3-10 繰り返されてきた悲劇
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「アハハハハハッ! それそれそれぇ!」
身体の一部のように自在に振るう女の大剣の連続攻撃を、アレンは回避することに徹する。
攻撃が止んだ一瞬の隙に、アレンは後ろに跳んで距離を取った。
「驚いちゃった。私と似たような力を持ってるのね! でもヒラヒラ避けてばっかりで、あなた、踊り子さんみたいだわ」
肩に大剣を乗せた女の挑発めいた言葉に歯噛みし、アレンも声を張り上げた。
「どうしてこの村を狙った! こんな小さな村で無差別な殺戮をして、何になる⁉」
女はきょとんとした顔で、首をかしげた。
「『どうして』? 変な人。理由なんてないわよ」
「なんだと……!」
「でも、そうね。強いて言うなら、楽しそうな声が聞こえたから? ウフフ、良いわよね、楽しそうな声。殺したくなっちゃうもの!」
「……っ!」
アレンの目が大きく開かれ、だらりと腕が垂れる。
「お前らがご大層に掲げる龍瞳教団の教えすら、守っちゃいないわけか……」
つぶやいた声に、女は眉をひそめる。
「あなた、さっきから変なことばかり言う。なに? りゅーどーきょーだんって」
しかし、アレンからはもう女の声をまともに聞く理性は消し飛んでいた。
「お前はもう……喋るなあぁあぁぁああぁっ!」
「アハハッ!」
戦闘の再開に女の目が血走り、アレンの蹴撃を迎え撃つ。
受け止めた瞬間、鈍い音が響いた。
「ハハ……は?」
分厚い鉄板のような大剣に、亀裂が走った。
「俺はお前たちを許さない! 勝手な理屈で人を殺し、命を弄び、幸福を奪い去っていくお前たちを!」
攻勢に転じたアレンの猛攻撃に、女の顔から笑みが消える。
「あなただって、誰かを殺すためにその力を持ってるんでしょう?」
「喋るなと! 言ったはずだぁっ!」
言葉を乗せた一撃が、大剣を砕き割る。
「ふんっ!」
顔を驚愕に染める女の腹部に、アレンの蹴りが直撃した。
「がふっ……!」
蹴り上げられた女が宙に舞い、睨みつけるアレンの異形の脚が闇を噴き出し、アレンを空中へ打ち上げる。
アレンが女の上を取ると、異形の鉤爪が巨大化。まさしく龍の爪となって、女を掴んだ。
「これで――、終わりだっ!」
今度は地上に向けて闇を噴射し、もろともに広場中央で燃え盛る炎に飛び込んだ。
「ぎあああああああっ!」
凄まじい轟音と共に巻き上がった炎が龍骸装の放つ闇の色に蝕まれ、絶叫が木霊する。
「アレン!」
「アレンさんっ!」
炎の中にいるはずのアレンを案じてリンとエルトが叫ぶ。
すぐに黒炎は消え、中からアレンと、全身を焼かれアレンに踏みつけられた女が現れた。
リンたちはアレンの無事に安堵するよりも、その凄惨極まる光景に息を呑んだ。
「あ、は……はは……!」
焼けただれた皮膚から煙を上げながら、女はまだ意識を持っていた。
「負け、た? 私が……?」
「ああ。お前の負けだ」
冷たい眼差しを向けるアレンに、黒く焦げたことでより際立つ大きな瞳を向ける女。
「――アハッ!」
大きく舌を出し、嘲りを込めた邪悪な笑みをアレンにぶつけた。
「……あばよ」
アレンは引導を渡すべく、僅かに上げた足を女の顔へ動かす。そして、踏み潰――消えた。
踏み潰すより先に、女の姿が砂となって崩れ去った。
「な……⁉」
空を切った足が地面につき、アレンは動揺を隠せない。
「きっ、消えた⁉」
「どうなってるの⁉」
「どこかに、逃げた?」
それは見ていたリンやエルト、そしてハイファも同様だった。
「いや。これでいい」
ただ一人、ザルシだけは違った。落ち着きはらい、静かに、言葉を紡いでいく。
「あの女はついに倒れた。我ら全員が束になっても勝てなかったが、とうとう彼がやってくれた。これで、私の役目は果たされた」
万感の思いが籠った言葉だが、リンたちにはその真意が全くわからない。
「ごめんなさい。その、さっきから何を言ってるの?」
「すまないが、少し待ってくれ。別れを済ませたい」
「別れって……?」
答えることなく、膝を折ったザルシは傍らにいたエノの両肩に手を乗せた
「エノ、おじいちゃんもやっとそっちに行ける。そうしたら、今日の続きをしよう。村のみんなで、うんと楽しいお祝いをしよう」
感触を確かめるように、皺だらけの手が、柔らかい頬を撫でる。
「おじい、ちゃん?」
直後、エノの首に赤い線が走り、その頭が重力に従って肉体から離れた。
