3-19 訪れる刻限
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「シャン! ダメ! アレンはまだ――!」
言い終える前に、シャンの背から伸びる管が黒煙の噴出を始める。
リンの思考にも電流が走った。
「湖のときと同じ……」
ラセン草の採集に向かった湖で出会った、空を飛ぶ巨大な魚。
ハイファが倒したそれを、シャンは黒煙で包み、消してしまった。
酷似した光景が目の前に広がっている。
「まさか、シャンは……!」
「その通りだ」
リンの隣で立ち上がったシャッドが肯定する。
「龍骸装を、自らの身体の一部を取り戻そうとしている」
「止められないの⁉ あのままじゃアレンが!」
「無理だ」
冷徹に、シャッドは断言した。
「あやつにとって、自らの身体を取り戻すことは最大の目的。お前たち人間の事情など、意には介さん」
「だからって、やっと大切な人を取り戻したのに、こんなの……!」
なおも黒煙を吐き続けるシャンに、正面に回り込んだハイファは懸命に訴えていた。
「お願いだからやめて! シャン!」
「………………」
反応がないのはこれまでと同じなはずなのに、ハイファの心に怒りが宿る。
「どうして……っ!」
異形の腕をシャンに向けて伸ばすが、黒煙の一部がハイファにまとわりつき、そのまま押すようにシャンからハイファを引き離した。
「……ハイファ、いいんだ」
シィクを抱いて座り込むアレンが、穏やかな口調で言葉を紡いだ。
「もともと、そういう話だったんだよ。この脚はシィクを取り戻して……この場所に帰るまで、借りる約束だった。それが叶った今、こんなものはもう必要ない……」
アレンの胸には、貫かれた穴が開いている。血は流れていないが、普通の人間ならば間違いなく致命傷だ。
煙を振り払ったハイファは、こちらを見るアレンの優しい目に胸が苦しくなった。
「消えちゃうんだよ? せっかく……せっかくシィクが帰ってきたのに!」
「ああ。シィクが俺のところへ帰ってきた。それで、俺は十分なんだ」
瞼を閉じたシィクの髪を撫で、アレンはシャンを見上げた。
「よう、ずいぶん待たせちまったな。……もういいぜ」
応えるように一気に黒煙の噴出量が増え、アレンとシィクを覆い隠していった。
※※※
黒い渦の内部。まどろむように遠のく意識のなかで、アレンはシィクだけを見つめる。
「シィク……」
囁いた声に、シィクの瞼がわずかに開く。
「ア、レン……?」
ぼやけていた輪郭が定まり、シィクは微笑んだ。
「私、眠っちゃったのね……」
「ああ。疲れたんだろう。よく眠っていたよ」
そう言って抱いてくれるアレンの腕に、甘えるように顔をすりつける。
「私……私ね、あなたの夢を見ていたわ……。あなたと、踊る夢を……」
「……そうか……」
「……アレン? 泣いているの?」
見上げたアレンの顔は、泣き出しそうな顔で笑っていた。
「いや、なんでもない。なんでもないんだ。ただ、お前とこうしていられるのが、嬉しくてな……」
アレンの脚――龍骸装が、つま先から静かに形を失い、煙の渦へと吸い込まれていく。そして、自分やシィクの身体も、少しずつ崩れ始めていた。
「シィク」
残った力を腕に込めて、シィクを抱き寄せる。
「もう離さない。これからは、ずっと一緒だ」
普段の彼ならあまり言わない台詞。
戸惑うシィクだったが、不思議と心地が良かった。
「ええ。そうね。私たち、ようやく結ばれたんだもの……」
目を閉じる二人。密度を増した黒煙は、二人の姿を世界から消した。
※※※
「うう……ああぁ……!」
黒煙が形作る球体を前に、へたり込んで嗚咽を漏らすハイファ。
「ハイファ……」
シャッドやルナとともにやってきたリンが、膝を折ってハイファに寄り添う。
「リン、アレンが……!」
涙を流すハイファの肩に腕を回して抱き寄せたリンも、その目に涙が浮かんでいた。
かける言葉すら見つけられないエルトは、どうすることもできず、ただ黒煙の渦を見つめるしかない。
「――え?」
しかし、それゆえに真っ先に気づいた。
「あ、ああ……!」
錫杖が手から離れ、澄んだ音が鳴る。一同の視線がエルトに集まった。
「は、ハイファさん! みなさん! 見てください!」
エルトが指で示した先は、消え始めていた黒煙。
その奥に、寄り添うように倒れる一組の男女がいた。
アレンとシィクだ。
「消えてない……?」
リンは予想との相違に驚き、すでに赤光も放ち終えたシャンを見る。異形の大男の足元には、背中から伸びていた管のうちの二本が抜けて転がっていた。
エルトが二人のもとへ駆け寄り、錫杖をかざす。二人の生命力を魔力として検知するためだ。
「……かなり衰弱しているけど、まだ息がある! みなさん! お二人は生きています! 手を貸してください!」
「リン……!」
「ええ!」
頬を伝う涙もそのままに、二人はエルトのもとへ走る。
「ルナ、ワシはいい。お前も行ってやれ」
「は、はいっ」
駆けていくルナを見送り、老龍はシャンの隣に立った。
「驚いたぞ。しばらく見んうちに、こんなマネができるようなっているとはな」
足元の二本の管を拾いあげ、くつくつと喉を鳴らす。
「お前も、あの時のことは多少気にしておるということか?」
返事はない。だが、別に期待はしていなかった。
「まあ、今回こそは間違えずに済んだのかもしれんな」
黄昏の空の下、異形の腕を使って命を救わんとする少女の姿に、シャッドは穏やかに笑うのだった。
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