3-23 焚火、ひと時の平穏
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「リン……」
「今は信じましょう。大丈夫よ、きっと」
まるで町の宿からそのままくり抜いてきたような扉の前に、ハイファとリンが緊張の面持ちで立つ。二人の後ろには、シャンもいた。
やがて、扉が内側から静かに開き、錫杖を携えたエルトが現れた。
「エルト!」
「どうなったの⁉」
駆け寄ってきた二人に、エルトは幾ばくか晴れやかな顔を見せた。
「命の危険は免れました。アレンさんもシィクさんも、このまま安静にしておけば、じきに目覚めると思います」
その言葉にハイファとリンの表情も華やぐ。エルトの背後には、並んだベッドに横たわるアレンとシィクの姿が確認できた。
「よかった……!」
「エルトえらい! さっすがラティアの弟子!」
ハイファは胸を撫でおろし、リンは快哉を上げる。
「ですが……」
「え?」
「どうかしたの?」
目を伏せるエルトに、二人は疑問符を浮かべる。
「アレンさんの脚は、やはり元には戻せませんでした」
アレンとシィクを回収した際、アレンの脚には黒いもやがかかっていた。
それを取り払うと、アレンの大腿部から先は完全に消失してしまっていたのだ。
「傷を治すのと違って、失った身体の一部を復元するのは簡単ではありません。それにアレンさんの場合、龍骸装の影響か、魔法が弾かれてしまって……」
「仕方あるまい。それが、龍骸装を使うということだ」
自らの力不足に拳を握るエルトに、リンの肩越しから老人の声が飛んだ。
「シャッドさん? ルナも……」
人の姿をした二体の龍が三人のもとへとやってきた。その後ろには荷台を外したペックもいる。
「怪我はいいの? ペックを連れてすぐにどこか行っちゃったから、気にしてたのよ」
「ふ、龍を侮るでないわ。もうなんともありゃせんわい」
「人と龍では治癒能力が違いますので」
二人の様子に治療は必要ないことを判断し、エルトは話の続きを促した。
「あの、それよりさっきのはどういう……?」
「ああ、そうだったな。アレンは文字通り自らの脚と引き換えに龍骸装を得た。それがシャンに還った今、あやつの脚は、もうこの世界には存在せん。小僧、お前が言ったように魔法による再生を受け付けんのも、長い間、闇の魔力にさらされたゆえだ」
「そんな……」
ますます落ち込むエルトに、シャッドは扉から部屋を覗きながら続けた。
「だがな、本来ならばあの二人はあそこで死んでいた。それがなんであれこの世に留まれたのは、僥倖と言えるぞ」
「シャッドさまの言う通りです。私たち龍には、人の身を癒すことは難しく、あなたがいなければどうにもできませんでした」
エルトの前に立ったルナが、深々と頭を下げる。
「お二人に代わり、お礼を述べさせていただきます。ありがとうございます」
その様子に一瞬だけ目を丸くしたシャッドは、すぐに呵々大笑した。
「ハッハ! ルナ、お前がそれほどアレンを気にかけていたとはな?」
「べ、別に、そのようなことは……!」
顔を上げたルナが、髪の毛の先を指で弄る。シャッドはエルトにも笑顔を向けた。
「小僧、お前もだ。龍に頭を下げさせるとは、その若さで伝説を作ったぞ」
「伝説⁉ いいいえっ! 僕はただ、お二人に回復魔法をかけ続けて――」
言いかけて、エルトはふらりと後ろに倒れそうになった。
「エルトッ!」
そこにハイファが支えに入る。掴んだエルトの腕はとても冷たかった。
「大丈夫?」
「あはは……。ちょっと魔力切れみたいです。僕も、まだまだですね」
「ちょうどいいわ。ペック、エルトを乗せてあげて」
リンの言葉に従い、動き出したペックが嘴を器用に使ってエルトを持ち上げると、ひょいとその背中に乗せてみせた。
「あ、ありがとうございます。……ん?」
足に何かが当たり、エルトが振り返る。ペックの鞍に引っかけられたそれは、黒、緑、紫など、色とりどりの皮が付いた肉塊がぎっしり詰まった麻袋だった。
「……あの、この新鮮な肉塊の数々は?」
「飯の材料だ。ここには魔獣が多く住み着いているからな」
「エルトさまがお二人の治療を行っている間に、何頭か仕留めてまいりました。戻り次第すぐに調理しますので」
「な、なるほど……」
ルナの紅茶を飲んでしまったエルトは、また何か仕込まれるのではないかと訝しんだが、疲れもあってそこまで言及する気も起きなかった。
「話も途中で切られてしまったからな。ほれ、戻るぞ」
