3-28 リューゲルを臨む
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「なななっ、なんですかあれ! 木が魔獣みたいになってます!」
荷台を超える大きさに集合した木々は、口らしき部分を開き、一行へ追いすがってきた。
「喰ワセロ! 喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロォ!」
エルトの悲鳴と森に響く声に、後ろから危険が迫っていることを察知するリン。だが、見据える前方――森の出口に繋がる道にも異変が起きていることに気づいた。
「嘘でしょ……! 木が道を塞ごうとしてる!」
道の左右に生えた木々の枝が互いを編みこんで、壁が作り出される。このままでは正面衝突は避けられない。
「お任せをっ!」
ペックよりも前に出たルナが壁との激突の直前に急停止する。
「薙ぎ払います!」
森の作り出した壁と言えど、細い枝の集合物に過ぎない。龍の羽ばたきにより生じる風の前には、ただバラバラに吹き飛んでしまう。
「すごい……!」
その威力を前に思わず驚嘆するリンは、すぐに我に返り、荷台にいるハイファたちに叫んだ。
「森を抜けるわよ!」
その言葉の数秒後、ルナの後に続いてリンたちは草原へと飛び出した。
すぐ後ろには、木の怪物が今にも荷台の縁へ手をかけんとしている。
「はあっ!」
真上から急降下してきたルナが尾を木の怪物へ叩きつけ、距離を取ることに成功したリンは荷台を止めた。
「ハイファ! エルト! 無事ね⁉」
「だ、大丈夫!」
「平気です! それよりルナさんが!」
リンとハイファはエルトの狼狽の理由をすぐに理解した。
ルナの龍の尾が、木の怪物に取り込まれかけている。中央から裂けていてなお、怪物の動きは止まっていなかったのだ。
「く……ぅ……!」
鱗に覆われる尾には枝や幹が食い込み、血が漏れている。
「飢餓状態の精霊が、ここまで狂暴だなんて……!」
「オオ、オオオ! 命! 魔力! ナンタル美味! モット……モットダ!」
くぐもった歓喜の声を上げる怪物に、ルナは沈痛な表情を浮かべ、目を伏せた。
「……やむを得ません」
翼を一回り大きく広げたルナが、その羽ばたきで風を起こし、怪物を引き剥がす。
地面に落下する怪物。その頭上で太陽の如き光が爆ぜた。
その中から現れたのは、一体の龍。ルナ――ルナイラの本来の姿だ。
頭部に伸びる二本の角、鋭い爪と牙、広げた翼。そして帯びる魔力が、生命の頂点に君臨する種であることを証明している。
「ルナが、龍になっちゃった……」
「す、すごい魔力です!」
「あれが、龍……」
地面に降り立ち、怪物と対峙したルナは、咆哮する怪物を前にしても臆する様子はなく、ただ静かな動作で口を開けた。
口腔内には、魔力由来の青白い光が蓄えられている。
「せめて、安らかに」
ルナの祈りを乗せて解放された魔力は、一直線に怪物へと飛び、怒涛となって怪物を森へと押し戻していく。
一拍の間のあと、森の中で爆発が起きた。その衝撃はリンたちにも届き、荷台を大きく揺らす嵐のような暴風に曝された。
揺れが収まり、エルトの腕に守られたハイファが顔を上げると、土煙の向こうから涼しい顔をした人間態のルナが出てくるところだった。
「みなさま、お怪我はありませんか?」
「うん。エルトが守ってくれた。エルト、ありがとう」
「どういたしまして。リンさんは大丈夫ですか?」
「ペックにしがみついて、なんとかね」
ペックから降りたリンは、三人のもとへ歩み寄った。
「それよりも、あれがルナの本来の姿なのね。びっくりしたわ」
「これほど早くお見せすることになるとは、わたくしも思っていませんでした」
森の方へ視線を投げるルナに、ハイファはおずおずと尋ねた。
「さっきの、木が魔獣みたいになったのは、なんだったの?」
「飢えた精霊たちの集合体です。あのようになることはそうありません。それこそ、何者かが作為的に土地の魔力を大量に吸い上げでもしなければ……」
「やはり、ネヴァンが関係しているのでしょうか」
ルナはエルトの言葉に頷いた。
「そう考えるのが妥当かと。赤い泥というのは気になりますが、彼らも被害者には変わりありません。応急処置として私の魔力の一部を分け与えました。しばらくは大人しくしているはずです」
「応急処置って……。普通に攻撃しているように見えたけど?」
「半分ずつ、といったところですね。あのまま放置しては、道行きに支障が出ますので」
言い終えてルナは小さく息を吐き、荷台に腰を下ろす。
「大丈夫……?」
「どこか痛めましたか?」
ハイファとエルトはルナを案じてそばに寄った。
「お気遣い感謝します。問題ありません。完全な龍の姿から人間の姿に戻るときは、少し体力を消費するのですよ」
「だから普段は身体の一部だけにしてるのね。いいわ、ゆっくり休んで。もう道案内はいらないから」
「……? リン、どういうこと?」
「ほら、あれを見て」
リンが指の先に広がる風景に、ハイファは大きく目を見開く。
そこは、この旅を始める際に見た幻と同じだった。
壁に囲まれた都市の中心にそびえる、巨大な城。
初めて見るはずなのに、既視感を覚える街並み。
「あれが東の果ての国。リューゲルよ」
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