2-31 裏切りの白刃
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「アプスワム。盾を持つ雌と刃を持つ雄がつがいとなって狩りをする、本来は獰猛な魔獣だが、今は私の忠実な兵士だ」
「ご高説をありがとうよ。人間の下僕がいなくなったら今度は蟲か? 笑えるな」
挑発するように不敵に笑うレイバに負けない程の笑みを浮かべ、ゼモンは自らの獣骸装を撫でる。
「コルジケプスは他の動物を操り自らを守らせる魔獣。その力を宿した私の獣骸装に同じことが出来ぬ道理はあるまい?」
「操れるのは人だけじゃねえってことか……!」
「そういうことだ。……いけっ!」
ゼモンに命ぜられた蟲たちが連携のとれた動きでレイバとオルネスに迫る。
「たかが蟲っ!」
堅角を振り下ろして叩き落とそうとするも、盾の蟲がそれを防ぎ、横から出た剣の蟲がレイバの無防備な腹部に狙いを定めた。
「されど蟲、のようですね」
蟲の攻撃を阻んだ触手の一本がレイバの代わりに輪切りになる。
「オルネス! 助かった!」
盾の蟲を押し退けて態勢を立て直したレイバに、オルネスが叫ぶ。
「気をつけてください! 蟲とはいえ手強いですよ!」
「つっても怯むわけにはいかないだろっ!」
正面から突っ込むレイバを、魔獣と蟲が迎撃する。無鉄砲なまでのレイバの姿に、オルネスは苦笑した。
「それもそう、ですね!」
オルネスは背面に魔力を溜め、己の獣骸装の本当の姿を思い浮かべる。
「エルトくんが出し切ってくれたのに、私たちが出し惜しむわけにはいきません!」
四本の触手の、それぞれの間の被膜を突き破るように、さらに四本。合計八本の触手がオルネスの背中で蠢く。
「あいつ、本気だな」
久方ぶりに見る相棒の獣骸装の力を完全開放した姿に、レイバは気を引き締める。
「チャフ! すぐに目ぇ覚まさせてやるからな!」
蟲よりさきに間合いに入った魔獣が、レイバへ爪を振りかざす。
レイバは一瞬身を伏せて、踊るように魔獣の攻撃を回避した。だが、そこには蟲が待ち構えている。
「わかってんだよ!」
閃いた蟲の刃を紙一重で躱し、盾の蟲の頭突きを堅角で受け流す。
獲物を取り損ねた魔獣が、怒りの雄叫びとともに身を捻り、レイバに腕を伸ばした。
「行かせません!」
魔獣の腕に、一本の触手が張り付いている。それは内側をびっしりと埋め尽くした吸盤による作用だった。
魔獣は触手を掴み、引き剥がそうと力をこめる。
オルネスはその行為に笑みを浮かべた。
「チャフ、やめたほうがいいですよ。無理にはがせば、あなたの肉も一緒に剥がれます」
すでに一部を剥がれた触手は、吸盤に魔獣の腕の皮膚や肉を食いこませている。
「よし、抜けたぞ!」
レイバは蟲たちをかいくぐり、ゼモンを正面に捉える。
「侮るなと言った!」
ゼモンが掲げたコルジケプスの眼が光り、呼応するように蟲たちの目が赤く輝く。
天井に向かって上昇した剣の蟲が、その腕で天井を切り刻む。
瓦礫と化した石材の雨がレイバに降り注いだ。
「なにっ⁉」
思わず堅角を上にして防御するレイバ。そのがら空きの胴に盾の蟲の突進が命中した。
「ぐおおっ!」
地面を転がるも受け身を取ってすぐに立ち上がったレイバは、蟲が取るには明らかに賢しい行動に眉をひそめ、そしてその仕掛けに見当をつけた。
「お前か、ゼモン!」
ゼモンは答えの代わりに笑い声をあげた。
「お前では届かんさ!」
「かもな。でも、『俺たち』なら!」
