3-13 古代より
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「ルナ、茶の用意を頼む。ああ、無論、人間用のな」
「承知しました」
振り返った老爺はハイファたちがその場から動いていないことに気づき、招くように手を上下した。
「ほれ、何をぼんやりしておる。座れ座れ」
言われるがまま、草原には少しばかり豪奢な椅子に腰を下ろす一行。シャンだけはハイファの背後に立っていた。
その様子に何か言いたげな顔をしつつ、老爺はさて、と切り出した。
「改めて名乗らせてもらおう。ワシはガリ・シャッド。龍の魔峰を守護している。気軽にシャッドと呼ぶがいい。その方がワシも収まりがいいからな」
「おいジジイ」
老爺―シャッドの言葉を無視して、アレンは仏頂面で呼びつけた。
「どういうことだ、あの村は。なんであんな仕掛けにした」
アレンはこれまで自分たちを導いてきた地図をテーブルに叩きつける。
「あんな悪趣味に付き合うなんて聞いてねぇ! 俺への当てつけのつもりか!」
シャッドはため息をひとつして、地図を手に取った。
「仕方なかろう。あの場所が一番近かったのだ。思い出したのもお前が行ってからだったわい」
「ね、ねえ、二人だけで話を進めないでもらえない? 私たち、何も知らなくて、何から知ればいいのか……」
割って入ったリンの言葉に、シャッドは、ふむと小さく唸った。
「まあ、それもそうかの。アレンからは何も聞かされておらんようだしな」
視線を向けられたアレンは、舌打ちをしてそっぽを向いた。
「まずは、お前たちが何に巻き込まれているかを教えねばな」
リンはごくりと唾を飲んだ。
「お前たちは、ある女の復讐に巻き込まれている」
「復讐?」
「人を憎み、世界を呪い、龍を愛した女だ。その名は――ハイファ」
「え……⁉」
シャッドが口にした名前に、リンは思わず隣に座る少女を見た。その挙動はシャッドも予想していたようで、皺だらけの大きな手をひらひらと振った。
「ああいや、違う違う。その娘はこの件の一番の被害者と言っていい。名前が同じなのはワシも驚いたがな」
「別のハイファってこと?」
「むぅ、人間の頭の回転の悪さは変わらんな……。お前たち、ここに来る前にいた村で何か渡されなかったか?」
思い至ったエルトはリンに耳打ちした。
「リンさん、もしかしてあの本のことじゃないですか?」
「『龍姫物語』? じゃあまさか、ハイファって……」
リンの発言に、シャッドは頷く。
「そうだ。お前たち人間たちが物語として語り継ぐ、あのハイファだ」
「物語に出てくる人の復讐に、私たちが巻き込まれてる……?」
一番の被害者と言われたハイファがつぶやくと、シャッドはさらに言葉を重ねた。
「そこが根本的な認識の違いだな。創作物などではない。あれには実際に起きたことが記されている」
再びシャッドが何もない空間に手を伸ばす。するとその手の上に分厚い書物が落ちてきた。
テーブルの中央に置かれたのは、間違いなくリンたちがザルシから譲り受けた『龍姫物語』であった。
「みなさま、お茶が入りました」
そこに、ルナがテーブルに座る人数分の陶器製のカップを運んできた。
リンたちの前に出されたカップには、琥珀色の液体が注がれ、湯気を立てている。
「遠慮せず召し上がってください。茶葉はちゃんと人間の街で買ったものですから」
「は、はあ。では……」
リンやハイファ、アレンに先んじてカップを持ち上げたエルト。そのままカップを傾け、中の液体を飲む。
「……ングブッ⁉ ゲホゲホッ!」
直後、エルトが突然咳き込んだ。
「ちょ、ちょっとエルト、どうしたの!?」
「エルト、大丈夫?」
「ず、ずびばぜん……。でも、このお茶……!」
カップを置いたエルトは、驚きに満ちた表情で続けた。
「飲んだ途端、急に本の文字がわかるようになったんです……!」
その発言に、シャッドがにやりと笑った。
「ほう? ルナ、気が利くな」
「はい。みなさまの様子から、おそらくこの書物の文字を読むことはできないと思いましたので」
「な、何を飲ませたの⁉」
リンが問い詰めると、ルナは当たり前のことのように回答した。
「普通の紅茶です。ただ、みなさんの分にはわたくしの血液を混ぜました」
「なんてもの飲ませてんのよっ!」
「わたくしは叡智の龍——レグトルフィンの血を継いでいます。身体の一部をほんの少しでも取り込めば、わたくしたちの使う言語などはすぐにわかるようになりますので」
「うう、変な感じです……。読めないのに頭に意味が浮かんできて……」
軽い頭痛に顔をしかめるエルト。
エルトのことも心配だったが、リンはそれ以上に気になってしまった。
「……今、さらっとすごいこと言わなかった? 龍の血を継ぐって」
「ルナさんは、龍なの?」
リンと同じ思考だったハイファがルナに単刀直入に尋ねた。
「ルナで構いませんよ。その通り、わたくしは龍です」
こともなげに、またしてもルナはあっさりと答える。
「シャッドさま、よろしいですね?」
「ああ。どのみち明かすことになっただろうからな」
「では……んっ」
シャッドの許諾を得たルナの背中から、黄色い鱗に覆われた一対の翼と、長くしなる尻尾が生えた。
「すごい……」
「ワシもルナも龍だが、ゆえあってこうして人間の姿をとっておるのだ」
そう言うシャッドの腕も、緑色で太く武骨なものに一瞬だけ変わると、すぐに元の人間の腕に戻った。それに合わせてルナと翼と尾も消える。
「そういうわけだ。ほれ、ぐいっといけ。そうすれば内容がわかるようになるぞ」
リンたちにも勧めつつ、シャッドは自分の紅茶を飲んだ。
「え、遠慮しておくわ……」
「うん。私も、ちょっと……」
曖昧な笑顔で龍の体液の摂取を回避するリンとハイファ。そこにアレンの苛立った声が差し込まれる。
「おい、話が逸れてるぞ。とっととあの女の話をしやがれ」
「おお、そうだったな。一人でもお前たちに解読できるやつがおれば、まあ問題はないか」
カップを置いたシャッドは、再び真剣な顔つきに戻った。
「ハイファの復讐というのは、ほかでもない。ワシら龍を全て滅ぼすことだ」
「龍を滅ぼす? ハイファは、龍といつまでも幸せに暮らしたって……あ、そっか。違うんだ……」
「リンとかいったな。お前がいつの時代に作られた物語を読み聞かされたかは知らないが、ハイファが龍の王国にいたことは知っているか?」
「ええ。一応は」
「お前の知る物語は残念だが真実ではない。見ろ」
シャッドが、リンたちが手に入れたものよりも劣化が進んでいる『龍姫物語』を開く。
頁に並ぶ文字列のそばに、かろうじて人と龍だと認識できる絵が載っていた。
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