3-15 激突する異形
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「嘘だろ……! シィク! 俺だ! わからないのか⁉」
「無駄無駄。身体を弄ったら心も一緒に壊れちゃったから。この子はもう私の命令通りに殺戮を繰り返すことしかできない人形よ」
シィクの姿に愕然とするアレンに向け、悪びれる様子もなく言ってのけた女神官。アレンは声にならない咆哮とともに肉薄する。
「……………」
しかし、その攻撃はシィクの脚に阻まれた。金属同士がぶつかったような音が響く。
「シィクッ⁉」
「よそ見なんて、つれないじゃない。ちゃんと相手してあげなさいな」
「お前が操ってるんだろうが!」
アレンが繰り出す攻撃の悉くが、シィクに阻まれる。背中に伸びる鋭利な尾がアレンを死角から襲った。
「くっ!」
間一髪で回避し、アレンは二人と距離を取る。
尾が元の位置に戻ったとき、無表情のシィクの口の端から、黒く濁った液体が零れ落ち、滴が触れた地面は煙を上げた。
「この子はお気に入りだったけど、肉体が限界なの。スコーピオンの毒と私が注いだ魔力で中はもうドロドロよ」
星皇神の加護を受けているエルトには、ある程度距離の離れているはずのシィクの身体から、淀んだ魔力が滲み出ているのが見えていた。
「ひ、ひどい……!」
「だから最後の命令をしたわ。アレン、あなたと、その周囲の人間を殺して、自分も死ねって。ま、獣骸装を引き剥がせば、元のシィクちゃんに戻るかもだけどね」
今度はシィクからアレンに仕掛けた。高く飛び上がり、矢のようなってアレンに強襲する。
「アレンさん、その人は猛毒の塊です! あの黒い液体に触れただけでも――!」
「うるせぇ! そんなことはわかってる!」
エルトの忠告を遮り、アレンはシィクをまっすぐに見た。
「やっと……やっと会えたんだ。この身に代えても、絶対に救い出す!」
アレンの脚から噴出する魔力が炎となって周囲を焦がす。
異形の脚を振るう二人の戦いの幕が上がった。
「ふふっ、せいぜい頑張りなさい。じゃあ、私は帰るから」
女神官は冷笑し、踵を返す。
「そうはさせんぞ!」
シャッドが叫び、草原の景色が一瞬でリンたちが最初にいた龍の魔峰の内部に戻る。
「ハイファ、お前をこれ以上野放しにはできん!」
「長いことほったらかしにしておいて……。いよいよ耄碌かしら、おじ様」
「かつてお前を討たなかったのはワシの甘さ! だが、今は違う!」
四肢を龍化させ、老体からは想像もできないほどの俊敏な動きで女神官に迫る。
「せぇやっ!」
シャッドの拳が女神官の顔面に向かう。女神官が右手で受け止めると、その威力に細い指はぐしゃぐしゃに捻じ曲がった。
「あら、意外と……」
「今だ! ルナ!」
「はい!」
合図を受け、壁際にいたルナが壁から伸びる鎖を引いた。それに連動して、龍の石像たちの目が光り、女神官を照らす。
「何を……っ!」
女神官は気づく。光を浴びた自分の身体が、少しずつ石化していた。
「あの時使えなかった封印術。それを長い年月をかけてお前に合わせて調整した。そのまま石像となれ!」
言われながら、なおも石化し続ける肉体。シャッドは祈るようにそれを見つめる
「そう、封印……」
女神官は静かにつぶやく。
「……道理で魔力の味が懐かしいはずだわ!」
一瞬で石化が解除され、女神官はシャッドを蹴り飛ばした。
「な――ぐおっ⁉」
「今の私にそんな生易しい封印が通用するとでも? 私の成長を見誤ったわね!」
伸ばされた女神官の腕に、石像たちから放たれる光が吸収されていく。
「酷い味……。お返しするわ!」
黒く反転した魔力光が女神官の再生した右手から発射され、一体の石像の頭を粉々に砕く。それだけで光の照射は止まってしまった。