レイバとゼモンの間にあった瓦礫の中から、触手が飛び出した。
瓦礫が落下したときに魔獣を止めていたオルネスが、四本の触手を忍ばせていたのだ。
「ええ。『私たち』なら!」
触手はそのままゼモンの四肢を絡めとる。
「ぬうぅっ!」
「捕まえた! レイバッ!」
オルネスは魔獣の動きを封じ、残り三本の触手で蟲たちも阻んでいる。
必中を、確信した。
「終わりだああっ!」
堅角が、魔力を滾らせて突き進む。
しかし、レイバとゼモンの間に割り込む影があった。
「な……!」
その姿に、レイバは総毛立つ。
「……ノイドッ⁉」
囚われのリンたちを探しに向かったはずのノイドが、レイバの前に立ちはだかった。
「お前、なん、で……!」
驚きに瞳を揺らすレイバに、剣を下段に構えたノイドは無表情のままつぶやいた。
「恨め」
「っ!」
殺られる。
直感したレイバは即座に攻撃を中断。後ろに跳ぶ。
「――それぐらいは許す」
レイバの動きとほぼ同時か一瞬早く、ノイドが剣を振り上げた。
「ぐあ……!」
傷口から噴き出した血が、ノイドの顔を濡らす。
「チッ、浅いか」
剣を振るい、血を払ったノイドは、再び構え直した。
「見事な手際だ。ノイド。我が剣よ」
ノイドの背後に立つゼモンは、自らを守った剣士に称賛する。彼の手足に巻き付いていた触手も、ノイドの剣が切り裂いていた。
「そんな……。どうしてノイドが!」
オルネスもノイドの姿を見て戦慄する。ノイドはどう見ても敵に回っていた。
「どういうつもりだ、ノイド! お前、まだ洗脳が解けてなかったのか⁉」
胸の傷を抑えながらレイバが叫ぶ度、傷口から血が飛ぶ。
その様子を見ても動じる様子のないノイドは、淡々と答えた。
「いや。解けたさ。今の俺は、洗脳なんかされてない。正気そのものだ」
レイバの表情が、みるみる蒼白になっていく。
「じゃあ、なにか……。お前は最初から、ゼモンに従ってたのかよ……!」
「そういうことだ。レイバ」
ノイドはレイバに肉薄し、剣を振り下ろす。堅角で防御するレイバは、ゼモンに吠えた。
「ゼモン! ノイドにまで何かしやがったな⁉」
「言いがかりだな。ノイド自身が言っただろう。正気だと」
ゼモンは肩をすくめ、レイバの激情を嘲笑う。
「ノイドは私の古くからの忠実な部下だ。あえて洗脳をかけてお前たちとともに行動させることで、万が一洗脳が解かれた場合の伏兵になってもらっていたのだよ」
「レイバ、そういうことだ。諦めろ。そして死ね」
「馬鹿な真似はやめろノイド! そんな細い剣で、俺たちとまともにやり合えるわけないだろ!」
「それは、どうだろうな?」
剣の柄から四本の管が伸び、その先端をノイドの手首に突き刺す。
刃が、緋色に染まっていく。さながら、ノイドの血を吸い上げるように。
「剣が、赤く……?」
「俺に獣骸装はない。だが、ゼモンさまによって強化の施されたこの剣が、俺の命を糧に強度を上げ続ける魔剣がある」
剣との接続部から、血を流しながら、ノイドは剣を構えた。
「重ねて言う。俺はお前やオルネスを斬ることに躊躇いはないぞ」
「……! ああ、そうかよ!」
堅角を振り抜いたレイバの顔が、怒りの色を露わにした。
「ちょうどいい! お前とは一度思いっきり喧嘩したかった!」
「俺も、お前にはずっとうんざりしてたんだよ!」
ノイドの目が、刃とともに冷狂な輝きを灯した。
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