3-20 ある司教の考察
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日が落ちると、サルタロは町を囲む壁に使われる魔石が大気中の魔力と反応し、白く淡い輝きを放つようになる。
『夜道に迷わば星を、星がなければサルタロを探せ』
レウン王国に古くから伝わる言葉である。日中の視認は難しいが、夜は町そのものが目印となって旅人の道行きを照らすのだ。
また、この光には魔獣を沈静化する効果があり、大半の魔獣は壁に近づくだけで闘争心が消えてしまう。
ごくまれに鎮静効果を跳ね除ける魔獣も現れるが、もれなくこの町にいる司教に追い払われることになる。
そして今夜も、担当の司教たちが町に住む人々を守るために巡回へと繰り出していく。
「そろそろ私が当番の日だっけ……。うう、やだなぁ」
そんな彼らの姿を目にしたロマリーは、神殿内部の書庫へと通じる道を歩きながらため息をついた。両手で押す台車の上にはティーポットとカップが載っている。
「私は後方支援しかできないし、どちらかというと戦いたくなんてないのに……」
通路に誰もいないことをいいことに、ぶつくさと愚痴をこぼしているが、今の彼女はある重要な任務に就いていた。
書庫の扉の前に到着し、ロマリーは大きく息を吸ってから静かに扉を開ける。
「大司教、お茶をご用意しました」
部屋の奥には、こちらを背にして机に向かう大司教ラティアがいた。
ロマリーの任務とはラティアの行う調査への協力であった。ラティア自身から直接の指名を受け、公的な任務として彼女の傍で働いているのだ。
初めこそ戸惑ったロマリーであったが、今は自分の得意分野で大司教と作業をできることに一種の誇りを感じていた。
「軽食もお持ちしましたので……?」
「………………」
これまでの経験則から、すぐにこちらに振り向いてくれると思っていたロマリーは、動かないラティアに首をかしげる。
「大司教? ……ら、ラティアさん?」
本人から許されていても恐れ多くて呼べなかった名前で呼んでみても、返事がない。
足早に近づき、そっと顔を覗き込んでみる。
「……すぅ、すぅ……」
ラティアは目を閉じ、等間隔の呼吸を繰り返している。
つまりは、眠っていた。
「ああ、なんだ。びっくりしたぁ……」
ロマリーがほっと胸を撫でおろすと、浅い眠りだったらしいラティアが目を覚ました。
「はっ、い、いけません。私としたことが、ついうたた寝を……。あ、ロマリー」
「もう休まれてはいかがですか? ここ三日間、夜遅くまでこの書庫にいらっしゃいますけど、日中の仕事もあるのですし、お身体に障りますよ」
「すみません、つい止め時がわからなくなってしまって……」
本を閉じ、目をこすりながら笑ったラティアは、ロマリーのそばに茶器の載った台車を見つけた。
「あら、お茶を淹れてきてくれたのですか?」
「え? あ、は、はい。余計なお世話でしたか?」
「いえ、とてもありがたいです。少し休憩してから、調査再開です」
衰えることを知らない大司教の体力と意志の強さに、ロマリーは畏敬を抱きつつ、慣れた手つきで茶の用意を終える。
「前々から思っていたのですが、ロマリーは紅茶を淹れるのがお上手ですね」
「えへへ、ありがとうございます。普段から読書の時にはお茶も用意するので。はい、どうぞ」
差し出されたカップを持ち上げ、豊かな香りを蓄えた茶を一口飲んだラティアは、ほう、と息を吐いた。
その様子から茶の出来栄えを確信したロマリーも、自身の分の茶を注いだカップに口を付けた。
「それで、どうですか? なにか掴めましたか?」
カップを置いたロマリーの問いかけに、ラティアは小さく首を横に振る。
「いえ。今のところ、やはりどこにも龍の魔峰やハイファに関する情報はありません」
「そうですか……。これだけの蔵書なら、少しくらいあってもいいと思いますけど……」
龍に関する文献に目星をつけていた二人だが、どれも生態や地域の伝承に関係するものばかりで、集めて積んだ本の山も、すでに半分以上は読み終えてしまっていた。
「そもそも龍というのは、まだわかっていることの方が少ない生物ですから。無理もないのかもしれません」
「大司教は、龍を見たことがあるんですか?」
「残念ながら。ですが先ほど読んだ本に、龍は人の姿になることができると書いてありました。もしかすると、意外と近くにいたりするのかもしれませんね」
「龍が人に……。あの、大司教」
「なんでしょう?」
顔を上げたラティアの動きに合わせ、長い髪が揺れる。
「大司教が龍の魔峰を目指す行商さんのお話をしてくださってから、私も行きつけの古書店を回って、少し調べてみたんです」
ラティアはリンたちの顔を思い浮かべつつ、沈黙で話の続きを促した。
「そうしたら、町で一番古いお店で、妙な紙片を見つけたんです」
「妙な紙片?」
「はい。その紙片には、読めない字が書かれていたんです」
カップを置いたラティアは、ロマリーの言葉を一言一句聞き逃さないよう意識を集中させた。
「今の店主さんの亡くなられたひいおじいさんが、若い時に買い取ったらしいんですが、その紙片を売りつけた行商さんが目の前で龍になったとよく話してたそうなんです」
ロマリーは、懐から二つ折りにされた紙を取り出し、ラティアに差し出した。
「紙片は売り物ではなかったので、写させてもらいました」
ラティアの開いた紙には、意味不明な記号が並んでいた。
「確かに、なんらかの文字のようですね……」
「ひいおじいさんのお話が本当だとしたら、大司教のお話と合わせると、これって、龍が使っていた文字なんじゃないでしょうかっ」
やや興奮気味に論を展開してくる読書家の司教に、ラティアは苦笑した。
「興味深いですね。ただ、読めないとなると、これ以上の情報は得られませんよ」
「そ、そうでした……。一番大事なところなのに……」
ロマリーは途端にしゅんとなった。もう一度ラティアは記号を見る。
(なんでしょう? これにも、見覚えが……)
考えると、頭の奥が小さく痛む。思い出すことを何かに阻まれているようだ。
その時、書庫の扉が開く音がした。こんな夜更けにここに来るのは自分たちくらいと思っていた二人は、同時に扉の方へ首を回す。
そこにいたのは、白い装束の上に濃紺の外套を纏う、ラティアとほぼ同年代に見える女性。
「精霊たちの言っていた通り、ここにいたわね」
この街の長にして教会の信徒たちを束ねる教皇、ディアンサであった。
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