3-30 邪教の影
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「止まれ」
門番から鋭い声が飛び、リンはペックの手綱を引く。
「旅の者か」
金属が触れ合う音を鳴らしながら、顔も見えない大鎧が歩み寄ってくる。リンは事前に考えておいた言葉を口にした。
「行商です。ひと仕事終えて戻る途中に、向こうの森から出てきた魔獣に襲われちゃいまして……。急ぎの案件でもないので、もう今日はここで身体を休めようかと」
「逢魔の森か。それは災難だったな。――いいだろう」
「へ?」
聞き返す間もなく、門番は手を上げて合図し、直後に門が開かれた。
「え、い、いいの?」
思わず素の口調に戻ってしまうリンに、手を下ろした門番が首をかしげる。
「なにがだ?」
「だって、ほら、入国するんだから、荷物検査とか……」
「そういうことか。他の国なら知らないが、ここはリューゲル。信心深く、慈悲深い者たちの国だ。魔獣に襲われたとあっては助けないわけにはいかん」
困惑するリンだったが、ここで足踏みしていればかえって怪しまれると考え、すぐに笑顔を作った。
「あ、ありがとうございます。では、失礼して……」
「そうだ、言い忘れた」
動き出したところに番兵のその言葉が聞こえて、リンだけでなく荷台のハイファたちも肩をびくつかせた。
「な、なにか?」
「ようこそ、リューゲルへ!」
一瞬だけ意味が分からず固まってしまったが、すぐに我に返ったリンは笑って手を振ってみせた。
リューゲルを囲む壁は高さだけでなく厚みもあり、門の奥にはリンにも経験がない長さの通路が伸びていた。
「驚いたわ。まさか素通りとはね」
「荷台の僕らにはほとんど見向きもしませんでしたよ」
「シャンが箱に入る必要、なかったかもね」
「ネヴァンがいるかもしれないというのに……。もしや、なにかの罠では? 私たちの他に出入りする人影も見当たりませんし……」
ルナの思考は、他の全員が考えていたものであった。門番の対応には喜びよりも警戒心が強まっていくばかりである。
そうこうしているうちに通路の出口、つまりリューゲルの街が近づいてきた。
「オーガが出るか、ラミアが出るか……。みんな、行くわよ」
荷台がついに通路を抜ける。光が強くなり、ハイファは目を守るように腕を前にかざして――。
「らっしゃいらっしゃい! 採れたての野菜はいかがかねー!」
「さあ、遠方から仕入れた特産品だ! 買わなきゃ損だよ!」
「本日初公開の舞台でーす! ぜひお越しくださーい!」
「腕自慢の職人が鍛えた武器や防具はいらんかー!」
四方八方に行き交う喧噪。
活気に満ち溢れた往来が、一行の視界に飛び込んできた。
「ここが、リューゲル……」
「驚いたわ。かなり発展したところだったのね」
「すごく賑やかです! サルタロの感謝祭を思い出します……!」
「魔峰を降りて人里に行くことはありましたが、これほどのものは経験がありません」
一行は想像とは違っていた街の様子に、ただただ圧倒される。そこへ、一人の男が近づいてきた。どうやら背後の青果店の主人のようだ。
「あんたら見かけない顔だね。旅人さんかい?」
「え? あ、そうよ。行商をしてるの。今日はここで休もうと思って」
「お! やっぱりそうか! リューゲルにようこそ! 歓迎するよ!」
リンの返事に破顔した男は、やや芝居がかった調子で声を張り上げた。
「休むと来れば、宿だな! よっしゃ、ひとつ俺が案内してやろう!」
「ありがたいけど……お店はいいの?」
「なぁに、心配いらないよ。おーい、ちょっと空けるが、適当にやっといてくれ!」
商品を物色していた客たちが男の呼びかけに答えて手を振ってくる。
「待たせたな。さ、こっちだ。国が小さいもんだから、宿も一つきりしかないんだ! ははは!」
朗らかに笑いながら先導する男の後ろをついて荷台が動き出す。ハイファはルナに低い声音で問いかけた。
「ルナ、もしかしてあの人が?」
「いえ、彼からは何も感じません。ただの人間かと」
「じゃあ、あの人は本当にただの親切心で、僕らを案内してくださってるんですか? 普通、あんな風にお店を放っておくなんてありえませんよ」
荷台の会話にも意識を向けながら、リンは男に尋ねた。
「ねえ、実は私たち、この国に来るのは初めてなの。よければこの国がどんなところなのか、簡単に教えてもらえないかしら?」
「もちろん。リューゲルは小さいけどいい国だ。気候も穏やかで自分たちが暮らしていけるだけの農作物も採れるし、なにより国民同士の仲もいい。壁と、龍神さまが俺たちを守ってくださるからさ」
「龍神さま?」
「ほら、あれだよ」
男が指さしたのは、前方の広場の中央にある噴水。それには大きく荘厳な龍の石像が立っていた。
「この国の王様のずーっと昔の祖先が、魔獣だらけだったこの土地に来た時、龍神様が現れて、魔獣たちを追い払って人間が住みやすい土地にしてくれたって話さ。龍神様の名前は――バンデロシュオ」
男がその名前を口にした直後、一行にわずかな緊張が走る。
「……へえ、行商をやって長いけど、初めて聞く名前だわ」
「仕方ないさ。龍神さまを祀っているのはこの国だけ。外には出ない……っと、着いたよ。ここだ」
男に案内されたのは、街道に面した煉瓦造りの壁の建物。入り口には宿屋の看板が出ている。
「それじゃ、俺はこれで。どれくらいこの国にいるのかは知らないけど、ゆっくりしていっておくれよ」
手を振って、男は早々に元来た道を駆け去っていった。
「どうもありがとー!」
ペックから降り、手を振って見送ったリンは、その姿が見えなくなったのを確認してからつぶやいた。
「バンデロシュオ、か」
「シャッドさんが話していた、龍たちの死を司る神。そして、龍瞳教団が崇めている神……」
荷台を降りたエルトに続き、ハイファとルナも地面に立つ。
「この国の人、獣骸装を持った宣教師なのかな?」
「どうかしらね。見た目は今まで会ってきたのとは違うけど、それがいよいよ薄気味悪いわ」
往来には龍瞳教団の黒衣を纏う者は見当たらない。道案内をしてくれた若い男も、どこにでもいそうな普通の服装をしていた。その事実がより一行の不信感を煽る。
「ともかく、今は協力者を探しましょう。できるだけ早く」
ルナの言葉に同意して、リンたちは宿の中へと入った。
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