2-38 龍の力、星の力
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遺跡を包み込んでいた光が消え、レイバは目をかばっていた腕を下ろした。
「いったい、どうなった……?」
遺跡は半分近くが消し飛び、夜空が広がっている。
魔獣がいたはずの場所は赤熱化した地面が露出し、その中心には黒ずんだ肉と骨の塊が無残に転がるのみだった。
「あれは……」
嫌な思考をしかけたレイバは、突き刺さるような悪寒に意識を引き戻された。
「……………」
ハイファの注意が、こちらに向いている。
いつの間にか元の形状に戻った仮面の奥から放たれる殺意が、夜の風をより冷たく感じさせた。
「次は私たち、みたいですね」
立ち上がろうとするも足に力が入らず膝をつくオルネスに、レイバは問いかける。
「なあ、今の俺たちで、あいつを止められると思うか?」
「難しい……でしょうね。あなたもわかっているのでは?」
オルネスの言う通り、ハイファの背に龍の姿を幻視した時にレイバは確信していた。
自分たちでは、勝てないと。
「……ッ!」
ハイファが仮面の奥から血を噴いた。同時にがくんと脚から力が抜ける。
すぐに異形の腕で自分を支えたハイファは、依然としてこちらを見つめていた。
纏っている凄まじい魔力にハイファが弱っているとは思えなかったが、少なくとも消耗していることは理解できたレイバは冷たい空気を吸い込んだ。
「……オルネス、エルトを連れて逃げろ。俺が時間を稼ぐ」
それなりの勇気をもって口にしたが、オルネスには一笑に付されてしまう。
「何言ってるんですか。強がってみせても、そんなにボロボロじゃ恰好つきませんよ」
「お前な……!」
言い返そうとしたレイバを止めるように、オルネスは言葉を重ねた。
「それに、そんな状態のあなたを、置いていけるわけないじゃないですか」
オルネスの眼差しがまだ諦めていないことを感じ取ったレイバは、一度ハイファを見てからオルネスに尋ねた。
「手があるのか?」
「ハイファちゃんをここから引き離します。さきほどの攻撃の騒ぎで、村の人たちも様子を見に来るはずです。彼らにエルトくんやリンさんを保護させましょう」
「俺たちは囮ってわけか」
「ええ。私たちは囮です」
オルネスの触手の一本が左へ伸びる。
「う、うおっ⁉」
掴んで引き寄せたのは、身をかがめて逃げようとするゼモンであった。
「どこへ行かれるんです、村長? あなたには囮の囮役がありますよ?」
「は、放せ! 放せぇっ!」
唾を飛ばしながら喚くゼモンに、レイバは冷酷な笑みを浮かべる。
「逃がすわけねぇだろ。俺らと一緒に、村のために死ねや」
レイバにすごまれ、観念したゼモンは全身の力を抜いた。
「さて、用意はいいですか?」
最後の力を振り絞って立ったオルネスに続いて、レイバも両足で地面を踏む。
「ああ。同時に飛び出して、ハイファを外に誘い出す。……行くぞ!」
駆け出した一歩目。
レイバたちとハイファの間を隔てるように、地下から青白い光の柱が屹立した。
「今度は何だ⁉」
半ば自棄になって叫んだレイバ。傍らのオルネスはその光の中を昇ってくる影に気がついた。
「あれは……」
槍のようなものを掲げた女性と、その女性の腰に手を回したもう一人の女性。
地下牢を脱出したラティアとリンだった。
「着きました! リンさん、地上です!」
「ありがとう!」
ラティアから離れ、リンが着地すると、レイバが声を張り上げた。
「リン!」
「れ、レイバ? オルネスも……。え、なんでそんな怪我してるの?」
「話はあとだ! そこから離れろ!」
「そこにいると危険です!」
二人の慌てように疑問符を浮かべたリンは振り返る。
リンの目に、それが映った。
「ハイファ……?」
リンの前に立っていたのは、ハイファとよく似た背格好。
腕の形状も、間違いなくハイファと同じ。
「ハイファ、なの?」
それでも、纏う魔力と不気味な仮面は、初めて見るものだった。
「周囲が歪んで……。なんて魔力……!」
リンの隣に立ったラティアは、杖を握る手に力を入れる。
「■■■■■■■■■ッ!」
ハイファが動く。咆哮とともに、血を撒き散らし、リンへ襲い掛かった。
「リンさん!」
反射的にリンの前に躍り出たラティアは、杖の先から光弾を撃ち出した。
胴体への直撃を受けて吹き飛んだハイファは地面を跳ねるように転がるも、すぐに体勢を立て直した。
「頑強な……!」
ラティア自身、自分たちがどのような状況に飛び込んだのかは理解しきれてはいなかった。
しかし、これまで感じたことのない強大かつ禍々しい魔力を放つ目の前の何かを、このまま放置してはならないと、大司教としての直感が叫んでいた。
「なら、これで! ――《バイネディ》!」
短縮された詠唱のすぐあと、ハイファの四方に魔法陣が出現した。陣の中央から魔力で編まれた鎖が飛び出し、異形の腕を拘束する。続けて全力の魔法を放つために詠唱に移ろうとした瞬間、今度はリンがラティアに立ちはだかった。
