3-12 老龍ガリ・シャッド
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龍の魔峰へ到着したリンたちは、岩山には場違いなメイド服の少女――ルナに先導され、岩に囲まれた道を進んでいた。
「……うっぷ」
荷台で揺られていたエルトが、青ざめた顔で口元を押える。
「エルト、大丈夫?」
エルトの異変に気づいたハイファは、ひとまず彼の背をさすった。
「リン、エルトが気分悪いみたい」
荷台を引くペックの手綱を握るリンがハイファの呼びかけに振り返り、エルトの様子にぎょっとした。
「え、やだ、乗り物酔い? どこかガタついてたかしら?」
行商として荷台の扱いには自信があったリンは、荷台の不具合を疑った。
「い、いえ……。そうじゃないんです」
「じゃあ、どうしたってのよ」
「感じませんか? 空気の中にとても濃い魔力が含まれているんですよ。それにあてられてしまって……」
「濃い魔力? なにも感じないわよ? ハイファ、あなたは?」
リンの問いにハイファはふるふると首を左右に揺らした。
エルトは顔を蒼白にしたまま、さらに言葉を続けた。
「考えてもみてください。ここはかなりの高地なはずなのに、息苦しくないでしょ?」
「あ、言われてみれば……! ここまで色々起き過ぎて、考えもしなかったわ!」
「おそらく、ここの空気を地上と変わらない濃度に保つように、魔法が使われているんだと思います。でも、風を呼ぶならまだしも、空気を作り出すのはかなり難しいはずで……」
「……だそうだ。ルナ、どうなんだそこんとこ」
ペックの前を歩き、エルトの言を聞いていたアレンは、先頭を歩くルナに話を振る。
「概ねその通りです。この山全体が、我が主の魔力によって人間が生存できる環境に作り変えられています。そのうち身体が慣れますよ」
「そんなことが……⁉」
エルトはルナの言葉に、この山の主がとてつもない魔力を持っていること理解した。
「ったく、ジジイの野郎、妙な仕掛けをこさえやがって」
「以前、アレンさまにもご説明したはずですが」
「ンなもんいちいち覚えてられっか」
やがて一行は道の終点に到着し、山肌に埋め込まれた扉の前に立った。
「大きい……」
ハイファはその大きさにコンベルの街でこじ開けた門を思い出した。
「少々お待ちください」
前に出たルナが手を添えると、扉は物々しい音を立てて動き、一行が通れる程度にだけ開いた。
「どうぞ」
そう言って再び進みだしたルナに続いて、アレンが内部へと足を踏み入れる。
最後尾のリンの荷台が扉を越えると扉が閉まり、壁に等間隔で浮かんだ青白い光球が洞窟のような内部を照らした。
「この先です」
ルナに続いて通路を進む。荷台のほろから顔を覗かせたハイファは、月明りの下の夜道のような洞窟に視線を巡らせる。
「広いね。リン」
「そうね。でも、広いって言うか……大きいわ」
リンは天井の高さに不思議な違和感を覚えていた。
「自然にできたものって感じじゃないけど、それにしたって大きすぎるわ」
左右を見ても、壁の端から端までは大きな都市の道路ほどある。
「なんだか私たちが小さくなったみたい」
冗談めかしたリンの声の反響に、ルナが反応した。
「そう感じられるのも無理はありません。ここは、龍に合わせて作られていますから」
「へえ。龍に合わせて……龍?」
ルナの口から出た言葉に、リンは思わず復唱してしまった。
「この地にはかつて、多くの龍が住んでいましたから」
「ど、どういうこと? もしかして、絵本みたいな龍の王国があったわけ?」
ルナはリンにどこか残念なものを見る目を向け、それから同じ目でアレンを見た。
「アレンさま、ここまでの道中、こちらの方々に龍の魔峰についての説明は?」
「してねぇよ。俺もあんまり知らねぇし。ジジイにさせればいいだろ」
ルナは微笑を浮かべて頷き、アレン達から隠すように顔を正面に向けた。
「はあ……。度し難い」
「あ? なんか言ったか?」
「いえ。別に」
「言ったろ。ボソッと。俺をバカにしただろうが」
「気のせいです」
