3-25 贖罪の在り処
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食事を終えたハイファたちは、休息をとるために龍の魔峰の一角へ案内された。
かつての龍の寝室だったというルナの説明の通り、荷台を引くペックが一緒に入っても何ら問題がない広さで、天井の岩盤に含まれた魔石の小さな光が、昼夜の概念のない異空間の洞窟に星の瞬く夜にも似た空間を作り出している。
「………………」
しかし、ハイファはその空間にはいなかった。
一度はリンやエルトとともに寝入ったが、すぐに目が覚めてしまい、なぜか寝付くことができなかった。
ぼんやりと目を開けていても、ネヴァンやシャン、そして自分の記憶など、様々なことを考えてしまい余計に眠れない。
そして、ハイファをもっとも突き動かしたのは、アレンとシィクだった。
かつての自分がそうだったように、目を覚まして知らない場所にいたら、混乱してしまうのではないか。
いてもたってもいられなくなったハイファは、起きていたペックにすぐ戻ることを伝えてから、記憶を頼りに洞窟を進み、アレンとシィクのいる部屋へと向かっているのだ。
「……あ、ここだ」
大した距離はなく、魔獣も現れなかったため、すぐに扉の前にたどり着いた。
眠っているならそれでいい。ただ、一目見ておきたい。
ハイファは静かに扉を開け、顔を覗かせた。
照明代わりの魔石の光が、ベッドから身を起こしたシィクを照らしている。
「……あら?」
こちらに気づいたシィクが微笑んでみせた。
「あなた、ここの子?」
「……っ」
戦うだけの人形だった時からは想像ができない穏やか顔に、なぜだか苦しくなって、ハイファは無言のまま、その場から立ち去ろうとしてしまった。
「ああ、待って!」
扉を閉めようとしたところを、シィクが引き留める。
「話し相手になってくれないかしら? 少しでいいの。ね?」
手招きされ、ハイファはぎこちない足取りで、ベッドの縁に座ったシィクの前に足を運んだ。
「あなた、お名前は?」
「ハ、ハイファ……。身体の具合は、どう?」
「平気よ。なんともないわ。だけど……」
シィクが困ったように笑う。
「うまく、思い出せないの」
「え——?」
「自分がどこの誰だったのか、どうしてこんなところにいるのか。そのあたりが、霧がかかったみたいにね」
「そんな……」
顔を蒼白とさせるハイファに、シィクは「でもね」と続けた。
「この人……アレンのことは覚えていたわ」
隣のベッドで眠る青年に、二人の視線が動く。
「アレンが私のことを『シィク』って呼んでいたのを覚えてる。だから私は、私がシィクだってわかったの。アレンと過ごした日々のことも、少しだけど覚えているわ」
シィクはアレンの頬を、その細い指で撫でた。
「この人は、私の大切な人。そうなのよね?」
尋ねられて、ハイファは自分でも驚くほど力強く答えた。
「あなたのことをとっても、とっても大切に思ってた。今も、絶対にっ」
ハイファの返事に、シィクがはにかむ。
「ふふ、よかった。記憶の中よりも痩せてるのが少し気になるけれど、それを聞けて安心したわ」
アレンを見つめるシィクの表情に、胸の奥が締め付けられて、腕にわずかな熱を感じていた。
それだけのはずだったのに。
「……ごめんなさい」
ハイファの口をついて出たのは、そんな謝罪の言葉だった。
「え?」
「ごめんなさい。私の、せいで……!」
けれど、ハイファ自身、その言葉の意味がわかっていなかった。
「ううん、私じゃあ……違う、私が、私たちがっ、私たちって……?」
頭の中で言葉が浮かんで弾けて、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて、考えがまとまらない。
「ハイファちゃん……」
目の前で追い詰められたような顔をして頭を抱える少女に、シィクは記憶の有無に関係なく、しなくてはならないと思えた行動に出た。
「――大丈夫」
震えるハイファの背中に手を回し、抱きしめる。
「誰も恨んでなんてないわ。アレンと一緒にいる。それが今の私にとっての全部なの」
シィクの声と感じた鼓動に、ハイファの頭の中で渦巻いていた混乱が消えていく。
「あなたが私たちを助けてくれたのよね。ありがとう」
頭を撫でる細い指にも、生きている人の持つ温もりがあった。視界の輪郭がわけもわからずぼやけていく。
このままでは声を上げて泣いてしまう。そう直感したハイファはそっとシィクの腕を抜け出し、ベッドから離れた。
「エルト……あなたとアレンを本当に助けた私の友達、連れてくるねっ」
小走りで部屋を飛び出し、閉じた扉に背中を預けて長い息を吐く。
「さっきの、なんだったんだろう……」
リンにされたときに感じる安らぎとは、少し違う。
赦されたことによる、安堵。
だが、その正体がわからない。あの溢れだした罪悪感は、なんだったのか。
同時に感じていた腕の熱との関係も、ハイファは答えを見出すことができなかった。
「そうだ、みんなを呼ばなくちゃ……!」
やるべきことを思い出し、ハイファはリンたちのもとへと駆け戻っていく。
その背中を見つめるシャンには、ついぞ気づくことはなかった。
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