「待って! あの子を攻撃しないで!」
「ですが、あの魔獣を捨て置くわけには――」
「魔獣じゃない! ハイファは人間なのよ!」
リンの気迫に、ラティアは思わずあとずさる。
リンはラティアに背を向け、ハイファに叫んだ。
「ハイファ! 私よ! わからないの⁉」
拘束から抜け出そうとするハイファは動きを止め、仮面越しにリンと視線を交える。
静止したハイファに、自分を認識していると思い込んだリンは一歩前へ出た。
だが、同時にハイファの仮面の下半分が剥がれ落ちた。
「危ねえっ!」
いち早くハイファの次の動きを察知したレイバが駆け出して、ラティアを壁の方へ突き飛ばし、リンを抱いて倒れ込む。
それから一秒と経たず、リンが直前まで立っていた地面が消し飛んだ。
「ハイファのやつ、本当に見境なしかよ……!」
着弾点の空洞を見てレイバは呻く。チャフだった魔獣を消し飛ばしたものよりは威力は低かったが、それでも生身の人間への致命傷であることは変わらない。
「リン、無事だな?」
「大丈夫。レイバ、何がどうなってるの?」
それはこっちが聞きたい。そう言おうとした矢先、オルネスの声が耳をつんざいた。
「レイバ! 次が来ます!」
「なに⁉」
顔を上げるとハイファの正面に魔力が集中しており、チャフが消える直前と同じ光景が広がっていた。
「くそ……! リン、立てるか!」
「っ!」
ほぼ同時に立ち上がる。刹那、足元の石床が崩れてリンの姿勢が崩れる。
「あ――」
僅かな落下の感覚がしたあと、レイバに右手首を掴まれて引き寄せられたリンは、彼の腕にしがみついた。
収束を続けていた魔力はその間も収束を続け、既に臨界に達している。
そして、解放の時を迎えた。
押し寄せる暴威の光が、視界を埋め尽くしていく。
リンは己の最期を悟り、固く目をつぶった。
(ハイファ……!)
爆裂する音と衝撃。余波を受けた遺跡は天井も、壁面も、悉くが粉砕されていく。
しかし、リンは無事だった。傍に立つレイバ、後方のラティアやオルネスらも、光に飲み込まれてはいなかった。
リンが恐る恐る目を開ける。横に広がった紫の煙が、ハイファの攻撃を防いでいた。
「この煙、もしかして、シャンっ?」
直感したリンが声を上げると、魔力放射が終了した。
広がっていた煙は一か所に集中し、その中から異形の大男が現れる。
リンと意識を失っているエルトを除く、初めてシャンの姿を見た一同はその異様な雰囲気に戸惑いを露わにする。
「■■■■■■■ッ!」
再びの絶叫のあと、光の鎖が千切れ飛び、ハイファが自由を取り戻した。
動き出そうとした瞬間、何かに気づいたハイファが空を仰ぎ見る。
空中に、人影。月光に照らされるその影は、脚から闇色の魔力を滾らせている。
人影に向かって一直線に跳躍したハイファ。その姿に人影――シャンの後を追ってきた異形の脚を持つ男は、感心したように笑った。
「この距離で気づくのか。鼻がいいな」
しかし、男は今のハイファと会話など不可能だと知っていた。
すぐさま真剣な顔つきになると、後方に魔力を噴射して身体を翻し、拳を構えていたハイファの背後を取り、強烈な蹴りを放った。
ハイファが遺跡に落下した衝撃で巻き上げられた砂礫がリンたちに吹きつける。
「今だ! やれっ!」
依然として空中にいた男の声に続くように、ハイファの前に立ちふさがったシャンが静かに手を伸ばした。
ハイファの身体に渦巻いていた魔力が風にあおられる炎のように動き、シャンの方へと漂う。
「あの巨人が、魔力を吸い上げている……?」
ラティアの言葉の通り、ハイファの魔力が、シャンの背中に刺さる管へ吸い込まれていた。
抵抗しようと立ち上がったハイファだったが、次第に脚を震わせ、自力で立つことさえできなくなる。
両膝を地に付けた瞬間に、ハイファの仮面が砕けた。連鎖して異形の腕も元の細い少女の腕へと戻る。
「う……」
魔力の吸収が終わると、ハイファの身体は重力に従い、倒れ伏した。
「ハイファ!」
リンはハイファに駆け寄り、血にまみれた小さな身体を抱き起す。
「ハイファ! しっかりして! ハイファったら!」
リンの声に、ハイファの目が薄く開いた。
「り……ん……?」
リンの姿を認めたハイファは安堵の表情を浮かべるも、すぐに頭は力なく垂れた。
「安心しろ。気を失っただけだ」
リンの背後に立ったのは、異形の脚を持つ男。
「じきに目を覚ます。龍骸装を持つ身体はそんなにヤワじゃない」
訳知り顔の男に、リンはただ一つ、頭に浮かんだ問いを口にした。
「あなたは、何者なの?」
風になびく髪をかき上げて、ぶっきらぼうに答えた。
「俺はアレン。その娘と同じ、龍に人生を弄ばれた男だ」
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