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2-36 人を捨て、魔獣を超え

お越しいただきありがとうございます!

 なにが、どうなっているのか。

 オルネスとゼモンは、口にはせずとも、全く同じことを内心で考えていた。

 切り裂かれ、血に沈んだはずの少女が立ち上がり、自分よりも数倍巨大な身体を持つ魔獣バンデロシュオ……チャフだったものと対峙している。


 魔獣は全身に傷を作り呼吸の度に血を流しているが、白髪となった少女はほとんど無傷と呼べる状態だ。

 仮面により少女の表情は読めない。

 しかし、仮面の奥で煌々と輝く真紅に、レイバは直感した。


「怒ってる……のか?」


 少女の纏う魔力は小規模の嵐の如く吹きすさび、大気を攪拌させている。


「なにをしたのかは知らないがっ!」


 そう声をあげたのは、剣を下段に構え直したノイドだった。


「吠えた程度で、俺が怖じると思うな!」

「ノイド⁉ よせっ!」


 レイバが止めた時には、ノイドは駆け出していた。ハイファは、魔獣と向き合ったまま動かない。


「もはや化け物の類だ。子どもの姿でも斬る!」


 高速でハイファへ肉薄し、一気に間合いに踏み込む。


「もらった!」


 緋色の刃が閃き――、ノイドの姿が消えた。


「……え?」


 レイバがそう認識した直後、何かが弾ける音と、遺跡の壁が崩れる音が鳴り響く。

 ハイファは、左腕を上げている。

 音がした方へ視線を動かしたレイバは、目を疑った。


「ノ、イド?」


 崩れ積もった瓦礫の下に、手が見える。埋まっているのではない。力なく開いた手だけが、折れた剣と一緒に転がっていた。

 断末魔もなく。一瞬で。

 少女の姿をした『力』は、いとも簡単に、人間一人を消し殺したのだ。


「嘘だ、ノイド……」


 レイバは、ただ呆然と立ち尽くす。


「なんだ……」


 そしてその事実は、ノイドを従えていたゼモンにも衝撃を与えていた。


「なんだというのだ、お前はぁっ!」


 押し付けられる殺気が、ゼモンから判断能力を削ぎ落していく。


「バンデロシュオ! やつを殺せっ! 殺せ殺せ殺せぇっ!」


 半狂乱に叫ぶ。埒外の力による圧倒は、ゼモンを恐慌状態に陥れた。

 己が手で作りだした最強の魔獣が、こんな小娘一人に負けるなど、あるはずがない。あってはならない。

 混乱と激情によって一時的に増幅されたゼモンの魔力が、魔獣を衝き動かす。


「――!」


 雄叫びを上げた魔獣が巨岩のような拳を構えてハイファに攻撃をしかける。


「危ないっ!」


 オルネスはハイファへ叫ぶつもりだった。しかし、その警告は、口から出た時には魔獣、チャフに向けたものに変わっていた。

 ハイファは魔獣の攻撃を認識すると突き出された拳を回り込んで躱し、魔獣の右腕を握り潰す。

 ひしゃげた腕の痛みに身体を仰け反らせた魔獣を引き寄せ、その顔面を蹴りつけると、怖気立つ轟音とともに魔獣の腕がその身体から離れ、血と、肉片が飛び散った。


「――⁉」


 悲鳴をあげる魔獣に、ハイファは攻撃の手を緩めない。

 腕を投げ捨てると、姿勢を崩している魔獣の顔を握りしめ、押し付けた魔獣の頭で地面を削る。

 投げ上げた魔獣の腹を打ち据え、地面に弾んだところへ魔力の噴射によって威力を底上げした拳を叩き込んだ。

 うつ伏せに転がった魔獣の身体を足で押さえつけ、尾を掴んで力任せに引き千切ると、肉が裂ける音と獣の悲鳴が折り重なってレイバたちの鼓膜を震わせた。


「そ、そんな……バンデロシュオが……。私の、最強の魔獣が……!」


 ゼモンは、この短時間にかつてない絶望を味わっていた。

 だが、そんな彼の姿を、もはや誰も見てはいない。

 レイバもオルネスも、圧倒的な力の行使を前に言葉を失い、呆然と立ち尽くすばかりだ。

 故に、ゼモンの次なる行動を、レイバとオルネスには予想できなかった。


「……っ! ふざけるなあああっ!」


 コルジケプスの眼が血走り、これまでにないほどの輝きを放つ。魔獣の制御に回していた魔力を自らの獣骸装に流用し、出力を底上げしたのである。


「ゼモンか!」

「いったい何を?」


 二人はその赤い輝きに警戒する。ゼモンが自分たちを操り、盾にしようとしていると考えたからだ。


「化け物がぁっ! こっちを見ろおおおお!」