「封印なんて考えず、消し去るつもりでくればいいのに。これもシャンの口添えなの?」
「シャッドさま!」
「ぐ、く……!」
駆け寄ったルナに支えられてなんとか起き上がるシャッドを一瞥し、女神官は虚空を撫でる。すると、現れた時と同じような空間の裂け目が発生した。
「ひとつ言っておくわ。私はもうハイファじゃないの。今の私の名前はネヴァン。覚えておきなさい」
「ネヴァン……。龍の王国に侵攻した、魔獣たちの女王か……!」
女神官――ネヴァンは自ら開いた亜空に足を踏み入れていく。
「シャン、それと新しいハイファ。生きていたらまた会いましょうね」
割れた空間は、時間が巻き戻るようにして元に戻り、ネヴァンの姿をハイファたちの前から消した。
「ま、待て……うぐっ!」
追いかけようとした脚から力が抜け、膝をついてしまうシャッド。
「ハイファさんっ!」
シャッドの横を抜けて、エルトがハイファに走る。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「エルト……リンは……?」
「ペックが助けてくれました。気を失ってるだけです」
「なら、よかった……」
微かに笑ったハイファは、ぐっと身体に力を込めて、ふらつきながらも自分の足で立った。
「エルトはペックと一緒にリンたちを守って。私は、戦わなくちゃ……!」
付け袖が地面に落ち、ハイファの異形と化す前の細腕が露わになる。エルトは慌ててその腕を掴んだ。
「待ってください! 無茶ですよ! あの中に飛び込もうなんて!」
「で、でも、アレンが――」
「震えてるじゃないですかっ!」
エルトの一喝で、ハイファは言葉を途絶えさせた。
「そんなに震えて、なにが戦うですか! 僕は、そんなハイファさんを戦わせたくありません!」
ハイファの前に出たエルトが錫杖を構える。
「今度は僕がハイファさんを守ります。いえ、守らせてください!」
地面を蹴ったエルトに手を伸ばしかけたハイファの横に、ルナが飛んできた。右腕はだらりと下がり、その肩口から血を流している。
「ここにいては、巻き添えになります……。こちらへ……!」
有無を言わさずハイファを残る左腕で抱き上げたルナが、荷台のそば集まっていたシャッドたちのもとへと戻る。
それを視認したエルトは、錫杖を強く握りしめ、アレンへと駆けた。
「アレンさん!」
「お前……⁉ なんで出てきた!」
シィクと足技の応酬を演じていたアレンが叫ぶ。
「子どもが出る幕じゃねえ! 死にたくなかったらひっこんでろ!」
「僕だって星皇教会の司教です! 悪しきものから人々を守る! それが僕の役目なんです!」
「なんだと……⁉」
シィクの攻撃を捌きながら一瞥したエルトの表情に、固い決意を見た。
「アレンさん! 上ですっ!」
「くっ!」
振り下ろしてきた尾を避け、エルトの隣に立ったアレン。
「見ろ! あんな化け物相手に無事で済むわけがないだろ!」
「考えなしに出てきたわけじゃありません! 僕なら、シィクさんを止められるかもしれないんです!」
脅して、睨みつけても、エルトは真っすぐに見つめ返してきた。それどころか、何か策があると言う。
アレンは、生来から子どもに弱い自分を呪った。
「……自分の身は、自分で守れよ!」
「はいっ!」
返事とともに、エルトの足元に魔法陣が広がる。
「で、どうするつもりだ」
「僕は魔法の準備をします。少し時間がかかるので、アレンさんはシィクさんの注意を引きつけてください」
「へっ……! あいつの気を引けってか。そいつは、俺の得意分野だ!」
再び激突するアレンとシィク。
エルトはその言葉の意味が少しだけ気になったが、今は目の前のことに集中することにした。
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