3-16 絶望の毒刃
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「リン!」
ルナに運ばれ、荷台のそばに立ったハイファは、ペックの身体に埋もれるように横たわるリンの肩を揺らした。
「リン! しっかりして! リン!」
「う……いったあぁ……」
額を押さえて瞼を開けたリンが最初に見たのは、安堵の表情を浮かべるハイファだった。
「ハイファ……あれ……? 私……って、そうよ! あの女は⁉」
「どこかに行っちゃった……。今は、アレンとエルトがシィクと戦ってる」
「エルトが⁉」
リンは、確かにハイファの言葉通りにアレンと並んでシィクと対峙するエルトを視界に捉えた。
「あの子、どうして……」
リンのつぶやきに先ほどのやり取りを思い出し、ハイファはエルトに掴まれた感触が残る腕に触れた。
「しかしハイファ……いや、ネヴァンか。悪趣味なことをする……」
荷台に背中をあずけて座り込むシャッドは、時空の狭間に消えていった女神官に向けて恨み言を吐く。
「ねえ、あのシィクって女の人は、アレンとどういう関係なの?」
リンの問いかけに、シャッドは少し言いにくそうにしたが、すぐに答えを口にした。
「あの女は、アレンの伴侶となるはずだった」
「伴侶って、お嫁さん……?」
シャッドは重苦しい表情でアレンとシィクの戦いを見つめたまま、「そうだ」と肯定した。
「ワシがネヴァン……お前を吹き飛ばした女を追っていた頃だ。ネヴァンの魔力の気配を辿って移動を繰り返していたワシは、ネヴァンによる殺戮が行われた地でアレンと出会った」
「殺戮……」
リンは龍の魔峰に飛ばされる前にいた村での惨劇を思い出していた。
「そこは星皇教会の神殿。アレンはシィクとの婚儀の最中にネヴァンに襲われ、シィクを連れ去られたのだ」
そこでリンの中で点と点が繋がった。同様にハイファも結論に至り、二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、あの村でアレンがあんなに怒ったのって……!」
「自分も、結婚式で大事な人を奪われたから……」
その結論を肯定し、シャッドは首を縦に揺らす。
「自らも瀕死の重傷を負いながら、シィクを奪い返す力を求めたアレンに、ワシは龍骸装を与えた」
利害が一致していたからな、と重ねたシャッドの目が、アレンの異形の脚を見る。
「今が、あいつが待ち続けていた時なのだ。あいつは、自分の命を懸けて、シィクを取り戻すつもりなのだろうよ」
シャッドの言葉と、戦うアレンから伝わってくる気迫に、リンとハイファは固唾を飲むのだった。
「シィク! お前は戦いをするようなやつじゃない! 目を覚ませ!」
「………………」
アレンの声に反応は示さず、無表情のまま急所ばかりを狙う攻撃を矢継ぎ早に繰り出すシィク。
「お前の脚は、踊るための脚なんだろ? 言ってたじゃないか。踊りでみんなを笑顔にしたいって。俺はそんなお前を支えたいと思ったんだ。――だからっ!」
巨大化させた龍の鉤爪でシィクの右脚を捉え、一気に引き寄せる。
「だからもうやめてくれ。これ以上、自分で自分を穢さないでくれ!」
重なり合った視線の先。虚ろなはずのシィクの目に、かすかに光が見えた気がした。
しかし、すぐに光は消え、魔蠍の尾がアレンへ伸びる。
「シィク……! くそっ!」
悲鳴のような声と共にアレンの脚から闇色の炎が噴きあがり、その噴射の勢いで回転したアレンは毒刃が届くより早くシィクを蹴り飛ばした。
地面を砕きながら土煙の中に消えたシィクは、すぐに立ち上がる。
「あれを食らって立つのかよ……」
土煙から出てきたシィクの腕は、それぞれがありえないはずの方向へ折れ曲がっていた。骨が折れているのだ。
しかし言葉も発さず、表情も変わらない。それどころか、ゴギッ、バギュッと人体からおよそ発してはならない音を鳴らして、瞬く間に再生する。
「エルト! まだかっ!」
焦燥とともに叫ぶアレン。魔法陣の中で自身の中に宿る魔力を高めていたエルトは、閉じていた目を開いた。
「いきます!」
魔法陣の発する光が一段階強くなり、エルトは最後の詠唱を紡いでいく。
「大いなる星皇神よ、天に浮かぶ数多の輝きのその一つ、斃れし者の肉体と朽ちる魂を癒す輝きを、地を這う者に貸し与えたまえ。――《エル・ヒアルラ》!」
錫杖の先端に集約された光が、シィクに向かって一直線に飛ぶ。
その光を拒絶するように回避へ動くシィクだったが、エルトの強い思いが込められた魔法はその動きよりも速くシィクを包んだ。
だが、何も起こらない。アレンにそう認識された一秒後。
「……!」
光が連続する雷のように炸裂し、シィクの身体を駆け巡った。
それまで攻撃をものともしなかったはずのシィクが、膝をつく。
「やった! 思った通り!」
握りしめた拳を小さく突き上げるエルトに、アレンは驚愕の眼差しを向ける。
「何をしたんだ?」
「今の僕が使うことができる、最上級の回復魔法です」
「回復……?」
エルトは龍瞳教団の村での出来事―回復魔法で獣骸装による洗脳を解除したことを記憶に留めていた。
「星皇神の加護を受けた魔力は、獣骸装に宿る魔力を打ち消せます。だから、シィクさんにも同じことが起こせるんじゃないかと思ったんです!」
「星皇神さまさまってわけか……」
「アレンさん! はやくシィクさんの獣骸装を!」
「ああ! 恩に着る!」
地面を踏む足の先に意識を注ぎ、シィクを目掛けてアレンが飛ぶ。
アレンの異形の脚は彼の命を貪りながら巨大化し、左右合わせて六本の刃と化した爪がぎらりと輝いた。
「シィク、恨んでくれていい。……それでもっ!」
必中の間合い。シィクは動きを止めている。
「これで……!」
終わらせることができる。
アレンが確信した瞬間だった。
「……が……っ⁉」
アレンの身体が、宙に浮いて止まる。
「え……」
何が起きたのか、エルトにはわからなかった。目の前の光景を認識することを無意識のうちに身体が拒んでいたのだ。
動きを封じたはずのシィクの、猛毒に塗れた尾が、アレンの腹に深々と突き刺さっていた。
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