3-18 蒼炎に愛をくべて
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「シャッドさま、まさかあれは!」
ルナの焦燥が声となってシャッドに伝わる。人の姿をした老龍の眼差しは、アレンの背に向けられていた。
溢れだした力が龍の頭骨に似た仮面を作り出し、彼の顔を隠す。
リンには、今のアレンに既視感があった。
「それって、あの時の……」
遺跡の地下牢から脱出した際に見た、暴走するハイファの姿だ。その再現が、リンの目の前に立っている。
「――ウぐっ!」
直後、ぐらりとアレンの身体が揺れ、前のめりに倒れそうになる。ひび割れさせるほどの威力で地面を叩いた足で、なんとか踏みとどまった。
「相変わラず……! 持っテいかれソうニナるな……ッ!」
仮面の奥から漏れる声が、ひどく濁って聞こえる。
「デも、なぁ!」
アレンの手が仮面にかかり、力がこめられる。引き剥がそうとしているのだ。
「イまの……俺はっ! 龍なんぞに、止められやしねええぇっ!」
仮面が抵抗するように火花を出すが、アレンの裂帛の咆哮とともに顔を離れ、粉々に砕け散った。
次の瞬間、脚から噴出して渦を巻く魔力が勢いを増し、その色が闇から深い蒼へと変わる。
「熱い……!」
その熱気にリンは思わず腕で顔を庇った。
ハイファやエルトも、巻き起こる炎にただ目を奪われる。
「――!」
本能と命令に従う魔獣だけが、再び立ち上がった手負いの獲物に向けて駆け出した。
だが、剣のように鋭く、鞭のようにしなやかな攻撃は、巻き起こる炎の渦によって阻まれ、かえってその脚を焼かれる結果となった。
炎が消え、その奥からアレンが現れる。
異形の脚は禍々しい闇の色はそのままに、鋭利さが消え、引き締まったものになっていた。
しかし、最大の変化はアレンの脚を除いた身体。衣服が焼け落ちて露わになった肌は死人のように白く、両腕には黒い龍の鱗が生え揃い、額からは一対の角が生えていた。
「アレンが、変わった……?」
「見てください! 傷が塞がっています!」
エルトの指摘する通り、アレンの腹部の傷は初めからなかったかのように塞がり、毒も消えていた。
「……ぜあっ!」
アレンが動く。目で追うことすらできないほどの速度で放たれた膝蹴りが、魔獣の上半身を吹き飛ばした。
「は、速い!」
「見えなかった……」
エルトとハイファがその速度に驚愕する。着地したアレンが振り返ると、すでに再生を果たしていた魔獣が鋏を広げ、飛びかかってきていた。
錆びた金属が擦れるような叫びとともに、毒の尾が振り下ろされる。
「今のを耐えるのか」
静かな声でつぶやいたアレンは、最小限の動きでそれを躱し、回し蹴りを見舞った。
受け止めた魔獣の鋏が千切れ飛び、真横に吹っ飛んでいく。
魔獣は操るシィクの脚を地面に突き立てて止まり、反撃に転じる。
今の攻撃でアレンの力量を再評価したのか、シィクの動きは数段速くなった。
「いいぜ。もう、加減はなしだ!」
地面に深々と陥没痕が生まれるほどの初速で跳ぶアレン。仰々しさはなくなったものの、異形の脚は膨大な魔力を放出して加速をかけていた。
互いの最高速度でアレンと魔獣は激突。魔獣には両腕の鋏、シィクの脚、そして毒の刃がある。
それにもかかわらず、そのすべてをアレンは躱し、いなし、反撃し、魔獣にだけ攻撃を叩きこんでいく。
ハイファたちは目の前の戦いにただ圧倒されていた。
「あれが、龍骸装の本当の使い方……」
今までとは段違いの速度と力。ハイファは腕が帯びていく熱を感じながら、アレンの動きを目で追うしかない。
自身が放つ以上の猛攻を受け続ける魔獣は、着実に消耗していた。
繰り出される怒涛の連続攻撃を前に、再生すら追いつかず、核とも言える獣骸装にも損傷を蓄積している。かろうじて形を保っているが、次の攻撃を耐えることは不可能に近い状態であった。
