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3-11 龍の魔峰へ

お越しいただきありがとうございます!

 虚無に放り出されたリンたちは、一瞬の浮遊感の後、グン、と下に引き寄せられた。

 耳元で鳴る風の音で、現在の状況を理解したエルトが叫ぶ。


「お、落ちてる! 落ちてます!」


 リンはそばで自分たちと同じく落下していくアレンに視線を運んだ。

 まだ届く。そう判断して手を伸ばした。


「アレンッ!」


 それに気づいたアレンも手を伸ばす。だが、もう少しのところで届かない。


「まだぁっ!」


 鞍に片足をひっかけ、さらに接近。リンは見事にアレンの手を掴んだ。


「やった! ――うわぁ⁉」


 快哉を上げた直後に引っかけていた足が鞍から外れ、リンも虚空に投げ出されてしまった。


「リン!」


 即座に反応したハイファが、荷台から飛び出そうと足に力を入れる。

 突然、灰色の地面が現れた。


「きゃっ!」

「いてぇっ!」


 リンとアレンはそのまま地面に転がり、ペックはなんとか姿勢を崩さずに着地する。

 荷台にいたハイファとエルトは、揺れを感じてふらついたが、シャンだけは不動のままだった。


「こ、ここは……? 僕たち、助かったんですか?」

「リン! アレン!」

「あっ、待ってくださいハイファさん! 僕も行きます!」


 荷台から降りたハイファとエルトは、リンたちに駆け寄り、その身体を起こすのを手助けした。


「リン、大丈夫?」

「いたた……。ええ。平気よ。ペックも無事ね。にしてもなんだったの、一体……」


 リンの無事を確認してすぐに、ハイファはリンの横に見覚えのある石像を見つけた。


「これ、あの道で見た……」

「え……? あ、本当ね」


 リンもすぐに石像を視界に入れるが、山道で初めて見たものとの違いをはっきり口に出した。


「でも、私たちが見たのよりも()()()()()()()

