3-26 出立、新たな同行者
シィクが目覚めてから三日。
ハイファたちは出発の時を迎えていた。
「短い間だったけど、お世話になったわ。シャッドさん」
「なに、巻き込んだ責任もある。気にするな」
初めて会った広間で、リンはシャッドと別れの挨拶を交わす。ハイファとエルト、そしてシャンはすでに荷台に乗っていた。
「アレンさんの目覚めに立ち会えないのは心残りですが……。あとのことはよろしくお願いします。シィクさん」
「もちろんよ。こっちは任せて」
シャッドの隣に立つシィクがエルトに頷く。目覚めてすぐに自力で歩けるまでに回復した彼女は、改めて自分とアレンの身に何が起きたのかを聞き、その結果として龍の魔峰に残ることを選んだ。
アレンの目覚めを待つためである。
「アレンのやってくれたことには及ばないけど、今度は私がアレンを助ける番よ」
固い決意を口にしたシィクに、ハイファは荷台から身を乗り出して声をかけた。
「アレンが起きたら伝えてほしいの。ありがとうって、また会おうねって」
「必ず伝えるわ。だから、ハイファちゃんも頑張ってね」
「うん……!」
「リンとエルトくんも、また会えるのを楽しみにしてるから」
「ええ。二人のなれそめとか、ちゃんと聞けてないし」
「シィクさんも、お身体を大切にしてくださいね」
年も近く、アレンという共通の話題もあり、シィクとハイファたちはすぐに打ち解けた。シィクが身に着けている衣服も、リンが売り物の中から譲ったものだ。
「そういえば、ルナは? あの子にも挨拶しておきたかったんだけど」
リンは先ほどから姿が見えないメイドのことも気になっていた。
「わたくしなら、こちらに」
返事はすぐに、上から降ってきた。
「上?」
声のした方を見やる。翼を広げ、こちらへ飛ぶルナの姿があった。
「わっ、まさか飛んでくるなんて」
「驚かせてしまい申し訳ございません。しばらく留守にするので、念入りに掃除をしておりました」
「留守?」
リンは翼を消し人間と変わらない見た目に戻ったルナに首をかしげる。
ルナはそんなリンと向かい合った。
「わたくしも、みなさまとご一緒にリューゲルへ向かいます」
「えっ⁉」
突然の宣言に、リンだけでなくハイファとエルトも目が丸くなる。リンが説明を求める眼差しを向けると、シャッドは表情を変えることなく淡々と応じた。
「お前たち人間だけを働かせるわけにはいかん。それにネヴァンがどんな罠を張っているかもわからんからな。本当はワシが出向いてやりたいところだが、ここを管理する必要がある。ルナ、任せたぞ」
「はい。身命を賭して臨む覚悟です。リンさま、どうぞよろしくお願いします」
「心強いわ。こちらこそお願いね」
ルナは同行を受け入れたリンに一礼し、ハイファとエルトにも手を振った。
「……さて、では行くぞ」
シャッドの指が鳴る。空間の転移が、始まらなかった。
「何も……起きない?」
「シャッドさま?」
「む……」
シャッドに視線が集まる中で、シィクはひとり、中空を指さした。
「ねえ、あれはなにかしら」
シィクが指で示すそこには、空間の捻じれが生じていた。
「え、なにあれ。グニャグニャしてるわ」
「もしや、またネヴァンが⁉」
ルナが身構えるが、シャッドはしたり顔で笑った。
「なるほど。そういうことか」
捻じれに近づいたシャッドは、なんの躊躇もなくその捻じれに腕を押し入れる。
「おおぉぉぉ……っ!」
そのまま強引に広げられるようにして、捻じれが引き裂かれた。
広がった歪みは穴となり、その向こうには森林が覗いている。
「どうやら、置いた石像に何かあったらしい。いつものような転移はできん」
「これも、ネヴァンが関係してるの?」
ハイファの問いに、シャッドは龍化した腕から魔力を放出させながら肯定した。
「おそらくな。そう長く維持はできん。行けっ」
「わかったわ! ルナも荷台に! ペック、お願い!」
リンはペックに飛び乗り、ルナが荷台に飛び込むのと同時に握った手綱を振るう。
甲高く鳴いたペックが走り出し、荷台の車輪も勢いよく回転を始めた。
穴を通り抜け、すぐに停止し振り返る。
徐々に小さくなっていく穴の奥で、シィクが手を振っていた。
「きっと戻ってきてね! アレンと待ってるから!」
シャッドはまっすぐにハイファたちを見据え、ただ一言、叫んだ。
「武運を祈る!」
そして、空間に開いた穴は消え、森にはシンとした静寂だけが漂った。




