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3-3 交差しない四人と一人

お越しいただきありがとうございます!

「お願い……? それは、どのような?」


 思い詰めた顔つきのまま、ハイファはエルトへの願いを口にした。


「もしまた、私が私でなくなりそうになったら、私の腕を切り落としてほしい」


 エルトの表情が凍る。ハイファは、自身の腕を強く抱いた。


「あの時の、自分が自分でなくなっていく感じを覚えてる。すごく怖いの……」


 どれだけ周囲から取り繕われても、救うために振るった力で、友を殺してしまった事実は覆らない。ハイファは決して、龍瞳教団の隠れ村での出来事を飲み込めてなどいなかった。


「もうあんなのは嫌。だから、エルトに――」

「お断りします」


 きっぱりと。エルトはハイファの懇願を一蹴した。


「ハイファさん、あなたの願いを叶えることは、不可能ではありません」

「だったら……」

「でも、考えてみてください。もしハイファさんの両腕がなくなったら、どうなりますか?」


 ハイファはすぐには答えられない。エルトの真意が読めなかったのだ。


「確かに、ハイファさんが気にしているようなことは起こらなくなるかもしれませんが、それではリンさんのお手伝いができなくなってしまいますよ?」


「あ……」

「それだけじゃありません。リンさんの手を握ることも、その温かさを感じることも、もうできなくなってしまうんです。それでもいいんですか?」


 エルトの指摘に、ハイファは想像するだけで胸が苦しくなった。


「それは、困る……」

「でしょう? ハイファさんのお気持ちはわかりますが、自分を傷つけるような考え方はやめてください」

「……ごめんなさい。でも、みんなを怖がらせたくなくて……」


 沈痛な表情のハイファに、エルトは柔和に笑う。


「大丈夫です。ここにいる誰も、ハイファさんを怖がったりなんてしませんよ」


 エルトは悩める民を救う星皇教会の司教として、なによりハイファの一番目の友として、ハイファの力になりたかった。


「それに、もしハイファさんを排斥しようとする人が現れたら、僕がお説教しちゃいますから!」


 数秒エルトを見つめたハイファの身体が、ほんの少し温かくなる。


「ありがとう。やっぱり、エルトが来てくれてよかった」


 その微笑に、エルトも笑顔で答えた。

 それから数刻、太陽の半分が地平線に沈みかけた頃。

 アレンとリンはこれ以上の移動を危険と判断し、川辺で野営をすることとなった。

 旅に同行する条件としてリンの手伝いをすることになっていたエルトは、自分の予想とは少し異なった仕事を割り振られた。


「いやー、スペルシートも魔石も無しで明かりを確保できるなんて。便利ね、この杖」

「お、お役に立てて何よりです」


 スープが入った器を手に微妙な顔で笑うエルトの視線の先には、積まれた木箱で固定された錫杖がその先端を煌々と輝かせていた。


「一応、神聖な道具なんですが、ここまでされると途端に俗っぽい感じです」

「固いこと言わないの。神聖でもなんでも、道具は道具なんだから」

「そういうものですか……」

「しっかし、たいした装備もなくどうやって一人で旅をって思ってたけど、これがあればなんとかなりそうだわ」


 光る錫杖を見ながら顎に手をやってうんうんと頷いたリンは、スープを飲むエルトに言い放った。


「ね、この杖いくら?」


 リンの真剣な声音にエルトはスープを噴き出す。


「だ、ダメですよ! これは売り物じゃありません!」

「あはは、冗談よ。冗談。そもそも私、魔法使えないし」


 カラカラと笑うリンと、口を尖らせるエルト。光越しに二人を見ていたハイファは、いつの間にか姿を消していたアレンが気になった。


「リン、アレンはどこ?」

「え? ああ、彼ならあっち」


 尋ねられたリンは笑顔のままハイファに視線を向け、錫杖ではなく月の光が薄める闇を指さした。痩せぎすの男が大きな岩に背を預けて空を見上げている。


「誘ったんだけど、断られちゃった」

「あの人、おひとりが好きというより、僕らと距離を取っているみたいですよね」


 悪い人ではなさそうですが、と続けるエルトの声は、ハイファには聞こえていなかった。疲れて見える細い身体から、目が離せない。

 寂しそう。そんな言葉が去来した時には、ハイファは腰を上げていた。


「は、ハイファ?」


 リンの声を背にして歩き、こちらに気づいたアレンの目が動く。


「どうした? 何か用か?」


 思ったよりも穏やかな口調に緊張が少しだけ緩むのを感じつつ、ハイファは自身の後方の光を指し示した。


「あっちで、い、一緒に……どう?」


 不思議そうにハイファと光に視線を動かしたアレンは、ふっと笑って膝を折り、ハイファと目線を合わせた。


「荷台にいるあいつにも、こんな感じで誘ったことあるのか?」


 ハイファの知っているかぎり、荷台には一人しかいない。


「シャンのこと? あ、あるよ。でも、シャンは返事しなくて……」

「そうか。まあ、そうだろうな。……せっかくのお誘いだが、辞退させてもらうぜ」


 アレンは気だるそうに立ち上がるとハイファの頭をそっと撫で、一飛びで川の向こう岸へ渡った。


「どこに行くの?」

「近くに魔獣がいないか見回ってくる。お前たちが寝るころには戻るさ」

「ま、待って――」


 しかしハイファが呼び止めるよりも先に、アレンは木々の中に消えていく。

 取り残されたハイファはリンが来るまでの短い時間、アレンの背を目で追った。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


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