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3-24 龍たちの過去

お越しいただきありがとうございます!

「………………」


 忘れかけていた冷たさが、ハイファの体内で蘇る。


「シャンがお前たちをリューゲルに向かわせるのは、そこがネヴァンの根城だからだ。今までにもあったネヴァンとの交戦で、ワシもやつがシャンの頭を使った龍骸装(ドラグファクト)を持っていることは知っている。それを取り返したいのだろう」


 シャッドは悲しい目をしたまま、焚火へと視線を移す。ハイファは去来した不安感をそのまま言葉に変えた。


「……私の失くした記憶とは、関係はないの?」

「そこまではわからん。だが、シィクのような例もある。龍骸装がシャンに戻り、お前の身体がただの人間となれば、記憶も戻るやもしれんな」

「シィクは意識だったけど、ハイファは記憶をってわけね。でも、どうしてシャンにはネヴァンのいるところがわかったのかしら?」

「わかるというよりは、憶えているのだ。シャンはそこでネヴァンとの戦いに敗れ、龍の姿と力を奪われたからな」


 言ってから、シャッドは首を左右に振ってその言葉を訂正した。


「いや、厳密に言うなら、戦いにもなっていないのだろう。ネヴァンはリューゲルに龍を対象に絞った罠を張っておったらしい」

「らしいって、シャッドさんは一緒じゃなかったわけ?」

「ああ。シャンは追放したネヴァンのもとへ単独で行きおったからな。ワシは止めたのだが……」

「会いに行ったの? 追放したのに? なんで?」


 リンの指摘にシャッドは苦々しい顔を見せた。


「ワシもそれがずっと気になっている。ワシの制止も聞かずに人界へ降りて姿をくらまし、こうして再会してみれば、こんな姿で現れおった。お前たちのような人間を連れてな。小僧、まだこれは読めているな?」


 シャッドがエルトに見せたのは、『龍姫物語』の書物だった。


「よ、読めます。というか、意味がわかります」

「そうか。ではここを読め。追放の直前の場面だ」


 色褪せた表紙を開き、エルトに見せる。ハイファとリンも、焚火に照らされる意味不明の文字列をエルトの横から覗き込んだ。


「エルト、なんて書いてあるの?」

「……『人間は龍にはなれない。王は、ハイファが過ちを犯す前に人間たちのもとへと帰すことを決めた』とのことです」

「王って、たしかシャンのことよね?」

「ハイファの、過ち……」

「これが追放の理由なのだろうが、その過ちとは何なのかが誰にもわからなかった。実際、追放も急な話でな。周囲の反対を押し切って、こいつは断行した」


 シャッドが本を閉じ、かすかに流れてきた古い本の匂いがリンたちの鼻をくすぐった。


「そして追放が行われた数年後に、こいつは突然配下の龍にこの本を書かせ、人間たちの世界へとばらまかせた。追放の場面の前後以外はハイファの活躍を讃えた、この『龍姫物語』をな」


 仰ぎ見た焚火に照らされるシャンに、リンは自分がよく読み聞かせられていた絵本の挿絵――シャンに乗ったハイファが魔獣の軍勢と戦う姿を思い出した。


「ですが」


 そこへ、調理された肉が盛られた皿をルナが運んできた。


「その行動が悲劇を呼びました。ネヴァンによる龍殺しです」


 憮然とした口調で発せられた言葉に、ハイファ達はどよめく。

 ルナはすぐにハッとして、皿を置いてシャッドに頭を下げた。


「シャッドさま。申し訳ありません。聞こえてしまい、つい出過ぎたことを……」

「気にするな。ちょうどワシも話そうとしていた」


 ルナの肩に一度手を乗せてから、シャッドは語り部を引き継いだ。


「『龍姫物語』の流布からほどなくして、たまたま地上へ降りていた龍が一体、瀕死の状態で帰ってきて、『ハイファに襲われた』と言い残して死んだのだ。追放されたネヴァンが『龍姫物語』を自分への侮辱と捉えたのだろう」


 焼けた細枝が爆ぜる音が、ハイファにはいやに大きく聞こえた。


「それから幾度となく襲撃事件があり、いよいよハイファ討伐の機運が高まりだしたころに、シャンは国を発ったのだ」

「ネヴァンの蛮行を止めに向かった、ということですか?」


 真剣な表情のエルトに、シャッドが頷く。


「こいつが消息を絶つと、龍の襲撃もピタリと止んだ。ワシらはこいつとネヴァンが相打ちになったと考えたが、実際は違った。つい百年ほど前だ。奇妙なものがワシの前に現れた」

「奇妙なもの?」

「龍の肉体……中に魂を感じない肉体だけが、ワシの前に現れた。そいつは名を伏せながらも、シャンの同志を自称してな。ネヴァンの目を欺くために、自ら龍としての身体を捨て、使い魔のようにしていたのだ」

「星皇教会にも似たような魔法を使う方がいますが、龍を使い魔って……」

「そいつが伝えてきたのは、シャンがリューゲルにてネヴァンの手に落ち、身体と力の大半を失ったという事実。その証拠に、そいつは脚の龍骸装をワシに寄越した」


 そこまで聞いて、リンの中で二つの点が線で繋がった。


「もしかして、さっき言ってた盟友って、その龍なの?」

「そういうことだ。詳細な素性は伏せていたが、そいつはシャンからの信頼の証としてワシのことを聞かされたらしい」

「でも、変じゃないですか? シャンさんの身体を使って龍骸装を作り上げたのは、その人なんですよね?」

「ネヴァンに弱みを握られ、やむにやまれず、と言っておった。龍としての誇りはないのかと、当時は詰ってやったものよ」


 シャッドがつまらなそうに言って、ルナが持ってきた皿から魔獣の肉を刺した串を取り、大口を開けてかぶりつく。リンは自分たちの旅路にとって最も重要な部分を改めて確認した。


「結局のところ、リューゲルに向かうのは、シャンが私たちにネヴァンから自分の身体を取り戻させるためなのね?」

「ああ。口もきけんからそう憶測するしかないが、念話で訴えたとあれば、どうあってもリューゲルには向かうつもりだろう。しかし……」


 炎越しに、ハイファはシャッドと目が合った。


「私が、どうかしたの?」

「いや、どうもせん。お前というより、そっちの二人だ」


 シャッドの大きな古傷の走る顔が、リンとエルトに向けられる。


「そこのハイファは仕方ないが、お前たち二人はただの人間だ。元はと言えばワシら龍の問題。最後まで付き合う必要など――」

「降りろっていうなら聞かないわよ」


 シャッドの言葉を遮って、リンは断言した。


「約束したの。私たちはずっと一緒よ。龍だかなんだか知らないけど、こんなのサクッと解決して旅を続けるわ。ハイファには、まだまだ見せたい景色がたくさんあるんだから!」


 エルトも力強く頷いてリンに続く。


「僕もリンさんと同じです。ここで投げ出したら、送り出してくれた師匠に顔向けできません。なにより、ハイファさんは僕の大切な友達です。困っている友達を助けるのは当然ですよ!」


 二人の言葉に、シャッドはアレンと初めて会った時にぶつけられたのとは性質が異なる、『人間』の持つ意志の強さを見た。


「アレンといいお前たちといい、面白いな。現代の人間という生き物は」


 ハイファは焚火によるものではない、胸に広がる心地よい温かさを感じた。


「リン、エルトも……ありがとう。とっても嬉しい」


 ハイファの口にした感謝の言葉に応えるように、リンとエルトは笑うのだった。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


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