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3-14 追い求めた姿

お越しいただきありがとうございます!

「少年、お前はわかるな?」


 開かれた頁を見つめていたエルトは、顔を上げた。


「は、はい。『ハイファは龍の王国を追われ、人間たちの住む地へ戻った』と書かれていますね」

「これがハイファの憎しみの始まりだ。あやつは龍の王国へ戻り、自らを追放したワシら……龍を抹殺しようとしている。今はそのための力を蓄えているようなのだ」

「今はって、じゃあ、このハイファはまだ生きているってこと? 大昔の話じゃないの?」


 リンは自分の覚えている物語の内容との相違に、ひっかかりを感じた。その問いかけに、シャッドは簡単に答える。


「ハイファは魔法の才があった。しかも我ら龍の魔法も学んでおる。延命など造作もない。八〇〇年は生きているな」

「八〇〇……⁉」

「……どうしてハイファは、追放されたの?」


 続いたハイファの問いには、シャッドもばつが悪そうに唸った。


「さてな。ワシが知りたいくらいだ。なにせ、ハイファを追放したのは、そこに突っ立っとるかつての我らが王だからな」

 シャッドの目が、ハイファの後ろに立つシャンに向けられる。

「これまでの話の流れからすると、やっぱりシャンは本当に……」

「その通り。こやつも龍だ。だがハイファに自らの力の大半と本来の肉体を奪われ、そのような無様を晒しとる」

「その奪われた龍の身体を使ってできたのが、龍骸装ってわけだ」


 割って入ったアレンに一同の視線が集中する。


「アレン……お前は話を飛ばし過ぎるぞ」

「うるせぇ。ジジイがチンタラしてるからだろうが。ハイファ、さっきの話の続きだ。お前の腕も、俺の脚も、もともとはこいつのものなんだよ」

「私の腕が、シャンの……」


 十字の傷が走る腕を撫でるハイファを見て、リンは意を決して言葉を紡いだ。


「シャッドさん、この子の腕は、元に戻せないの?」

「それはなんとも言えんな。アレンの脚に付けたのはワシだが、外すことなど考えたことがなかった。龍骸装を造ったワシの盟友ならば、なにか知っているやもしれん」

「ったく、結構苦労してこいつらをここまで連れてきたってのに、肝心なところで情報不足だな」


 吐き捨てるように言ったアレンは、乱暴に椅子から立ち上がった。


「話を聞いて確信したぜ。あの女は龍瞳教団と獣骸装、それから残りの龍骸装を使って、ジジイどもが本来いる場所へ殴り込もうってんだな。そんなことのためにシィクを利用されてたまるか!」

