2-28 神の名を持つ獣
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「くそ……! くそが……っ!」
頭を押さえて悔しげに呻くノイドは、ぺこぺこと頭を下げまくるエルトを無視してレイバを睨みつけた。
「おい、レイバ」
「ああ。お前も支度しろ。遺跡に行くぞ」
「……チッ、わかった」
いよいよわけがわからないハイファは、遺跡に向かう道中で隣を走るオルネスに声をかけた。
「ねえ、どういうことなの? 何が起きたの?」
「操られていたんですよ。私たち」
「操られて……?」
「あの男の持つ獣骸装は強い洗脳能力を持っています。私たち……この村の住民は偽物の記憶を植え付けられてやつの私兵に成り下がっていたんです。覚えている限りでも、一年以上は」
「思い出すだけで腹が立つ。あの野郎、教団を離れた俺とオルネスに見たことのない魔獣をけしかけてきやがったんだ」
「魔獣……」
レイバの発言で、ハイファは湖で遭遇した魔獣のことを思い出した。
「やつはバンデロシュオとか言ってたがな。龍瞳教団が祀っている神と同じ名前だ。ふざけてるだろ?」
「ですが、その強さは異常だった。私とレイバの二人がかりでも倒しきれませんでした。最初に力尽きたレイバがやつの手に落ち、私も続けて……」
二人の経緯を聞きつつも、エルトは感じていた疑念を口にした。
「でも、どうしてその洗脳が急に解けたんです?」
「おそらく、星皇神の加護を持つエルトくんの魔法を受けたからでしょう」
「エルト、加護ってなに?」
ハイファの質問に、書物で読んだ内容を懸命に思い出したエルトはなるべく簡単な説明を試みた。
「星皇教会で洗礼を受けた者は、一種の魔法耐性を得ます。それが加護です。司教の使う魔法はすべて星皇神の力の一端で、不浄な魔力を清める力があるんですよ」
「……うん。わかった。ってことにする」
ハイファの淡々とした反応から、その試みはあえなく失敗に終わったことを知ったが、今は気にしている余裕はない。
「では、オルネスさんたちは自分の意思とは関係なく、彼に従わされていたと?」
「そうでもないんです。エルトくんの魔法を受けるまで、あの男への忠誠に何の疑問も持っていませんでしたから。問題は、消えたリンさんです。もしあの男に一人で遭遇したなら、人質として利用されるかもしれません。……エルトくんの師匠と一緒に」
「師匠が⁉︎」
「考えられるな。ゼモンの言葉が全部嘘なら、まだお前の師匠も、ここにいる」
話しながら駆けているうちに、一同は遺跡の正面入り口に到着していた。
「行くぞ。気を引き締めろ」
レイバを先頭に遺跡の中へと進入。遺跡の中は、空気の流れ込む低い音だけが渦巻いていた。
「ゼモン! よくも俺たちを良いように操ってくれたな! 姿を見せろ!」
「師匠! どちらにいるんですか! 師匠!」
「……リン!」
足音と叫ぶ声が静寂を搔き消し、松明が揺れる。
「なあ、レイバ……」
ずっと静かだったチャフが、囁くようにレイバを呼んだ。
「後にしろチャフ! まずゼモンを捕まえるんだ!」
「でも、オレ、オレってサ……」
「レイバ! 前を!」
チャフが何を言おうとしているのわからないレイバは足を止めるが、オルネスの叫びに前へ向き直る。
「き、貴様ら……!」
ゼモンだ。額に汗を浮かべ、同様の色を見せている。
「……!」
無言のまま、ノイドはゼモンに猛禽のような眼を向けた。
「よお、村長。探す手間が省けたぜ」
「これまでのツケは、高くつきますよ」
敵意を剥き出しにするレイバは、右手にはめられた毛皮つきのグローブに。
殺意を瞳に宿らせたオルネスは、上半身に装着していたベルト状の装具に。
「覚悟しろ!」
「あなたをここで倒す!」
魔力を滾らせ、迸らせる。
拳と一体化した巨大な打突装具、《アルミラージの堅角》。
四本の触手を蠢かせる《クラーケンの触腕》。
二つの獣骸装が、ゼモンと対峙した。
「あれが、龍瞳教団の……」
実物を目の当たりにして、エルトは錫杖を握り締めた。
ハイファもコンベルでのことを思い出し、肌が粟立つ。
「く、くく……くははは……!」
だが、ゼモンは笑っていた。肩を震わせて、目の前の反逆者を嘲笑うように。
「何がおかしい!」
「貴様ら、どうやら洗脳は解けても状況はわかっていないらしいな」
「なに……?」
訝るレイバだが、オルネスはなおもゼモンを追い詰めようとした。
「今のあなたに下僕はいない。虚勢を張るのはやめたほうがいいですよ」
「いいや。いるさ。とっておきがな」
ゼモンの視線は二人の後方に控える子どもたちに注がれている。
「こいつらを殺せ! バンデロシュオ!」
金色の獣骸装《コルジケプスの眼》が輝いた。
「バンデロシュオ⁉」
「やはり、あの魔獣はここに! チャフ、ノイド! 二人を守って!」
振り向いたオルネスの慌て様に、ハイファとエルトは自分たちの近くに例の魔獣がいるのかと周囲を見渡す。ノイドも腰に提げた剣の柄を握った。
チャフだけが、立ち尽くしていた。
「チャフさん?」
「チャフ?」
「ハイファ、エルト……。ごめんナ。レイバと、ノイドと、オルネスも」
突然に謝罪の言葉を口にしたチャフ。
「オレも、思い出したんダ。全部。オレが、誰で、何をしたのカ……」
「チャフ? お前さっきから何言って――」
レイバの言葉を遮るように、チャフを中心に魔力の渦が巻き起こった。
「なっ、なんだ⁉」
「凄まじい魔力……! いけないっ!」
驚愕するレイバの横で、オルネスが背中から伸ばした触手でハイファとエルトを掴んで引き寄せる。
「オレ……オレは……あ、ああ、あああ……!」
頭を押さえて膝をつくチャフ。魔力の奔流は、まだ止まっていない。
「アあアァアあアああァっ!」
咆哮を合図にして、チャフの身体が変容していく。
内側から食い破るように膨れ上がるチャフの身体は瞬く間に巨大化。しなやかな手足は鋭い爪を携える獣の四肢となり、背には長い尾が伸びる。
灰色がかった肉体を黒い鱗が包み、チャフという存在を覆いつくしていく。
「恐れよ! 貴様らの死はここに来たり!」
ゼモンの高らかな宣言とを凱歌に、一人の少年は一体の魔獣となって現れた。
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