3-0 いつかどこか、誰かの述懐
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本日から第3章開幕です!
ひどく、寒い日だった。
空から落ちる水の粒が、私の身体を伝って地面に落ちていく。
私たちの領域である山に踏み入った愚かな魔獣たちを狩り終えたころ、この雨は降り出した。
始めは熱くなった身体を冷ますのに心地よかったが、次第に私の体温をいたずらに奪っていくようになった。
水を含んでぬかるむ地面に足跡を作りながら、帰路を進む。同行者もない、静かな道行きだ。
やがて、見慣れた湖にたどり着いた。流れ落ちる滝の向こうの洞窟が、私が帰る場所へと繋がっている。
晴れていれば温厚なカーバンクルやレックレリムの群れがいるのだが、この雨で巣穴に引っ込んでいるのか、私以外には何もいないように思えた。
しかし、湖へ入ろうとした時に視界の端に映ったそれに、私は自身のうかつさを呪った。忘れていたのだ。
雨が多いこの時期は、こうして『人間』の死体が一つ、この地に流れ着くことを。
それも、死体はいつも決まって若い雌だ。
いつの頃からか、たびたびこの場所でこうした死体が発見されるようになっていた。
木々に宿る精霊たちから、これは捧げ物だと聞かされたこともあるが、いまいち理解できなかった。
なぜ彼らは、私たちに若い雌の死体を渡して、救いを乞い願うのだろうか。
私たちには彼らの望みを叶える力などないし、そんな義理もない。
死体の扱いにも困っているのが現状で、見つけた者が処理をする決まりもできたくらいだ。
見て見ぬふりもできたが、次にここを通った者から何を言われるかわからない。
湖の近くで花を咲かせている場所に埋めたという友の話を思い出し、それにならおうと、私は岸辺に投げ出された小さな身体に近づいた。
血の気がない白い肌。痩せ細って戦えそうもないのに、妙に傷だらけの身体。
雌とはいえ若い個体がこの様子では、早晩、人間という種族は滅び――。
「……ぅ……」
思わず身体が強張った。
生きている。
この人間は、まだ生きているのだ。
「あ……ぁ……」
薄く開いた赤い瞳が、私を捉える。怯えと、驚愕が伝わってきた。
ああ、だが、駄目だ。
消える。消えてしまう。
このまま何もしなければ、この小さな命は失われる。
「……た」
細い腕が伸び、私の足に触れた。
「たす……け……て……」
助けてと、確かにそう言った。
だが、助けて何になる。この人間が何をしてくれる。
これ以上苦しまぬように、その命を終わらせてやることも考えた。だが。赤い瞳の輝きは、生を渇望して強くなっている。
「死にたく、ない……。私はまだ、なにも、誰も……!」
直後に自らが選んだ行動に対し、私は是非を論じるつもりはない。
だが、その時の私は彼女を救いたいと、そう思ったのだ。
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