「シィク……。今、終わらせるからな!」
地面を蹴るアレン。これが最後の一撃と言わんばかりに、右脚に魔力を集約させる。
「――!」
魔獣の取った行動に、エルトやリン、ハイファは目を見張った。魔獣は自らが突き破ったシィクの身体の中へ、再び潜り込んだのだ。
「なっ、なんてことを!」
「卑怯だわ!」
だが、アレンは止まらない。攻撃の姿勢を維持したまま、シィクへと飛んでいく。
「アレンッ!」
ハイファの声でようやくアレンは止まった。
「……わかってたぜ。そういう手を使ってくることは。お前も宿主がいなきゃ、困るよな」
無表情のままのシィクと向き合う。そしてゆっくりと、しかし確かな歩みで距離を縮めていく。
「だがな、ずっと前からこいつは俺の女なんだ。お前みたいなサソリ野郎に譲るつもりはないんだよ」
向かい合うアレンとシィク。アレンは右手をシィクの頬にあて、花を愛でるように撫でた。
「あの時もここまでだった。お互い、変わっちまったな」
何も映していない瞳。乾ききった唇。ひび割れた肌。
「それでも――」
それでも、アレンにとっては生涯を共にすると誓った、たった一人の女性であった。
「シィク、愛してる」
顎を持ち上げ、唇を重ねる。
シィクの瞳に今度こそ、わずかに光が戻った。
だがその直後に、毒の尾がシィクの身体ごとアレンの心臓を貫く。
勝機を掴んだと確信した魔獣が、シィクの体内で狡猾に目を細めるが、すぐに異変に気づいた。
尾が、引き戻せない。
「言ったはずだ。お前に譲る気はないってな」
心臓を貫かれたアレンが、尾を握りしめていたのだ。
龍骸装から蒼炎が噴きあがり、アレンとシィクを飲み込む。
炎に焼かれるのは、シィクの体内の魔獣も同じであった。
「――! ――⁉」
たまらずシィクの身体を抜け出し、炎から逃れようとするが、尾を掴まれているため満足に動くことがない。
「シィクの中から、消えろ……!」
龍の顎となった蒼炎が、魔獣を咬み砕いた。
尾を引く断末魔を上げながら、魔獣は炎に焼かれて消え、獣骸装 《スコーピオンの毒刃》も砕け散った。シィクの脚を包んでいた異形も後を追うように剥がれ、白い足が露わになる。
糸の切れた人形のように倒れたシィクを受け止めたアレンは、もとの人間としての姿に戻ると、膝から崩れ落ちた。
「アレンさん!」
駆け寄ろうとしたエルトの眼前に、突如としてシャンの背中が現れた。
「わっ……し、シャンさん? いつの間にっ?」
シャンは何も答えない。ただ、アレンと、その腕に抱かれるシィクを見つめている。
ハイファは勝利を喜ぶよりも、言いようのない不安に心をざわつかせた。
「アレンめ……!」
シャッドが身体の中でうずく鈍痛を耐えながら、指を鳴らした。
それに合わせて再び転移魔法が起動し、岩で囲まれた空間が、どこかの湖畔へと塗り替えられた。
「また場所が変わった?」
先ほどの洞窟とは違い、開けた湖畔。
茜色の空の色を映す湖は、風に揺れる水面を輝かせている。
空間の転移とともに自分とルナもリンの傍に移動したシャッドが、リンの独り言に答えた。
「ワシがアレンを拾った場所だ」
「じゃあ、ここが……」
シィクを抱くアレンに、リンは微笑む。
「そっか、取り戻せたんだ」
だが、まったく動かないアレンに、違和感を覚えた。
「アレン? ねえ、ちょっと――」
シャンがアレンの真後ろに立っていた。
「……え?」
シャンはエルトの前、アレンとはそれなりに距離がある位置取りだったはずなのに、リンが瞬きをする時間もなくアレンのすぐ近くにいる。
「……!」
瞬間、ハイファは総毛立った。シャンが何をしようとしているのかを、直感してしまったからだ。
「だ、ダメッ!」
走り出したハイファは、まだ始まらないことを願いながら叫んだ。
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