3-9 狂気の黒剣、激情の黒脚
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「な、なにっ⁉」
悲鳴の源を探したリンが見たのは、炎に照らされた血だまりと、その中心に倒れる村人。すでに息絶えている。
「アハハッ! アハハハハ!」
そして村人の亡骸を踏みつけて笑う、黒い装束に身を包んだ女。その右腕には自分の身長ほどはある大剣を握っていた。
「ハハハハ……ハァ?」
女は笑いを止め、メキ、と首を横に傾けた。その視線は、広場に悲鳴を響かせた村の若い娘に向いている。
「いや……ひぃ……っ!」
尻餅をついて恐怖に歪ませるその顔に女は口の端をつり上げ、次の瞬間には娘の心臓を貫いていた。
「ぎ……⁉」
「アハッ!」
剣が引き抜かれ、柔肌に空いた穴から赤い飛沫が上がる。
それが、混乱の爆発する合図だった。
「に、逃げろぉ!」
「なに! なんなの⁉」
「うちの子はどこっ? どなたか、うちの子を見ませんでしたか⁉」
悲鳴と惑いが空気を掻き混ぜ、人々は我先にと広場の出口へ殺到する。
「ああ……! 血よ。血だわ。血なのだわ! 真っ赤で真っ黒で、とっても綺麗!」
降り注ぐ血液を浴び、髪を振り乱して狂気する女。大きな瞳をぎょろつかせ、次なる獲物を探すその姿は、飢えた獣と変わらない。
「リンさん! あの姿は……!」
エルトが指摘したのは女の右腕。血に濡れた大剣から伸びる無数の管が、女の右腕を突き刺していた。
紋章こそないが、禍々しい装具に黒衣。リンもすぐに結論に至った。
「龍瞳教団……⁉」
その言葉に、ハイファは腕の傷口が暗い熱を帯びるのを感じ、ほとんど反射的に付け袖に指をかけた。エルトも錫杖を構え、臨戦態勢に入る。
「ハイファ、エルト、お前らは手を出すな。リン、子どもたちを連れてここを離れろ」
しかし、アレンの低い声音がそれを止めた。
「え?」
静かに立ち上がったアレンが、ゆらりと女の方へ身体を反転させる。
「アレン? どうしたのよ?」
リンの声が聞こえているのかいないのか、アレンは剣の女に向けた声を発した。
「普段の俺だったら叩きのめす程度で済ませてるが、運が悪いぞ、お前……」
アレンを起点に、風が巻き起こる。
炎に照らされた風に、夜空と同じ色が滲みだす。
「……!」
ハイファはその光景に覚えがあった。
コンベルの街で、リンを傷つけた龍瞳教団の宣教師カディオに怒りを爆発させた時と同じ。凄まじい魔力が、アレンを中心に渦巻いている。
「この俺の前で、よくもそんな真似ができたな……!」
踏み出した足の先から、闇が燃え立つ。
「お前は! 蹴り潰すッ!」
咆哮一発。痩躯の脚が闇に包まれた。
リンは遺跡ではよく見えていなかったアレンのその姿に、驚愕を隠せなかった。
「ハイファの腕と同じ……」
ハイファの腕とよく似た凶暴な輪郭。両足にはそれぞれ三本の鋭利な鉤爪。
アレンの脚は、異形と化していた。
「だあっ!」
地面を砕きながら跳んだアレンは、矢となって大剣の女に突き進む。
「あぁん?」
異形になるとともに硬質化した脚が放つ一撃を剣で受け止め、女は爬虫類のような目を爛々と輝かせる。
「うふふ、あなたも私に血をくれるの?」
「一滴たりともくれてやるか!」
アレンは右脚を起点に身を捻り、左脚を振り下ろす。
「そう。……じゃあ死んでっ!」
女の腕に刺さる管が抜け、アレンを目がけてまるで意思を持っているかのように伸びていく。
「くっ!」
身をかがめて躱したアレンは、地面につけた手を軸に回転。異形の脚は鋭利な刃となり、迫る魔手を細断していく。
「ヒヒヒッ!」
しかし、今度は大剣が上段からアレンの身体を両断せんと鈍く光る。
「なめるなぁっ!」
振り下ろす黒の剣と振り上げる黒の脚。上下を逆転させた二つの黒がぶつかり、衝撃によって周囲に散らばっていた物が吹き飛ぶ。
「すごい……」
「アレンさんが……。いえ、アレンさんもあの力を……」
呆然とその戦いを見ていたハイファとエルト。
「おじいちゃん……」
その側で、怯えるエノに身体を寄せられ、ザルシが穏やかに笑った。
「大丈夫さ。じきに終わる」
「二人とも呆けない! おじいさんも! ここにいたら巻き込まれるわ! 逃げるわよ! 荷台に乗って!」
リンはまだ戦闘の被害が及んでいない広場の反対側からの離脱を試み、一同に指示を出す。
だが、ザルシは首を横に振った。
「その必要はない。むしろ、この場に留まった方が安全だ」
その言葉に、リンとエルトは騒然とした。
「どういうことです? この場所じゃ、いつ巻き添えになるか……」
「ずっと、見てきたからな」
「見てきた……?」
「私は、待っていたんだ……。この時が来るのを。ずっと……!」
ザルシの目尻が光り、一筋の涙が伝う。
「ちょ、ちょっと、なんで泣いてるのっ? どういうことなのよ?」
リンとエルトが困惑する中、ハイファは尚も続く戦いを見守っていた。
「あれが、アレンの龍骸装……」
第三者として目の当たりにする超常の力に、ハイファは改めて自分の腕にはとんでもないものが付いているのだと実感し、それと同時に疑問を抱いた。
それは、ついさっきアレンが口にした問いかけの裏返し。
(アレンは、どうしてあの脚を……?)
だが、その答えを持つアレンは戦いの最中に在った。
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