3-21 封じられた物語
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「はっ、教皇さま⁉」
突然現れた教皇を前にして、ロマリーは跳ねるように椅子から立ちあがると、そのまま床に片膝をついて頭を下げた。
「ごごご、ご機嫌うるわしゅう……!」
上ずった声で挨拶を述べるロマリーに、ディアンサは微笑をたたえて手をかざす。その動きに彼女の艶やかな髪が揺れた。
「そうかしこまらず。これは公務ではなく、私的な用事なのだから」
「そうですよロマリー。顔を上げて、椅子に座ってください」
「は、はいぃ……」
生まれたての小鹿のように震えながら、ロマリーは言われた通りに動く。
ラティアは驚くような素振りもせず、自分の一応の上司にあたる女性に尋ねた。
「どうされたのです? こんな時間にこんなところへ一人で来るなんて」
「こんな時間にならないと自由な時間を取ることができないの。本当はもっと早く来たかったのに」
嘆息したディアンサが指を鳴らすと、何もなかった空間から椅子が現れた。
それと同時に机の上に出現したティーカップに、ひとりでに動いたポットから紅茶が注がれていく。
「ディアンサ、またそうやって横着をして」
「いいじゃない。友人の前でくらい気を抜かせてちょうだい」
ラティアの小言を受けても何食わぬ顔で紅茶を飲んだディアンサは、驚いたように眉を上げた。
「あら、美味しい。あなたが淹れたのね?」
「えっ⁉ あっ、はいっ!」
突然話を振られ、背筋をまっすぐに伸ばして肯定するロマリー。ディアンサは笑みを浮かべた。
「ふふ、やっぱりね」
「やっぱりとはなんです。まるで私にはできないみたいではないですか」
口を尖らせるラティアに、ディアンサは肩をすくめた。
「だって、あなたはほら、こういうの苦手でしょ?」
「むぅ、確かにそうですが……」
「欠点を正直に認められるところは、あなたのいいところね」
二人にとっては他愛ないただの談笑なのだが、ロマリーからしてみれば、自身のとてつもない場違いさに気を失いそうになっていた。
(大司教と一緒ってだけでもギリギリだったのに、教皇さままで……! )
町の住民だけでなく教会の信徒たちからも尊敬を集める二人と同じ場所で茶を飲むなど、身に余る光栄。しかし、身に余りすぎて肝心の茶の味などわからなかった。
「それで、何をしに来たか、だったかしら」
話を一区切りしたディアンサが、澄んだ銀の瞳でラティアを見る。その奥にある鋭い光を、ラティアも見逃さなかった。
「なにやら嗅ぎまわっている様子だったからね。気になったのよ。行方知れずから帰還してすぐに本の虫になるなんて、よっぽどでしょう? あなたの愛弟子の坊やがまだ戻ってきてないことも関係があるのかしら?」
「耳が早いのですね。エルトが帰ってきていないことも知ってるなんて」
「そりゃあ、あの子にあなたを探しに行く手助けをしたのは私だから」
その発言に反応したのは、ラティアではなくロマリーであった。
「手助け、ですか?」
「立場上、そう簡単に町を離れるわけにはいかないから、身分を隠してあの子に接触したのよ。あの子も相当まいってたから、今でもあれが私とは気づいてないはずよ」
愉しそうに笑うディアンサと、礼拝や儀式のときに遠くから見る壮麗な彼女の姿との違いに、ロマリーは本当に同一人物なのだろうかと内心で狼狽えるばかりだ。
「で、こんな夜更けになにしてるの?」
「そうですね。あなたに隠すことはありませんか……。ロマリー、話してくださいますか? あなたの方がうまく説明ができると思うので」
「はっ⁉ あっ! じ、実はっ、『龍姫物語』は偽物かもなんです! はい!」
急に名を呼ばれて我に返ったロマリーがほとんど反射的に発した言葉のあと、数秒の沈黙が流れる。
「……説明、うまかった?」
「ロマリー、どうか落ち着いてください。端折りすぎですよ」
「す、すみません。こほん、えっとですね……」
それからロマリーはディアンサにこれまでの龍に関する調査の経緯を説明した。
「なるほど、龍の魔峰にハイファ……」
紅茶の最後の一口を飲み干し、カップを置いたディアンサは短く息を吐いた。
「読書好きの好奇心、と片付けたいところだけど……」
「何か、知ってるのですか?」
「ラティア、あなたのその聞き覚えの理由、教えてあげるわ」
ディアンサが立ち上がると、彼女が呼び出していた椅子と茶器が消えた。
「二人とも、ついてきなさい」
ラティアとロマリーは、ディアンサの先導のもと、書庫の一番奥、壁と一体化した本棚の前にやってきた。
書庫の配置を暗記しているロマリーは、ここが星皇教会の歴史や神話について記された書物を収めた場であるとすぐにわかった。
「ここ、龍と関係があるのかな……」
「まあ、ここに収められた本はそれほど関係ないわね」
言いながら、ディアンサは一冊の分厚い本を抜き取り、そして同じ場所へ押し込む。
すると、本棚が振動をはじめ、扉のようになって内側に隠された階段を露わにした。
「こ、こんな仕掛けが⁉」
「今の本に魔力を流し込んで、また棚に戻すと開くようになっているの。ああ、でもむやみに試そうとしちゃダメよ。並みの司教程度じゃ、魔力を吸い尽くされて昏倒するから」
さらりと恐ろしいことを言いながら、等間隔に並ぶ魔力由来の光に照らされる地下へ伸びた階段を降りていくディアンサと、それに続くラティア。呆然としたロマリーも、すぐに後を追いかけた。
降りきった先に広がっていたのは、小さな礼拝堂のような空間。
何もない石室の中央に浮かぶ光の球が、照明の役割を果たしている。
しかし、目を凝らしたロマリーは光の中に、あるものを見た。
「あれは……本?」
光に包まれる書物。表紙の色褪せからかなりの年代物だとわかる。
「あの光は封印魔法のようですね。それもかなり厳重な」
自らの扱う魔法と照らし合わせ、ラティアは一目で光の正体を看破した。
「これが――」
ディアンサが二人の間を抜け、光の傍らに立つ。
「これが、あなたたちが探していたもの。本当の『龍姫物語』よ」
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