老龍の号令のもと、一同はアレンとシィクが眠る部屋を後にした。
最初にシャッドと邂逅を果たした広大な空間に戻ってくると、ネヴァンに破壊された石像はそのままで、戦いの爪痕がいたるところに残っていた。
「ふむ、こうなってはどうにも、な」
シャッドが指を鳴らす。すると、目に見える世界が塗り替えられるようにして変わり、眼下にどこかの街を見下ろす夜の高台へと変わった。
「龍が使う魔法はすごいわね。こんな風に場所を移動できるんだから」
星空を見上げながら、リンは感心したように言う。
「大したことはしとらん。標を置いた地に飛んでいるだけだ」
「標?」
「龍の魔峰に来るまでの道中、妙な石像があっただろう?」
シャッドの問いに、リンはこれまでの旅を思い返した。
「そういえば、二つ見たわ。古いのと新しいの」
「それらはワシの魔力を注いだ魔石を加工したものでな。置いた場所なら自由に往来させることができる」
アレンが壊そうとしたことは話さないでおこう、リンはそう考えて、ただ頷いてみせた。
「ムルジ村からこっちに引き寄せたのね。でも、よくわかったわね」
「わかっていたわけではない。ああいう仕掛けをいくつか用意していたのだ。まあ、お前たちが通ってきたのは一番面倒なものだったがな」
もう一度シャッドが指を弾くと、リンたちの背後の木々がざわめき、風もないのに乾燥した枯れ葉や木の枝が集まった。
「精霊たちめ。火までは用意できんか……」
言うや否や、シャッドが口から細く息を吹く。すると、集まった木々に火がついた。
「お前ら人間は、こういう場ではこういうものを使うのだろう? ほれ、座れ座れ」
瞬く間に焚火を作り上げたことに、リンも、隣に立つハイファも目を丸くする。
「龍って、なんでもありなのね……」
「人間からはそう見えるだろうな。お前たちがここを発つときは、リューゲルになるべく近い場所へも飛ばしてやるぞ」
座りつつ感謝の言葉を口にしそうになって、ふとリンは疑問を抱いた。
「あれ? ハイファ、私たちシャッドさんにリューゲルに行くって言ったっけ?」
「言って、ないと思う」
シャッドは二人のやりとりを見て、声を上げて笑った。
「シャンに付き合わされておるのだ。それくらいわかる」
ハイファとリンが見つめた異形の大男は、反応も発言もなく、ただ木のように立っていた。
「そもそもなんだけど、シャンとリューゲルってどういう関係があるの?」
リンはもっと早い段階で聞きたかったことようやく口にすることができた。
「なんだ、知らずにここまで旅してきたのか?」
「そんなこと言われたって……ねえ?」
「シャンが私の頭を掴んで、そうしたら、リューゲルの景色が見えて……」
ハイファが控えめに言うと、シャッドは嘆息した。
「シャンよ、いくら弱っているからといって、そんな雑な方法で伝えおって。幼い龍が使う初歩の念話ではないか」
文句を垂れてもシャンは何も言わない。それどころか、リンとハイファの疑問符が増えている。
「まあ、この際お前への小言は後回しだ。本筋から外れすぎる」
そこへ、三人から離れていたエルトが戻ってきた。
「うーん……」
なにやら微妙な顔をしている。ハイファは隣に座ったエルトが、なにか細長いものを食んでいることに気づいた。
「エルト、それなに?」
「焼いた魔獣の肉です。ルナさんに渡されました。これすごいんですよ。味も悪くないですし、噛めば噛むほど魔力の回復を感じて。ただ……」
「ただ?」
「何という魔獣のどの部位か聞いても、ニコニコするだけで教えてくれないんです」
振り返ったエルトと同じ方を見ると、ルナが召喚したらしき台の上で色とりどりの肉を刻んだり焼いたりと、様々に調理していた。
「だ、大丈夫なの?」
リンが確認をとると、シャッドはゆっくりと頷いた。
「ルナに人間が食べてもいい魔獣を教えたのはワシだ。問題ない。だが、知らない方がいいこともあるのは、龍も人間も変わらんぞ」
「本当に何を食べさせられてるんですか僕は⁉」
言いながらも、エルトはその肉から手を離すことができなかった。かつてないほどの速度で自分の中の魔力が戻ってきているからだ。
「フ……。あいつが龍の王国に来たばかりの時も、そんなことを言っておったわ」
「あいつ?」
「ワシらにとってのハイファ……。ネヴァンを名乗ったあの女だ」
焚火の向こうに過去を見るシャッドの目は、どこか悲しそうだった。
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