 しかし、ゼモンの狙いは二人ではなく、ハイファだった。

 絶望を怒りに転じ、再びハイファへの洗脳を試みたのだ。


「……………」


 洗脳光を全身に受けるハイファは、拳を振り上げたまま硬直する。


「こうなればお前の自我を消し去り、完全に私の下僕にしてくれる!」


 手応えを感じたゼモンは、さらに手甲に魔力を注ぐ。

 しかし、一度動き出した『力』は、簡単には止まらない。

 仮面の奥。ハイファの瞳が、コルジケプスの眼を睨む。

 直後に、ゼモンは右腕に熱を感じた。それは、外部から注がれる魔力。


「な、なんだ……?」


 意識した時にはもう遅かった。手甲の眼光を遡り、ハイファの視線に乗って押し付けられた許容量を遥かに超える魔力が、コルジケプスの眼を暴走させる。手甲に埋め込まれた眼は、悶えるように瞳孔を激しく動かし、破裂した。


「ぎゃあっ⁉」


 行き場を失った魔力が爆ぜ、ゼモンの右腕が裂ける。


「あ、がああ、あ……! 手が、腕があああ……!」


 腕は肩口まで焼けただれ、焦げるような匂いが遺跡を漂う。

 ゼモンはその場にうずくまり、ぶるぶると苦悶する。

 同じような姿勢で地を這って逃げようとする魔獣に気づいたハイファの仮面が、半分ほど剥がれ落ちた。

 皮膚の下の肉を剥き出しにした口が大きく開き、魔力が集まっていく。

 とどめを刺す気だ。レイバは直感した。


「や、やめろぉっ!」


 真っ先に声を上げたのは、ゼモンだった。


「まだっ、まだかろうじてチャフの意識はバンデロシュオの中にある! 友を自らの手で殺めるつもりか⁉」


 ゼモンはハイファにというより、その後方のレイバとオルネスに言葉を投げていた。


「くそっ! オルネス!」

「わかってます!」


 ゼモンの狙い通り、レイバたちは動き出す。

 二人の動きを察知したハイファは、魔力の集約を中断してゆらりと振り向いた。


「ハイファちゃん! ごめんなさい!」


 魔力を巡らせ硬化させた触手が四方向からハイファに伸びる。


「歯ぁ食いしばれ!」


 正面にはアルミラージの堅角を高速回転させて猛進してくるレイバ。

 下手な手加減では自分たちが危険だと理解していた二人の、隙の無い同時攻撃。

 そのはずだった。

 その場から動かなかったハイファは右手で堅角を掴むと、回転を続けるそれをへし折り、四方向からの刺突を魔力放出で蹴散らした。


「なっ⁉︎」


 目を剝くレイバは魔力放出のあおりを受けてオルネスの方へ吹き飛ぶ。


「レイバ!」


 激突を免れてレイバを受け止めたオルネスは、レイバの後ろで拳を構えているハイファを見た。レイバと同時にこちらに跳んでいたのだ。


「まずい!」


 触手を咄嗟に引き戻し、交差させて防御態勢を取る。

 しかし、後方への魔力放出によって勢いを増した拳の前に、防御行為はほぼ無意味。

 二人はまとめて一撃を受け、地面に倒れ伏した。


「俺たちが、まるで歯が立たない、だと……!」

「このままじゃ……!」


 立ち上がろうとする二人は、ハイファがこちらを見ていることに気づく。

 その視線に、レイバとオルネスは本能的に動きを止めてしまう。


「れ、レイバ……。見えて、いますか……!」

「なんだよあれは……!」


 ハイファの纏う魔力は、不定形なまま揺れている。

 しかし、二人には確かに見えていた。

 ハイファの背後に立つ、最高位の魔獣。龍の姿を。

 瞬間、龍の幻は消える。ハイファは未だに地面に這いつくばる魔獣に視線を戻した。

 邪魔者が消えたハイファは、魔力の集約を再開する。


「ぐっ……!」

「チャフが……!」


 レイバもオルネスも立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


「あ、ああ……」


 ゼモンは、完全に心が折れていた。

 そして、その時はついに訪れる。


「■■■■■■■■■■■■■ッ!」


 圧縮され、密度を極限まで高めた魔力が、解き放たれる。

 遺跡は閃光に包まれ、レイバたちが見ていた世界の全てが光の中に消えた。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


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