「あ……」
頭が地面に落ちる寸前、先ほどの女と同様に、エノという存在が砂になって消える。
「ひ……っ⁉」
「うそ……!」
「い、いつの間に攻撃が⁉」
愕然とするハイファたちに、ザルシは淡々と告げる。
「エノは、最初に死んだとき、こうして首を斬られて死んだ。だから、どうあってもその死に方は変えられない」
手の中に残った砂を握りしめ、ザルシは声を震わせて涙を流す。
「痛かったろうに、怖かったろうに。私は、何もできなかった……!」
そして、連鎖するように、広場に留まっていた村人や、すでに事切れていた村人がその形を失っていった。
「村の人たちが、消えていく……!」
「見て! 人だけじゃないわ! 建物まで、どんどん消えていく!」
「おい、爺さん!」
脚を元に戻して駆け寄ってきたアレンが、ザルシの胸ぐらを掴んだ。
「あんた、やっぱり俺たちに何か隠してやがったな!」
「……すまなかった」
「勝手に謝ってんじゃねぇ! ちゃんと説明しろ!」
胸ぐらを掴まれたまま、老爺は崩れていく村に視線を移した。
「この村は、とうに滅びていた。娘の婚姻の宴の日、あの女の襲撃に遭い、私以外の村の者は全員殺された。私もあの女の手にかかりそうなった時、それは現れた……」
「何のことだ!」
「龍だよ」
その一言に、アレンは身体を強張らせ、老爺を掴む手を放した。
「龍は私を助ける代わりに、契約を持ちかけた。龍の魔峰への道を探る者が現れる時まで、龍姫物語の書物を守り続けろと。私が契約を受け入れた次の瞬間、その日の朝に時間が戻っていた」
「時間が戻る……? まさか、時間遡行魔法⁉ 現代では使える者がいない大魔法ですよ!」
ザルシの目が、炎の消えた木組みに動いた。
「全てが元通りになったのかと思ったが違った。どう回避しようとしても、決まった時間にあの女が現れ、殺戮を行う」
僅かに残った砂の小山に老爺は拳を固める。
「家族で村を出ても、私の目の前で突然身体が切り刻まれて死ぬ。村人に協力をあおいで迎撃しても、魔法も使えない私たちは歯が立たず、時間がくればまた皆が死んだ。そして、私は気を失い、同じ日の朝に戻る。真っ先に私が死のうとしても、結果は変わらなかった……」
リンはにわかには信じ難い情報の連続に軽い眩暈を覚えながらも、ザルシに質問を投げた。
「ま、待って。ちょっと待って! じゃあ、お爺さんの話が全て本当なら、私たちもその繰り返しの中に知らない間に組み込まれてたってことなの?」
「いや。それはない。君たちという要素は、これまでの繰り返しにはなかった。あの女が死ぬという結末も、今までなかったからな」
「何度も繰り返してきたような口ぶりだが、あんたはいったい何度この日を繰り返している」
「さあな。記録しようとしても全て朝になれば消えてしまう。数えることは、とうにやめた。おそらく十年や二十年では足りないだろう」
そう語る老爺の顔がひどく疲れて見えたエルトは、自分が行きついた結論に恐ろしくなった。
「では、あなたはこの光景を……この惨劇が起こる今日という日を、ずっと繰り返していたっていうんですか⁉」
「その通りだ。若い司教よ。驚いたぞ。その信仰は、連綿と続いていたのだな」
一際大きい揺れが起こり、地面さえもが崩落を始めた。
本来、土があるはずの場所には何もない虚無が露わになっている。
虚無が足元まで迫り、ハイファはつま先を引いた。
「ハイファ! エルト! 荷台に乗って! こうなったらそこが一番安全よ!」
「う、うん……!」
「はいっ!」
「アレンもお爺さんを連れて荷台に!」
ペックに跨ったリンに叫ばれ、アレンも頷く。
「ああ! 行くぞ爺さん!」
「………………」
しかし、ザルシは動かなかった。
「爺さん……⁉」
「私はいい。ようやく、ここまで来たのだ」
アレンは老爺の指先が少しずつ砂になっていることに気づいた。
「そいつは……」
「長く、悪い夢を見ているようだった。ありがとう。終わらせてくれて……」
その間も老爺の風化は進んでいく。言いかけた言葉を飲み込んで、アレンは別の言葉を搾り出しだ。
「ならこれだけ聞かせろ! これから何が起きる! 俺たちはどうなるんだ!」
「簡単なことだ。導かれるぞ。龍の魔峰に」
優しく笑った老爺の姿が掻き消え、世界が砕け散った。
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