3-27 逢魔の森
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「……シャッドさま、お任せください。必ずや、使命を果たします」
荷台から降りたルナは時空の壁の向こうのシャッドに誓うと、スカートを翻してリンたちに振り向いた。
「みなさま参りましょう。いざ、リューゲルへ。でございます」
「そうね……。とは言っても、リューゲルの近くって、具体的にはここはどのあたりなの?」
木々の間から差し込む日差しに、まだ日没まで時間はあることを確認しつつ、周囲に視線を巡らせるリン。ルナは彼女の隣に移動し、その疑問に答えた。
「ここはリューゲルとレウンを分かつ森。人間たちが《逢魔の森》と呼ぶ土地です」
「逢魔の森⁉」
声を上げたのはエルトだった。
「まあ、地理的な条件から言えば、やっぱりそうなるわよね」
リンもうんざりした様子でため息を吐く。
「エルト、ここってどんなところなの?」
地名を聞き慣れていないハイファは、やけに怯えるエルトの袖を引いた。
「魔獣が多く生息する森で、昼夜問わず魔獣が出没する場所なんです」
「危ない、ところ?」
「とんでもなく危ないです! よりによって、なんでこんなところに……!」
「行商たちだって、リューゲルに行くとしてもここは迂回していくわよ。ルナ、どうするの?」
「進むのみです。幸い、道はあることですし」
ルナの言う通り、リンたちがいるのは森を貫く道の只中。遠くには光も見える。
「ここまで来たら、もうなんでも来なさいって感じよね」
リンはペックに合図し、ルナを先頭にして荷台が動きだす。
「ハイファ、エルト、一応警戒はしておいて」
「うん」
「わ、わかりました……!」
ガタゴトと荷台の揺れる音と、ペックやルナの足音だけが森に木霊する。
そして、進むこと数分。
リンは抱いていた違和感を漏らした。
「……やけに、静かね」
「わたくしもそう思っておりました。静かすぎます。鳥のさえずりひとつ聞こえません」
ルナもリンと同様の異変を感じていた。魔獣の巣であるはずのこの森から、生命の気配を感じないのだ。
「これは……やはりおかしいです。まるで森に住む生き物たちが消えたような――」
「ソウダ。ミンナ、消エタ」
森に『声』が響き渡る。自分たちのものではない『声』に一行は動きを止めた。
「な、なにっ?」
「声が、聞こえた……」
「もしかして、この森の木々に宿る精霊たちでしょうか?」
エルトは修行の一環でラティアと共に木の精霊と対面したことを思い出した。
「精霊たちはいる……? なら……」
ルナは、大きく息を吸い込んだ。
「森に住まう精霊たちよ! この森に他の生き物がいないのは何故でしょうか!」
ルナの呼びかけに、男とも女ともつかない声が重なり合って答える。
「森ニ住ム生命、ソノ悉クガ消エタ」
「コノ森デ生キル生命ハ消エタ」
「コノ森デ死ヌハズノ生命モ消エタ」
「赤イ泥ダ」
「赤イ泥ガ、全テ飲ミ込ンダ」
全方位から響く声に覇気はなく、みな一様に虚ろだ。
「赤い泥……?」
「何のことでしょうか? というか、僕の知ってる精霊の声は、もっと元気だったような気がするんですが……」
「木々に宿る精霊は、森に住む生命と共存しています。それがいないとなれば、木そのものが青々として見えても、精霊は衰弱しているはずです」
「みんなお腹が空いてるってことね」
急いでここを脱した方がいいと考え、リンは手綱を力強く握った。
その直後。
「待テ、龍ダ」
精霊のその一言が他の精霊たちを色めき立たせた。
「本当ダ。龍ガ、イルゾ」
「若イ龍ト、傷ツイタ龍ダ……!」
木々が揺れ、葉が擦れ合う不気味な音が森に広がっていく。
「な、なに?」
「……っ! リンさま! 出してください!」
「ええ!」
手綱が振るわれ、ペックが再び全速力で走り出した。ルナも翼を広げてペックの横を飛ぶ。
「ゴ馳走ガ逃ゲルゾ!」
「森カラ出スナ!」
森のざわめきが一層激しくなり、ハイファは荷台の後方に何かが蠢くのを見た。
「木が、集まってる……!」
枝を束ね、幹をしならせ、根を絡め合わせた木々たちが、一つの形を作り上げた。
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