでのんびりなんだ。シャッド殿から話は聞いてるんだろ?』
エルトの指摘と鎧自身の発言をきっかけに、ルナはある結論に至った。
「……! まさか、あなたが⁉」
『そう。僕が君たちの探していた協力者。龍の姿を捨てた龍……』
鎧が虚空に手をかざすと枷と首輪が一瞬で割れ、四人は戒めから解放される。
『龍瞳教団の大司教にしてこの国の王、ヴァルマだよ』
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