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2-30 新たな駒

お越しいただきありがとうございます!

 魔獣を追うため、即座に断定したレイバは叫びながら転身する。

 エルトも自分に向けられた殺意が、風に乗って皮膚に押し付けられるのを感じていた。

 詠唱する余裕はない。だが、もう一度詠唱破棄をすれば、魔力は底を突いてしまう。


「師匠……」


 呼吸を整えたエルトは、脳裏にラティアの姿を思い浮かべた。


「僕に勇気を!」


 自らを奮い立たせたエルトは走り出す。

 方向は正面。魔獣と真っ向から距離を詰めていく。


「エルトくん⁉」


 魔獣の爪が、エルトを目がけて振り下ろされる。


「危ねぇっ!」


 レイバは跳躍し、魔獣を止めようとするも、わかってしまった。

 自分が追いつくより先に、エルトに攻撃が当たる、と。

 一秒後、剣呑な音が遺跡を震わせた。


「……なに?」


 ゼモンの顔から笑みが消える。無残な肉塊と成り果てているはずの少年が、魔獣の腕を食い止めている。


「う、うう……!」


 だが、ゼモンはすぐに理解した。

 これは、エルト自身の力ではない。

 錫杖の装飾に使われている魔石から放たれる紅い光が、小規模の結界を形成してエルトを包んでいる。


「外付けの魔力か。だが、いつまで保てる!」


 魔獣の尾が蛇のようにのたうち、エルトに襲いかかる。

 尾が激突するたびに結界が揺らいでいくが、エルトは退がらない。


「お二人とも! い、今のうちに!」


 エルトの意図を汲んだレイバはオルネスと視線を交わし、再び反転。ゼモンに狙いを定めた。


「オルネス! 合わせろ!」

「わかっています!」


 同時に地面を蹴ったレイバとオルネスが、ゼモンへと迫る。


「くっ!」


 歯噛みしたゼモンは後退するが、オルネスの背から伸びた四本の触手がジグザグの軌道を描いて追い縋る。


「逃がしませんっ!」


 触手による連撃。だが、そのどれもがゼモンの足元を穿つばかりで当たらない。


「ふん! 何処を狙っている!」

「無論、『勝つこと』を!」


 頭上。気配を感じて顔を上げたゼモンが見たのは、回転する堅角の先端を向けて降ってくるレイバであった。


「だあああっ!」


 レイバ渾身の一撃は、すんでのところで躱される。

 それでも、地面を削りながら強引に振り上げた二撃目は、ゼモンの胸を捉えた。


「ぐ……ぉおおおっ⁉」


 ゼモンは痛みに顔を歪ませながら宙を舞い、背中を地面に打ちつける。


「やった!」


 快哉を叫ぶオルネスとは対照的に、レイバの顔は険しかった。


「なんだ? 今の手応え……」


 確かに心臓を貫くつもりで放った攻撃。しかし、ゼモンに傷ついた様子はない。

 それどころか、レイバの右腕の方が痺れるような痛みに震えていた。


「どういうことだ。たしかに当たったはずだぞ!」

「ふっ、ふはは……。自衛手段くらい持ち合わせているさ。ひやりとしたのは事実だがな」


 起き上がったゼモンの服は胸の中央が破れているが、その下に白亜の色をした板のようなものが覗いていた。


「私ばかりにかまけていていいのか? お前たちの敵は私だけではないぞ?」

「レイバ! 後ろですっ!」


 オルネスの声に振り向いたレイバは、眼前に迫る魔獣を認めた。


「しまっ――!」


 魔獣がレイバの腹に拳を打ち出し、僅かに浮きあがったレイバを鞭のようにしなる尾が叩いた。


「う、ぐ……」

「バンデロシュオ! やつの顔を叩き潰してやれ!」


 ゼモンが殺意に満ちた号令を上げ、横たわるレイバに魔獣が飛びかかる。


「レイバっ!」


 触手がレイバの足首を掴み、ぐんと引き寄せた。一秒後、それまでレイバがいた場所の石畳が粉砕された。


「す、すまねえ……。仕留めきれなかった」


 立ち上がったレイバは肩を上下させながら、無念を口にする。触手の操作に魔力を割いていたオルネスも、額に汗を滲ませていた。


「やはり、手が足りませんね。ノイドを行かせたのは、失策でした」


 依然として余裕たっぷりのゼモンは、劣勢に立つ元下僕たちに口角を吊り上げた。


「いない者のことを言ってもしかたなかろう。それより、ここに残っている者の心配をした方がいいのではないか?」

「残っている……?」


 レイバは振り返る。それに続いてオルネスも、背後の光景を目にした。


「ぜぇ……! はぁ……!」


 魔獣の攻撃を耐え、疲弊したエルトの姿を。


「エルト!」


 錫杖に身体を預けるような体勢でなんとか立っているエルトは、今にも倒れそうだ。


「バンデロシュオを引き付ける役を果たしたのは褒めるが、たった一度でそのザマではな」


 ゼモンの言う通り、エルトはすでに限界に達していた。

 星皇教会の司教と言えど、まだ子どものエルトが扱える魔力量には限度がある。

 加えて魔獣の攻撃を何度も受けた身体は、痛みと疲労に悲鳴をあげている。

 それでもなお、エルトは自分にできることを模索し、そして見つけていた。


「まだ、です……。僕にはまだ……!」


 今一度自分の脚だけで立ったエルトは、言葉を紡いでいく。


「大いなる、星皇神よ……。天に浮かぶ数多の輝きのその一つ、正しきを為す者……っ、言祝ぐ輝きを、地を這う者に貸し与え、たまえ……! 《エルフォズ》……!」


 途切れ途切れの詠唱。それに応えるように魔法陣が一際強く輝き、そして霧散する。

 光は細やかな雪のようになり、レイバとオルネスに引き寄せられていった。


「なんだ、これ……」

「痛みが引いていく……!」


 僅かだが、身体が軽くなる感覚を覚えた二人は、再びエルトの方へ視線を向ける。


「ぅ、あ……」


 同時に、エルトが膝から崩れ落ちる。ドサリ、一人分の倒れる音が遺跡に溶けた。


「エルトくん!」

「お前、何を!」


 うつ伏せのまま、目だけをレイバとオルネスに動かしたエルトは、もはや二人のぼやけた輪郭しか見えていない。


「お二人に、僕の魔力を……。残り少ないのは、申し訳……ありません」


 使用者の魔力を他者に譲渡する魔法エルフォズ。星皇教会の司教が対魔獣戦時に仲間の魔力を増強する目的で使うものだが、エルトは自身の魔力を極限まで削り、その削った分をレイバとオルネスに与えたのだ。


「あとは、任せ……ま……」


 言い切ることさえ叶わず、エルトの意識は混沌に沈んだ。


「エルトッ! あいつ……!」

「これで、公平な人数になったな」


 まるでそれまで自分が不利であったかのようなゼモンの言い方は、間違いなくこちらを挑発している。わかっていても、怒りの火は燃え上がった。


「お前は……! 絶対にぶちのめすっ!」


 レイバの体内から溢れた魔力が集い、堅角が一段階大型化する。


「侮るな! 半端者がっ!」


 ゼモンが上着の留め具を外し、懐から勢いよく何かが飛び出した。

 レイバはゼモンの周囲を高速で飛行するそれらが、二体の巨蟲であることを視認できた。


「蟲……?」


 頭部を盾のように硬質な外殻で包んだ蟲と、前腕が鋭い剣のように発達した蟲。二匹の大型飛行蟲がゼモンを守るように滞空していた。

ご覧いただきありがとうございます!


次回更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


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