3-35 願いは遥か彼方へ
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「もっ、もう一歩も動けません~!」
夜の近づく空の下、サルタロの街にロマリーの悲鳴が広がって消える。
「お疲れ様でした、ロマリー。よく最後までやり遂げましたね。立派ですよ」
門の内側、町に入ってすぐの道の端で座り込む疲労困憊のロマリーの傍らで、満面の笑みを浮かべて立つラティア。
二人は朝から町を出て、ちょうど帰還を果たしたところであった。
「まさか、こんなことになるなんてぇ……!」
事の始まりは昨夜。
調査の協力や身の回りの世話をしてくれたロマリーに、ラティアはささやかなお礼として魔法の手ほどきをすることを決めた。
声をかけられたロマリーは、ラティアやディアンサと言葉を交わしたことで身についた謎の自信も手伝って、自分にできることを増やせればとこれを承諾。
そして始まったのが一日を費やす修練……だったのだが。
『では、早速魔獣たちの巣に向かいましょう』
その内容は周辺の村々から寄せられる魔獣退治の依頼を片っ端からこなしていくというロマリーの想像の斜め上をいくものだった。
「軽い気持ちで受けた私がバカでした……!」
今日だけで何度言ったかわからない言葉を改めてつぶやき、錫杖を支えにしてどうにか立ち上がるロマリーをよそに、まったく疲れた様子の無いラティアは今日の修練に思いを馳せた。
「ロマリーは攻撃魔法が不得手ですが、支援魔法には光るものがありました。一日でいくつかの詠唱破棄を体得したのが何よりの証拠です。今日の感覚を忘れずに鍛錬を積めば、実戦で活躍できること間違いなしですよ!」
「そ、そう、ですね。頑張ります……」
拳をぐっと固めてみせる姿に、ロマリーはラティアの弟子である少年司教へ尊敬と若干の同情の念を抱く。
そんな二人の前に、緑色に光る小さな球体が静かに飛来した。
「これは……?」
「あら、ディアンサの使役する精霊の一体ですね。どうやら彼女が私たちを見つけたようです」
「教皇さまがっ⁉ ど、どちらに⁉」
慌てふためくロマリーに、ラティアは銀色の髪を揺らして小さく笑った。
「ふふっ、近くにはいませんよ。おそらく神殿の最上階です。あそこから町を見下ろすのが好きなんだとか。挨拶代わりにこの精霊を遣わせたのでしょう」
「なるほど……。えっと、じゃあ」
遠すぎて見えないが、ロマリーは神殿の方へ頭を下げる。すると精霊はロマリーの頭上をクルクルと回り、ディアンサのいる神殿へと一直線に飛び去った。
「ラティアさん、今のは?」
「予想通りの反応が見れて満足した、といったところですね」
笑い合う二人の間には、穏やかな友情が芽生えていた。
「……それにしても、この数日でラティアさんだけでなく、教皇さまともお知り合いになれるなんて、なんだか夢みたいです」
「私も友人を増やすことができて、とても喜ばしく思います。今度、エルトにもあなたを紹介させてください。きっと気が合いますから」
「はいっ! 楽しみにしてます!」
階級としてはラティアは遥か上、ディアンサは天上の存在であるが、こうして繋がりを持てたことに対し、ロマリーは自分が読書家であることを心から感謝した。
しかし、その感謝と同時に、書庫の地下に封印されていた『龍姫物語』に対しての疑問が再び意識の表層に浮上してくる。
「……あの、ラティアさん」
ロマリーは今が好機と捉えた。
「実は、『龍姫物語』のことでちょっと気になることがあって」
握り締められた錫杖の音に、ラティアが小首をかしげる。
「物語の内容が私の知っているものと大筋は同じでも細かい部分が違うことは理解しました。なら、どうしてあの本には、死の呪いなんてものがかけられていたんでしょうか」
その疑問はラティアも抱くものであった。
「確かに、魔獣の軍勢との壮絶な戦いの記録は伝説として語り継がれても不思議はありませんが、あの呪いの強さは、常軌を逸していました」
ラティアは呪いを祓った右手を見つめ、ロマリーがさらに言葉を重ねた。
「ハイファがいきなり龍の王国を追われたこともです。物語の体裁として急すぎますし、なにか間に挟まるべき場面があったはずです。書かれていない場面が」
ロマリーの指摘に、書物の終盤に描かれた龍の王国から地上の世界へと落とされるハイファの絵姿を想起する。
「『人間は龍にはなれない』……。ハイファが追放されたあの場面の一節が、理由を示唆していると考えるのが自然ですね」
魔獣の女王ネヴァンが討たれた場面の次の頁で、突然ハイファは龍の王国を追われる。その頁に記された言葉は、すべて覚えていた。
ロマリーはずれた眼鏡を上げ、自身が見出した一つの考察を口にする。
「私……あの本に呪いをかけたのはハイファなんじゃないかって、そう思うんです」
「追放されたことへの復讐、ですか」
「呪いが使える魔獣がいないわけじゃないですが、あそこまで強いものとなると、そう思えて仕方なくて……。教皇さまならわかるんでしょうかっ」
ラティアの星に似た煌めきを放つ髪が左右に振れる。
「物語の内容ならまだしも、呪いについては何も知らないのでしょう。自分を襲った呪いの元を彼女が放っておくはずがありません。仮に元を断っていたなら、その話をあの地下で自慢げに語っていたはずです」
「本当に、よくわかってらっしゃるんですね。教皇さまのこと」
口調とその表情で他意がないことを理解し、ラティアは微笑んだ。
「何かと付きまとわれていた時期もあったので。よければお話しますよ?」
「本当ですか⁉ ぜひお願い――あ、でも、聞いたらますます戻れないところに踏み込んじゃうんじゃ……⁉」
頭を抱えるロマリーの姿に、ラティアはやはりエルトと気が合うと思う一方、彼の身を案じていた。
呪われた『龍姫物語』の存在が、想像していたよりも大きな事件にエルトが巻き込まれているとラティアに確信させたのだ。
本の中で魔獣と戦うハイファと、リンといた少女の服装が酷似していることも引っかかる。同じ名前で同じ服。偶然とは考えにくい。
だが、リンやエルトが信頼するあの少女が悪を為すとも思えなかった。
(私もあの少女を信じたい。エルト、今回の修行の旅はあなたにとってかつてない過酷なものになるかもしれません……)
門の向こうに広がる平原の遥か彼方へ、ラティアは願いを込めて視線を投げた。
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