3-32 協力者を探して
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リューゲルには城を起点に東西南北へ十字に走る道があり、リンたちが最初に向かったのは東側。大きな劇場を持つ文化の中心街であった。
「『セプス王の受難』は本日より公開です! まだお席のご用意はできますよー!」
貴族令嬢のような恰好をした女性が客寄せをする声に、リンは目を剥く。
「うそっ⁉ あの劇やるの⁉ 正気⁉」
「リン、知ってるの?」
「すっっっごく長い劇よ。始まったら終わるまでまる一日かかるの。昔、街に入るときに見かけて、一泊して街を出る時もまだやってたわ。観る方もやる方も大変よ」
「僕も話だけなら聞いたことがあります。古くから伝わる劇で、一部の地域では儀式としての役割を果たしているとか」
「人間の文化には明るくはありませんが、劇とは人間が別の人間のように振る舞うものでしたね。それを儀式に……。面白いことを考えるものです」
しかし、観劇をしている余裕などない。リンたちは勧誘の声を聞き流しながら歩き回ったが、ルナは首を横に振るばかりだった。
続いて南側。武器や防具の店が立ち並び、屈強な男たちが路地に出て客寄せを行っている。休憩の途中、ハイファは近くの武器屋の店主に声をかけられた。
「おう、お嬢ちゃん。最近は何かと物騒だ。お嬢ちゃんくらいの歳でも護身用にナイフを持ってりゃ安心だよ」
「そうなの?」
「ああ。これがうちの店のおすすめ。とある勇敢な戦士がたった一人で千の魔物を倒したとき使った伝説のナイフさ。軽いからお嬢ちゃんでも簡単に扱える代物でね」
「へえ……! リン、見て見て。伝説のナイフだって」
「いや、どう見てもただのナイフでしょ。逸話と見た目がつり合ってないわよ」
「いやいやお連れさん、バカ言っちゃあいけねえ。見てな。この固い鉄の棒も――あ、刃が折れた」
「しかも粗悪品じゃないのっ!」
その後も行く先々で妙な武器や防具を買わされそうになったが、肝心の捜索はまたしても空振りに終わる。
今度は西側。生活だけでなく魔法にも利用される雑貨を販売する露店街へ。エルトはリンたちをやや離れた位置から追いかけていた。
「ちょっと道を譲っただけでリンさんたちと離れちゃった。本当にすごい人通りだなぁ……」
荷台とペックの姿を見失わないように歩いていると、横合いからしわがれた声が飛んできた。
「そこの道行く魔法使いさんや」
「ん……? ひょっとして、僕?」
「そうじゃ。お前さんじゃ」
縦に長く、丸いつばが大きく広がった帽子を被る老婆が手招きをしてくる。
「えっと……」
リンたちはそう遠くにいるわけではない。そして一目で自分を魔法を扱う者と見抜いた老婆。何か手がかりも掴めるかもしれない。そう判断してエルトはその老婆の露店へ近づいた。
「なんでしょうか? 僕ちょっと急いでて……」
「わかる。わかるよ。お前さん、探しているね」
「え……⁉」
身を乗り出したエルトに、老婆は目を大きく開く。
「そう。――新しい杖をっ」
「……はい?」
「新しい杖をっ」
「いや、二回言われましても……。あの、僕たちが探している人を知っているとかではないんですか?」
「そんなもんは知らんよ。ただ、お前さんがどうもいい加減な杖を持っているのでな」
「あ、いや、これには少々事情がありまして……」
「よいよい、みなまで言うな。ほれ、これなんかお前さんにぴったりだ」
老婆がエルトの前に置いたのは、白を基調に金色の意匠や宝石の装飾が施された杖。露店で売るには妙に凝った作りになっている。
「うーん、見た目は立派だけど……。おばあさん、この杖の素材はなんですか?」
「ふっふっふ。聞いて驚くんじゃないよ。なんとエルフの森の聖樹だよ!」
「ええっ⁉ ……って、何を言ってるんですか。エルフの森は人が入れない禁断の領域ですよ。そこの木を使うなんて不可能です。というか、その杖、全然魔力を感じません。本物ですか?」
そこへ、人の流れの間を縫ってハイファがエルトのもとへ駆けてきた。
「エルト、どうしたの?」
「あ、ハイファさん」
「ルナがね、この辺りも違うって。次のところに行こう」
「わかりました。おばあさん、杖は間に合ってますので。失礼します」