「さっきまで夜のはずだったのに、急に明るくなりましたね。だけど、すごい霧です」


 アレンを抱え起こしながら周囲を見回したエルトは、決してよいとは言えない視界に不安げな表情を作る。


「いや……警戒する必要はないぜ」

「アレンさん?」

「この風景には、見覚えがある。ここは――」

「ようこそおいでくださいました」


 前方から何者かの声に、リン、ハイファ、エルトが身構える。

 霧の奥から出てきたのは、一人の少女。

 青みがかった髪をふたつに束ね、小柄な身体に柔らかい質感の深緑の衣服を纏い、その上からエプロンドレスを着ている。

 その出で立ちに、リンは覚えがあった。


「え、なに? こんなところに、メイドさん?」


 取引先などでたまに見かける女中。メイド。それが、この霧が渦巻く謎の地にいる。

 ただでさえ多い疑問符が一つ追加されたところで、スカートの端を持ち上げ、恭しく頭を下げた少女は、静かな口調で一行に告げた。


「お初にお目にかかります。わたくしはルナイラ。どうぞお見知りおきを」

「は、はあ」


 間の抜けた返事をしてしまうリン。アレンは小さく笑って立ち上がった。


「よう、ルナ。相変わらずのメイドっぷりだな」

「アレンさまこそ、お変わりないようで」


 ルナと呼ばれた少女は顔を上げてアレンに応える。

 二人のやり取りがどう考えても知り合いのそれで、リンはますます混乱した。


「え、ええっと、アレン? このメイドさんと知り合いなの?」

「まあな。それより、どうやら本当に着いたみたいだぜ。俺たち」

「着いたって……じゃあ、ここが⁉」


 合点がいったリンが、思わず声を大きくする。


「みなさま、どうぞわたくしについて来てください」


 ルナの声の後、一陣の風が視界を遮る霧を吹き飛ばした。


「我が主、ガリ・シャッドがみなさまをお待ちしております」


 青空と、高くそびえる岩山が、一行の眼前に飛び込んだ。


※※※


 リンとハイファにとって始まりの街であったトレリア。そして二人が目的地に定めた東の果て、リューゲル。

 その中間に、サルタロはある。

 星皇教会の庇護の下で発展した都市は、信心深い住民たちが穏やかに暮らしていた。

 そして、この都市の中心にそびえる白亜の建物こそ、星皇神イミルセスを祀る教会第三の規模を誇る神殿であった。

 神殿の内部には教会の関係者のみ立ち入りが許される区画がいくつかあり、その一つである書庫に、エルトの師匠にして大司教のラティアはいた。


「………………」


 机に書物を積み上げ、両手に開いた本を黙読するその姿は、事情を知らない者が見れば熱心な読書家であると受け取られるだろう。

 しかし、当のラティアは自分の捜索隊が使った転移魔法で帰ってきたばかりで、彼女の行動には事情を知る者は首をかしげていた。


「どこにも載っていない……」


 本を閉じ、ため息を漏らす。

 ラティアが目を通していたのは、龍に関する記述のある文献。

 探していたのは、『ハイファ』と『龍の魔峰』という言葉だった。

 しかし手に取った書物はどれも空振りで、この二つの言葉の記載は無い。


(あの少女、いったい何者なのでしょうか?)


 恩人であるリンや弟子のエルトが信頼を寄せていることは理解している。

 だが、あの遺跡で魔獣と見紛うほどの禍々しい魔力を発していた少女が、ラティアには気がかりでならなかった。


「龍が関係しているならば、何か手がかりがあると思ったのですが……」


 次の本に手を伸ばした時、背後の扉が開く音がした。


「し、失礼します。大司教(アル・プリストス)


 扉の向こうから、丸い眼鏡をかけた若い女性司教(プリストス)が現れる。

 いくらか緊張が混じった表情をラティアに向けるその司教は、この書庫の管理を任されている者だった。


「捜索隊から報告を受けた教皇(ハイロメント)さまが、あ、あなたと直接お話がしたいと仰っています」


 ラティアは教皇である妙齢の女性の顔を想起し、思わず苦笑した。


「やはり、顔を見せないと安心してくれませんか」

「いったい何をお調べなのですか? 戻って来られたと思ったら、すぐに書庫に飛び込んで」


 近寄ってきた司教の言葉に、ラティアは質問で返した。


「たいしたことではないのですが……。あなたは、ハイファという名前に聞き覚えはありますか?」


 問われた司教はずり落ちた眼鏡を上げて、考えるように虚空を見た。


「そうですね……。思い当たるのは、絵本の主人公でしょうか」

「絵本、ですか?」

「ええ。ハイファは絵本の主人公の名前ですよ。私、孤児院の子どもたちに読み聞かせをするんですけど、前にその絵本を使いました。少々お待ちください。確か、このあたりに……」


 ラティアから離れた女性司教が、整然と並ぶ本棚の森に潜り、すぐに戻ってきた。


「ありました。こちらです」


 十数枚の紙を綴じた本を受け取り、ラティアは表紙に記された題名に目を落とす。


「『龍姫物語』……。どういったお話なのでしょう?」

「悪い魔獣に襲われる龍の王国を、人間の女の子が救うお話です」


 聞きながら本を開くと、確かに龍に乗った少女が魔獣の群れを撃退する姿が描かれた頁があった。


「……『こうして、ハイファは龍たちといつまでも幸せに暮らしました』……」


 最後の文を読み、本を閉じるラティア。


(やはり、私の思い過ごしだったのかもしれません……)


 そう結論づけようとした矢先、女性司教が口を開いた。


「でもこの絵本の内容って、読書好きの間ではある噂が流れてるんですよ」

「噂?」

「なんでも出回っている絵本の内容は後から作られた偽物で、この世界のどこかに本当の龍姫物語が記された書物があるとか」

「本当の物語……」


 確かに、実話や神話をもとにした絵本ならばその可能性は高い。それがこの言葉にしがたいひっかかりを生み出していることに関係しているかもしれない。

 ラティアは表紙を手で撫で、調査を続ける意思を固めた。


「ところで大司教、なぜ急にそのような話を? 調べていたことと関係が?」


 当初の疑問に立ち返った女性司教に微笑み、ラティアは本を返した。


「ありがとうございます。またその知識を借りることになるかもしれません。その時は協力してくださいますか?」

「え……ええ! 私でよろしければ、いくらでも! あ、私、ロマリーと申します!」

「ありがとうございます。ロマリー。では、教皇のもとへ参りましょうか」

「はい!」


 ラティアはロマリーと名乗った女性司教と共に、書庫の出口へ向かう。

 数歩後ろを歩くロマリーからは見えてはいないが、ラティアの目は真剣な光を宿していた。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


感想、レビューも随時受け付けております!

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