3-29 最初の関門
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まるで時間が止まったかのように静寂に包まれた、リューゲル城の玉座の間。
玉座に座るヴァルマは一段高い位置から、床に広がる巨大な魔法陣を見下ろしている。
その魔法陣の端に、小さな紫色の光が浮かぶ。同時に、玉座の後ろから女神官――ネヴァンが現れた。
『……君も感じたかい?』
くぐもったヴァルマの声にネヴァンは薄く笑い、その金色の髪が揺れる。
「ええ。龍が来たわ。魔峰で私に噛みついてきた若い龍よ」
そう言って、ネヴァンは自身の胸元に手を当てる。
「それに、シャンもいる……!」
『君が連れて行った刺客を退けた、ということだね』
少し含みのある言い方をしたヴァルマは魔法陣へ手をかざし、光を陣の中心へ動かす。
『逢魔の森からか。あそこにも出入り口があったとは』
「ありえない話じゃないわね。あの森は、龍たちに思い入れがある場所だから」
『とかなんとか言って、君もあの森から龍の魔峰へ行ったんだろう?』
頬杖をついた鎧に、ネヴァンの整った顔が歪な像で映る。
「あら、わかる?」
『他でもない君のことだからね。君が龍の魔峰に行くと言い出した時は驚いたけど、すぐに戻ってきたことにも驚いたよ』
「あの坊やを壊すついでに、今の力を試したかっただけだもの。それなりの結果は得られたわ」
『それは結構。計画の完遂が楽しみだ。では、僕は彼らを出迎える準備に入るよ』
ヴァルマは立ち上がり、玉座の間から退出していく。ネヴァンはほんの少し眉を上げた。
「ふぅん? 今度はあなたが出るの?」
『君の目的は彼だけだろう? 残りはもらったってバチは当たらないはずさ』
「ふふ……。いいわ。好きになさい」
そして、ヴァルマは金属の擦れる音を響かせて玉座の間を後にする。その背中を見るネヴァンの顔は、口元こそ笑っていても、その目は闇そのもので形づくられたようにどこまでも冷ややかだった。
※※※
逢魔の森を迂回するかたちでリューゲルへと伸びる一本道。左右に広がる草原は無辺に広がり、遠くには魔獣の群れらしき黒い塊が点在している。
その片側の終点、リューゲルを囲む壁がすぐそばに見える位置でハイファ達は留まっていた。
「ここを、こうして……よし! エルト、もういいわよ」
「あ、ありがとうございます」
荷台の外で、リンに言われるまま両手を広げて立っていたエルトは、司教の白い装束を隠すように、少しよれた赤い外套を羽織っている。リンによる丈の調節がちょうど終わったところだ。
「いいのよ。何が起こるかわからないし、星皇教会の司教を教団に関わる国にそのまま連れ込むわけにもいかないからね」
一行が留まっていた理由は、獣骸装を纏うシィクを連れて龍の魔峰に乗り込んだネヴァンの拠点と思しき地であるリューゲルへ潜入するための準備を整えるためである。そしてリンの言葉の通り、もっとも隠さなくてはならないのはエルトだった。
「でも、流浪の魔法使いって、ちょっと無理がありませんか?」
「その歳で司教やってる子が何言ってるの。大丈夫よ。今のあなたはどこから見ても司教には見えないわ」
「その言い方、なんだか複雑です……」
エルトの手には布を全体に巻いた錫杖が握られている。これもエルトの身分を隠すための策のひとつだ。
「リン、こっちは終わったよ」
そこに、割り振られた作業を終えてハイファが荷台から降りてきた。
「あら、速いわね」
「ルナが手伝ってくれたから」
ハイファに続いて地面に降りたルナは、シャンを隠した箱へやや戸惑った様子で何度も視線を行き来させていた。
「まさか、かつての王をあのように箱詰めにしていたとは」
「ごめんなさいね。やっぱり龍としては思うところがあるかしら? 一応シャッドさんには旅の話をしたときに伝えたら、笑って許してもらえたんだけど……」
「い、いえ。シャッドさまがお許しになられたのならば、わたくしから特に言うことはございません」
ルナとリンの会話を横目に、ハイファは装いが変わっているエルトに近づいた。
「エルト、恰好が変わったね」
「リンさんが用意してくれたんですが、どうですか? 変装になってます?」
「うん。司教さんには全然見えないよ」
「そ、そうですか。はは……」
ハイファの言葉に他意は感じないので、いよいよエルトは笑うほかなかった。
「さて、準備も済んだことだし、出発するわよ」
リンの号令のもと、ハイファ、エルト、ルナは荷台へと戻る。
「リューゲルに入ったらまずは宿を確保。その後は日が沈むまで例の協力者を探すわ。ルナ、任せていいのね?」
「はい。シャッドさまの話の通りその者も龍ならば、わたくしも感じ取ることができます」
「お願いね。手がかりが少ない以上、あなたが頼りだわ」
ルナが頷く。その向かいで、エルトは前方にそびえる壁を見上げた。
「見えた時から薄々思っていましたが、大きな壁ですね。サルタロの倍はあります」
「コンベルよりも、大きいよ」
エルトの隣に座っていたハイファも、自分の記憶の中にあった、今となってはどこか懐かしい街の外観を思い起こす。
「リンも、リューゲルには行ったことはないんだよね?」
「そうよ。通りかかったことがあるだけ。中がどうなってるかは知らないの」
荷台が揺れ、壁へと向かって進み始める。
「大きな街ひとつ分程の領地で、お城を中心に建物が広がってる。はっきりわかってるのはこれくらいね」
「でも、行商さんたちは入れるんですよね? 人の出入りがあるなら、それなりに話が広まるんじゃないですか?」
エルトの言葉にリンは首を一度こちらを向いた。
「そこが妙なところでね、リューゲルは人によってまるっきり評判が違うのよ」
「違う?」
「治安もよくて厚遇されたっていう話もあれば、取引先だけじゃなく会う人みんなに冷たくあしらわれたって話もあって。だからリューゲルは行商連中も一応商売はできるけど、気味悪がって積極的には行かない国なの」
「なんだか不気味ですね……。まあ、今更引き返すつもりはありませんけど」
「どっちの評判が本当なのかは、入ってみればわかることよ」
やがて、一行はリューゲルの入り口である門へと到着する。灰色の壁に巨大な鉄の門が埋め込まれ、来る者を拒むように固く閉ざされており、門のそばには重厚な鎧に身を包んだ門番が立っていた。
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