ハイファに手を引かれ露店を後にして、エルトはリンたちと合流する。
「あ、来た来た。もう、ダメじゃないエルト。勝手に離れたりしたら」
「す、すみません。何か知ってそうなおばあさんに声をかけられちゃって。でも違いました」
「そう? まあいいわ。次に行くわよ」
動き出すリンたち。エルトも後に続くが、どうも杖のことが気になった。
「……あの白い杖、どこか見覚えがあるような……」
「エルトー?」
「あ、はーい、今行きますー!」
結局、西側でも芳しい成果は得られず、一行は最後の未探査地域である食品を扱う店が軒を連ねる北側へと赴いた。食材を売るだけでなく、調理も粉われており、そこかしこから食欲を刺激する匂いが漂っている。
「おや、これは……」
「ルナ? もしかして、見つかったのっ⁉」
「いえ、この店、なかなか珍しいものを売っていると思いまして」
鮮魚店の店主がルナの言葉を耳ざとく拾い上げ、彼女の横に移動してきた。
「お客さんお目が高い! こいつはアラピドス。龍が現れるっていう北の荒海にしかいない魚でね。煮てよし、焼いてよしだよ!」
「存じております。小型ながら食欲旺盛で、自分が食べられても、生きている限り内側から相手の肉を貪る……。むしろ煮るか焼くかしなければ安心して食べられません」
リンは氷の上に置かれた鮮やかな朱色をした魚をまじまじと見つめた。確かに、その魚の歯はなんでも噛み切ることができそうなほどに鋭い。
「これ、そんなに怖い魚なのね……! 私、初めて見たわ」
「無理もありません。アラピドスは百年ほど前に絶滅したはずですから」
「えっ?」
わずかな沈黙。だが、すぐに店主の大笑がそれを破った。
「はっはっは! お客さん、面白いこと言うね。アラピドスが絶滅? 確かに場所が場所だけに仕入れる数は少ないけど、そんな話は聞いたことないよ」
「………………」
店主にルナは鋭い眼光を一瞬だけ向けて、すぐに笑顔を浮かべた。
「そうですか。どうやらわたくしの勘違いのようです。リンさま、参りましょう」
「あ、ちょっ、ルナ、待って……!」
「あれっ? お、おーい! 買っていかないのかー⁉」
店主の声になどわき目もふらず、ルナはリンたちを連れて街道を進んでいく。
しかしながら、やはりルナは協力者を見つけることはできなかった。
「端から端まで探してみたけど、全然いないじゃないの」
城の前の広場に戻り、ペックにもたれかかったリンがぼやく。そばに立つハイファやエルトにもやや疲れが滲んでいる。
「たくさん歩いたね……」
「知れば知るほど不思議なところですよ、この国。売り物に通貨、建物の様式もごちゃ混ぜで、なにより教団の気配がないのが気になります」
エルトは、探索の道中で見かけた木組みの家と土壁の家が乱立する奇妙な住宅地を思い出しながら、最初にここを出発したときと変わらない賑やかな街に警戒心のこもった視線を向ける。
「そういえば……。ねえルナ、魚屋で妙なこと言ってなかった? 絶滅がどうのって」
「はい。アラピドスは、わたくしたち龍の食糧でもありました。シャッドさまの好物でしたのでよく狩りに行ったのですが……」
話を振られるまで押し黙っていたルナは店のあった北側を見やった。
「百年ほど前、ぱったりと姿を見なくなりました。狩り尽くされて絶滅したと当時の人間たちに聞きましたが、まさかまだ店に並んでいるとは」
リンはルナが龍であり、見た目は自分とそう変わらないが、自分よりも遥かに長い年月を生きていることを改めて認識した。
「しょうがない。日も傾いてきたし、宿に戻って明日の作戦を練りましょ」
大きく伸びをしてから、リンはペックに乗ろうとする。ペックもリンが乗りやすいように首を下げる
だが、即座にその頭を上げた。
「わあっ⁉」
急なことで体勢を崩し、地面に落ちるリン。
「痛った〜……! ちょっとペック、どうしたの……よ……?」
ペックの瞳孔が、収縮を繰り返している。同じ惨劇を何度も繰り返していた村に入る前にも表れた、レックレリムの怯えたときの習性だ。
「リン、あれ……」
ハイファが指差す方向――リューゲル城に振り向いたリンは目を見張った。
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