「シィク……?」


 聞き覚えのない名前に、ハイファとリン、エルトは疑問符を浮かべる。シャッドは苦々しい表情でアレンを諫めようとした。


「アレン、確かにお前のように考えるのが妥当ではある。だが、わからんこともあるのだ。あやつはなぜ――」

「どうでもいい! あの女をぶっ潰して、シィクを取り戻す! それだけだ。ジジイもそれを知ってて、俺の脚をこうしたんだろうが!」


 アレンが声を荒げたその時、空間が大きく横に揺れた。


「な、なんですかっ⁉」


 エルトは立ち上がり、錫杖を構えて周囲を見渡す。だが、草原には自分たちの他に何もいない。


「うぅ……っ!」


 腕を抱いてうずくまるハイファ。


「ハイファ⁉」


 小さな体に寄り添ったリンは、自分にも伝わってくるその熱に戸惑った。


「な、なんなの、これ……⁉」

「リン……! 腕が、熱い……! 今までで一番、熱くて、痛い……!」

「シャッド様!」


 ルナが叫び、指で示した先。空間に亀裂が入っていた。

 その光景に、シャッドの顔は驚愕と焦燥に染まる。


「まさか、来たというのかっ⁉」


 亀裂は広がり、引き裂かれるように砕け散った。


「――久しぶりね。いつ以来かしら? こうして直接会うのは七十年ぶりくらい?」


 人が通るのには十分な大きさの穴をくぐって響いた、女の声。

 金色の髪が、風になびく。


「相変わらず、不格好な人間態ね。シャッドのおじさま?」


 夜色の装束に身を包む女神官が、草原に降り立った。


「よもや、結界を力づくで破るとは……。いよいよ野蛮になったな、ハイファ」


 シャッドの言葉にリンは耳を疑う。


「あの人が、ハイファ……?」


 目の前に現れたこの女性が、自分の思い出として刻まれている物語の登場人物その人なのだと、にわかには信じられなかった。


「見ない顔がちらほらいるわね? って、あら?」


 女神官の赤い瞳が、ハイファを捉る。


 下から上へ、舐められるように見られたハイファは、思わずリンの腕を自分に引き寄せた。


「……ふふっ」


 女神官の口の端がひくつく。一秒後、その口から哄笑が響いた。


「あっははは! なぁに、性懲りもなくまだそんなことやってるの?」


 女神官の肉体が溶けて地面に沈み、一瞬にしてハイファとリンの眼前に出現する。


「あの神殿以来ね。と言っても、あなたは覚えてないかしら」


 咄嗟のことに、声を作れないハイファ。


「ハイファに近づかないで!」


 立ち上がったリンが女神官に詰め寄る。


「威勢がいいのね。でも、噛みつく相手は選びなさい?」


 額を指で軽く弾かれた。それだけのはずなのにリンの身体は宙に浮いて、地面にぶつかる直前に間一髪で駆けたペックが受け止めた。


「リ――」


 リンを追おうとしたハイファの頬に、女神官の手が触れる。冷たい。氷のように冷たい。


 一瞬がとても長い時間に引き伸ばされる感覚のなかで、女神官の目を見てしまったハイファの心には、言いしれない不気味さが芽生えた。


「その服、着心地が良いわよね」


 その声で鼓膜を震えるだけで、内臓を握られたような嘔吐感が込み上げる。腕の異常な熱さと、背中を貫くような悪寒で、気がどうにかなりそうだった。


「そんな身体で、龍の傀儡なんてものにされた気分はどう?」

「龍の、傀儡……?」


 ハイファの反応を見て、女神官から笑みが消える。


「……ちょっと。まさかこの子、何も知らないの?」

「離れろテメェ!」


 やや憮然とした声がシャッドに向けられると同時に、シャンの剛腕と龍骸装を発動したアレンの蹴撃が女神官に襲い掛かった。


「もう、乱暴なんだから。でもシャン、あなたにもらえるものはなんだって嬉しいわ」


 女神官はハイファ達から少し離れた場所に文句とともに生え出る。その身体にはかすり傷ひとつない。


「は……ぁ……!」


 金縛りから解放されたハイファは全身から汗を噴き出し、両手を地についてしまう。


「あらあら、震えちゃって。可愛い」


 ハイファに触れた手の指を自分の唇にあてる女神官の頭上が、ふっと暗くなる。

 見上げると、メイド服を翻し、猛禽の如く翼を広げたルナが突進してきていた。


「龍に仇なした野蛮な人間め!」

「いかん! やめろ、ルナッ!」


 シャッドの声が弾け、ルナの鞭のようにしなる尾の一撃が炸裂した。


「ふぅん?」


 ルナの尾を掴んだ女神官は、その鱗の色を見て微笑した。


「あなた、レグトルフィンの血統の生き残りね? その知恵が売りなのに、いきなり攻撃してくるなんて、それこそ野蛮じゃなくて?」

「黙りなさい!」


 身をひねったルナが足技を繰り出すが、投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「まったく、ちょっと顔を出したら寄ってたかって……。まあ、無視されるよりずっといいけど」

「答えろ。何しに来やがった!」


 敵意を剥き出しにしたアレンが叫ぶと、女神官は余裕たっぷりに笑ってみせた。


「私はどこかの誰かと違って約束は守るわ。だから、連れてきてあげたのよ」


 なおも砕けていた空間から、ゆらりとひとつの人影が出てくる。

 アレンは身構えたが、白いローブに包まれたその姿に、嫌な胸騒ぎがした。


「よかったわね。感動の再会よ?」


 ローブが音もなく地に落ちる。その瞬間、アレンの表情を驚愕が塗り潰した。


「シィク……!」


 純白の装束を着た、黒髪の乙女。


「シィク! 本当に、シィクなのか⁉」


 同じ名前を繰り返すアレン。


「あの人が……」


 ハイファとエルトは、アレンが口にしていた名前の持ち主に、どこか違和感を覚えた。

 シィクの顔に、生気を感じられないのだ。


 女神官はわざとらしく肩をすくめる。


「疑り深いのね。約束は守ると言ってるじゃない。本人よ、本人。――で、も」


 女神官が指を鳴らす。

 それに合わせて、シィクの足元から赤黒い魔力が迸った。


「全部が全部元通りってわけには、いかないのよねぇ。ふふふ……!」


 純白の装束を闇が蝕み、大きく開いた目が震える。


「シィクに何を……まさかっ!?」

「そう。今のこの子は宣教師。それもとびきり強力な、《スコーピオンの毒刃》の使い手よ!」


 シィクを飲み込んだ魔力が霧散する。

 アレンの前に現れたのは、細い脚を異形と化し、先端が鋭利な尾を蠢かせる変わり果てた宣教師(あいするもの)の姿だった。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


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