そう言ってルナは足を動かす速度を上げる。その速さは凄まじく、アレン達を一気に引き離した。
「あっ、おい待て! 逃げるな!」
「ちょ、ちょっとちょっと! 置いてかないで!」
ルナを追いかけて通路を進むと、吹き抜けの天井から陽光が注ぐ広い空間に出た。
短い間に昼と夜を何度も繰り返したと誤解したリンの網膜がわずかに痺れる。
円形の空間の壁には、龍の石像が等間隔に並んでいた。
「待っていたぞ、アレン」
高いところから降ってくる声。
「この声……! ジジイ!」
アレンとほぼ同時に顔を上げたリンが見たのは、瓦礫の上に腰を下ろす、小柄だが岩のように屈強な身体つきの老人。ルナは瓦礫の傍に控えていた。
「遣い、ご苦労だったな」
この老人が、ガリ・シャッド。龍の魔峰の主。直感したリンの手に力が籠もる。
「言いたいこともあるだろうが、まずは確認だ。その者が腕の所有者か?」
鋭い眼差しがリンに伸びる。リンは老人の顔に額から左目にかけて大きな傷が走っていることに気づいた。
彼の言う『腕』というのが、ハイファの龍骸装のことだと理解することに、時間はかからなかった。
「私です」
エルトと共に荷台から降りていたハイファがアレンの横に立ち、名乗り出る。
「ほう。……うん?」
ハイファの姿を認めた顔の片眉が上がった。
「おい、その服はどこで手に入れた?」
「服……? これはコンベルで、リンに買ってもらって……」
予想外の問いかけにハイファはリンに振り向く。同じく質問の意図がよくわからなかったリンは、あることに気づいた。
「……あっ! 顔に大きな傷がある変なおじいさん!」
コンベルの服屋の店主が言っていた容姿の特徴と、完全に一致していた。
「この服をあの店で売ったの、あなただったのね!」
ハイファから視線を外さない老爺は、外見からは想像できないほど軽い身のこなしで瓦礫から降り、ハイファの前に立った。
「お前、名は? 名はなんという?」
最初とは打って変わって、どこか軽妙な物言い。
困惑しながらも、ハイファは確かに答えた。
「ハイファ、です」
「なにぃ?」
「そんなっ?」
名乗った途端、老爺だけでなくルナまで色めき立った。
「え? え……?」
名乗っただけなのに驚かれ、ハイファはいよいよ混乱してしまう。
「ふ、ふふ、ふっはっはっはっ! こりゃ傑作だ! そうか! ハイファか!」
突然、自らの膝を叩いて大笑いしだした老爺。
「笑い事ではありませんよ。シャッド様」
ルナに諫められても、笑い声は止まらない。
「これが笑わずにいられるか! ハイファなのだぞ! 流石のワシもそこまでは狙ってはおらんかった! ははははは!」
あまりに笑うので、エルトはハイファが馬鹿にされているように思えて、いい気がしなかった。
「ちょっと。人に名前を聞いておいて、失礼ではありませんか」
「すまんすまん。だが……こりゃ一体どういうことだ? シャンよ」
「え……⁉」
老爺の視線が、驚愕に目を見開くリンの後方、荷台へと動く。
荷台で一番大きな箱が動き、隙間から飛び出した黒煙が、ハイファの傍で大男の姿を形作る。
「おうおう、お前までそんな姿に成り果ておって。かつての威厳はどこへ行った?」
身の丈が自身の三倍近いシャンにまったく臆することのない老爺に、リンたちは動揺を隠せない。
「どうして、シャンのことを?」
ハイファが尋ねると、老爺は目を細めた。
「こんな所ではなんだ。場所を変えて話そう」
そう言うと老爺が指を鳴らし、殺風景だった空間が突然、広大な草原に変わった。
「え、な、なにっ? 私たち、洞窟にいたわよね……!」
驚いたリンが周囲を見る動きに合わせて、彼女の夕日色の髪が風に躍る。
「なに、龍の魔峰と繋がったどこかだ。ここなら邪魔は入らん」
しわがれた手が虚空に伸びると、歪んだ空間の向こうからテーブルと人数分の椅子が現れた。
「ここに来るまで苦労しただろう。もてなしのひとつでもさせてくれ」
呆然とするハイファたちを前に、老人は愉しそうに笑うのだった。
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