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2-34 咲き乱れる鮮血

お越しいただきありがとうございます!

「ふははっ! これでお前も私の奴隷に――!」


 だが、ゼモンは背中に走った悪寒に身体を強張らせ、すぐさま一歩後ろに下がる。

 ハイファの拳が地面を割り、ハイファとゼモンは互いを睨み合う。


「……お前、なぜ私の力が効かない?」

「そんなの知らないっ! でも、絶対にあなたの奴隷になんてならない!」


 声を張り上げたハイファは背後の気配を察知して、ぐんと姿勢を低くした。

 主人に呼び戻された魔獣が振った腕がハイファの頭を掠めた。


「まあいい。あとでじっくりと洗脳してやる」


 ゼモンの振り上げた足を避けて壁を背に立ったハイファは、チャフの面影が残る魔獣の姿に胸を掻き毟られるような嫌な感じがした。


「チャフ……」

「いいことを教えてやろう」


 ゼモンの声にハイファは視線を戻す。


「どれだけ呼びかけたところで無駄だ。お前の知るチャフはもう戻らない。いや、正確には『戻れない』か」

「戻れない……⁉︎」

「龍の骸で作られた龍骸装(ドラグファクト)だ。獣骸装以上に精神を蝕む。空の器へ塗り付けた疑似人格など容易く燃え尽きるさ」

「ドラグ、ファクト?」


 レイバはゼモンと向き合っているハイファが視界の端に映ったが、救援に行ける余裕がなかった。


「しかも起動状態の維持には膨大な魔力が必要ときた。苦労したよ、あれの旺盛な食欲を満たすには。用意する分では不足して、定期的に野へ放つはめになった」


 ハイファの中で、パチリと何かが音を立てて噛み合う。


「じゃあ湖の魔獣は……!」

「ほう? そこまで知っていたか」


 ハイファの出した答えを、ゼモンの悪意が肯定した。


「でも、洗脳は解けたはずなのに!」

「解けたさ。バンデロシュオの獣性を抑える、第一の洗脳がな。こいつはもうチャフではない。バンデロシュオとして、私の意のままに敵を喰らう魔獣だ」

「そんな……そんなことって……!」

「話は終わりだ。さて、随分とチャフに執心しているようだが、いいのか?」


 ゼモンの口角が、邪悪に歪む。


「お前の大事なお友達は、一人ではなかろう?」


 コルジケプスの眼が光り、魔獣に新たな命令を下す。


「あの小僧を始末しろ」


 ハイファの表情に焦りが浮かぶ。

 魔獣が脚をバネにして飛んだ。その先には、気を失ったエルトがいる。


「エルト!」


 魔獣を追いかけて走り出すハイファ。一歩目の勢いで地面がわずかに陥没する。


「ハイファちゃん! 無茶ですよ! ……レイバ!」


 蟲に応戦していたオルネスはレイバに助けを求めようとしたが、レイバはノイドと激しい打ち合いを演じていた。


「間に合って……!」


 魔獣の通り過ぎた後の風に煽られた盾の蟲の頭殻を踏み台にして、ハイファが魔獣へと追い縋る。

 跳躍の衝撃で盾の蟲は地面に叩きつけられ、その身体がバラバラになった。

 その間にも魔獣はエルトとの距離を詰めている。


「だめぇっ!」


 間一髪、滑り込んだハイファが振り上げた左手が、魔獣の右手を打ち返す。


「――!」


 魔獣には、まだ左手が残っていた。

 エルトの前に立ちふさがったハイファを、鋭利な爪が捉え、肉を裂いていく。


「あ……!」


 ハイファの胸に、鮮血の花が咲き乱れた。


※※※


 ――私は、何をしたんだろう?


 朦朧とする意識の中で、ハイファは自問する。


 ――そうだ、エルトを守ったんだ。


 答えを見つけながら、自らの血で作られた血だまりに仰向けに倒れる。

 身体に力は入らない。唯一動かすことができた目に、頬に血を被ったエルトが映った。


 ――よかった。大丈夫そう。


 まどろみにも似た感覚に身をゆだねながら、エルトの無事を確信した。


 ――あれ?


 ふいに、疑問の泡が混濁の中に浮かぶ。


 ――私は、どうしてここに来たんだっけ?


 頭に霞がかかり、うまく答えをまとめられない。


 ――なにか、とても大切なもののために……。


 大切なもの。それだけは覚えている。

 だが、それが何なのかわからない。

 命を賭せる気がした。かけがえのないものだったはずだ。なのに、思い出せない。


 ――大切なもノを、取り戻すためニ……。


 別の声が、思考を侵し始める。


 ――そうだ、大切なモノを。失っタものを。


 響く声は力になり、少女の身体に昏い熱を与える。


 ――取り戻ス。そノタメニハ。


 何かを宿した目に、魔獣の姿が映った。


 ――アイツガ、邪魔ダ!


※※※


 遺跡全体を揺るがす凄まじい魔力の放出が、倒れ臥すハイファを中心に巻き起こる。

 昏睡するエルト以外のこの場に立つ者たちの視線がハイファへと集中した。


「ば、馬鹿な……!」


 戦慄に震えるゼモンが見たのは、迸る魔力の中心でゆっくりと立ちあがる、ハイファの姿だった。


「まだ、立てるのか? あの傷で……⁉」


 小僧(エルト)が回復させたのか。そう考えもしたが、エルトは依然として気を失っている。

 何より、ハイファの身体に走る傷は、今もなお傷口から血を吐き出し続けていた。

 虚ろな表情のハイファの黒髪が、燃え尽きた灰と同じ色に変わっていく。

 色の侵蝕とともに、噴き出す魔力が龍の頭骨を模した仮面を作り出した。

 仮面はハイファの顔を隠し、目に該当する位置に赤い光を灯す。


「ええい! 所詮は死にぞこないだ! 今度こそ殺せ! バンデロシュオ!」


 魔獣が再びハイファに腕を振り上げる。直撃、その一瞬前。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」


 悲鳴とも咆哮ともつかない叫びが爆裂し、衝撃波を伴って遺跡を駆け巡った。

 衝撃波は、壁や地面を無遠慮に破壊していく。降り注ぐ瓦礫の雨に、剣の虫は四散した。


「なんと……っ⁉」

「うおおっ⁉」

「く……!」


 オルネスだけでなく、レイバとノイドも咆哮の勢いに煽られる。ゼモンは低い姿勢を取って耐えた。

 至近距離で衝撃波を受けた魔獣もなんとか踏みとどまるが、動き出した一秒後には目にもとまらぬ速さで打ち出された異形の拳に殴り飛ばされていた。


「な、に……⁉」


 自身とラティアの魔力で増強したはずの魔獣が、枯れ葉のように宙を舞う様を映すゼモンの目に、驚愕が宿る。


「あれは……ハイファなのか?」


 途方もない魔力の奔流を前にレイバは思わず声を漏らす。それはオルネスの耳にも届いていた。


「あの巨体をああも容易く……。ですが、あれは……」


 オルネスが見ていたのは、溢れ出る魔力の源。切り裂かれた胴の傷が血の糸によって縫い合わされ、服も時間を巻き戻すように再生している少女の姿だった。


「あれは、()()()()()()()()()?」


 一歩。ただの一歩だけ、少女の身体が前に進む。それだけで、踏まれた地面の石材が粉砕された。

 もはや、少女の意思など存在しない。

 形を得た『力』が、荒れ狂う闇の中にあるのみ。

 蹂躙が、始まる。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


感想、レビューも随時受け付けております!

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