3-8 龍骸装の正体
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日が傾き、宴が始まった。
会場となる集落の広場では、そこかしこで酒や料理が振る舞われ、中央で赤々と燃える炎を囲む集落の人々のにぎやかな声が、星の瞬く空へと吸い込まれていく。
この宴の主役、華やかな衣装で着飾った新郎新婦である二人の男女は、広場を見渡せるように設けられた席に隣り合って座り、続々と祝福の言葉を告げに来る村人たちに笑顔で応えている。
リンたちは外からの客人として、新郎新婦に近い位置の席に案内されていた。
「あっはっはっは! 女の子二人に言い寄られたら、そりゃ断れないわね!」
酒の入った器を片手に大笑いするリンの横には、宴に参加することになった顛末を話して、決まりの悪さをごまかすように酒をあおるアレンがいた。
「やめろ、背中を叩くな。子ども二人に意地を張るのが馬鹿らしくなっただけだ。あとクソ鳥、お前も俺の頭をつつくな。シメるぞ」
口の端に付いた泡を拭い静かな声音で主張するアレンに、リンは手を止め、ペックはつつくのを止めた。ペックの傍には荷台があり、シャンはその中でいつものように佇んでいる。
「ふふふ。私、あなたって人のことをまた少しわかった気がするわ」
上機嫌な様子で言うリンに、アレンは目だけを動かす。
「どういうことだ?」
「あなたが、悪いやつじゃないってこと」
「……ふん、行商ってのはもっと疑り深いやつだと思ってたがな」
「あら、私だって誰彼構わず信用するわけじゃないわよ? あなたが気に入ったの。何か入り用のものができたら、少しは負けてあげる」
「そりゃどーも」
「リン、おかわり持ってきたよ」
そこに、こんもりと料理を載せた皿を両手で持ったハイファが戻ってきた。
「ありがとうハイファ。……あら? エルトはどうしたの? 一緒だったわよね?」
「エルトなら、ほら……」
リンとアレンがハイファの振り向いた先を見ると、エルトは恭しく首を垂れる新郎新婦に、何やら言葉を紡いでいた。
「え、何してるの、あの子」
「エルトが星皇教会の司教だから、お祈りしてほしいって、お爺さんに頼まれたの」
言いながらテーブルを挟んで二人の向かいに座ったハイファ。『お爺さん』とはザルシのことだと、リンは花嫁のそばにいる老人の姿を見て理解した。
「二人は、何かお話してたの?」
「ええ。アレンが子どもに弱いって話をね」
「おい……!」
愉快そうに笑うリンと、リンを睨みつけるアレンの間に険悪な空気はないことを察したハイファは、この集落に入る前から決めていたことを実行に移した。
「アレン。私、ずっと、あなたとちゃんと話がしたいと思ってた」
名指しされたアレンは、ハイファの瞳の奥の真意にすぐに気がついた。
「……そうだな。いい機会だ。何が知りたい?」
「私の腕のこと。龍骸装ってあなたは言った。村長さん……ゼモンも」
「いきなり核心だな」
「知ってることを教えて。この腕って何なの?」
「落ち着けよ。順を追って話す。まあ、俺がジジイから聞いたことだけどな」
アレンは自分の酒を一口飲んで、ハイファの付け袖、正確には付け袖の下に隠れた腕を見た。
「龍骸装は、龍瞳教団の連中が使う獣骸装の素材を魔獣から龍に変えたもの……。それは間違いない。ただ、そう何個もあるわけじゃない。この世に存在するのは、一体の龍の身体を解体して作った五つだけだ」
リンは龍という希少生物の存在に興味を持ったが、それを口にすることはなかった。
「頭と胴と翼。それとお前の腕と俺の脚。胴は俺が確保した。頭と翼がどこにあるかは俺も知らん」
「胴って、もしかして……チャフのこと?」
想起するだけで胸を抉る痛みがあるとわかっていて、ハイファはその名を出した。
「賢いな。その通りだ。そして、龍骸装の中には、龍の意識が宿っているらしい」
「龍の意識?」
「あの村でお前が言っていた、自分じゃない誰かの声。俺にも覚えがある。理性的なものじゃない。本能的な破壊衝動の暴走。あれが龍の意識だ」
ハイファは思い出す。あの遺跡で意識が途絶える寸前に聞こえた声を。
それだけで、背中に氷を近づけられたような悪寒が走った。
「実のところ、俺も気になってたんだ。お前、その腕をどこで手に入れた?」
すぐに答えられそうもないと判断し、ハイファに代わってリンが応じる。
「ハイファはコンベルの町の近くにあった、龍瞳教団の拠点にいたのよ。その時から腕はこうだった。でも、記憶を失っていて、ハイファって名前も私が……」
リンの言葉を最後まで聞かず、アレンは得心いったように頷いた。
「なるほど。腕はそこで付けられたと考えるのが自然か。……と、話の続きだったな。龍の意識についてなんだが――」
そこで、大きな歓声が一同を包み込む。
反射的に動かした視線の先で、新郎新婦の手を握り、錫杖を高く掲げたエルトが、全身から淡い光を放出していた。
「エルトっ?」
「エルトが光ってる……」
「ああ、あれは《契りの加護》だ」
呆気に取られている二人に、唯一平静なアレンが淡々と説明した。
「星皇教会の司教は、ああして新郎新婦に自分の魔力を分けて、星皇神の加護を分け与えるんだ。つってもあくまで形だけで、本当の加護があるわけじゃないがな」
詳細な説明を口にしたアレンに、リンとハイファは驚きの表情を作る。
「詳しいのね、アレン」
「うん。詳しい」
二人の視線を浴び、アレンはすぐにわざとらしく咳き込んだ。
「こ、これくらい常識だろ。さして褒められるようなもんじゃない」
発光はすぐに終わり、起こる拍手に応えながら、エルトはハイファたちのもとへと帰ってきた。
「すみませんハイファさん。一人にしてしまって。でも、こういう場で司教として頼まれては無下にもできなくて」
「ううん。平気。エルトすごいね。ぴかーって」
「そうね。さすがの宴会芸だわ!」
「リンさん⁉ 宴会芸ではありませんよ! ちゃんとした儀式です!」
リンの称賛に食ってかかるエルト。そこへ、エノを連れたザルシがやって来た。
「客人方。宴に出てくれたこと、感謝する。この子にもいろいろ言われたそうだな」
そう振られたエノは、急に注目されたからか、顔を赤らめてザルシの背中に回った。
「ええ。ご馳走になってるわ。エルトの儀式はお礼代わりって捉えてちょうだいね?」
「ははは。星皇教会の司教からの祝福となれば、これ以上の祝儀はないな」
屋敷で話した時の厳格さは鳴りを潜め、穏やかに笑うザルシは、エノの頭を撫で、最愛の男と談笑する花嫁を見た。
「娘も、きっとそう思っているに違いない」
「……?」
アレンはザルシの目がどこか遠くを見ていることに、僅かな違和感を覚えた。
「ところで、あの本は? 手元にはなさそうだが?」
ザルシの問いかけに、引き続きリンが答えた。
「荷台にしまってきたわ。大切に保管されていたものだし、落としたり破損させたら悪いもの」
「そうかそうか。……ならば、もう憂いはないな」
違和感は、強くなっていく。
この男は何かを隠しているのではないか。アレンの脳裏に、そんな言葉が去来する
「おい、あんた俺たちを――」
「すまない。――時間だ」
老人の顔から、表情が消える。
「きゃあああああああああああああっ!」
絶叫。
絹を裂くような悲鳴が会場を駆け巡った。
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