2-26 地下牢の心理戦
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遺跡の地下に、硬いものがぶつかり合う甲高い音が響く。
「ふんっ!」
音の所在は牢屋の中。そして音の正体は、握りしめた石でラティアの手枷を壊そうとするリンだった。
しかし、数回の打ちつけで石の方が砕けてしまい、救出活動をひとまず休止した。
「かったいわね、これ!」
手の中で砂利に変わった石を投げ捨て、リンは嘆息する。
「でも、他に使えそうなものもないしね……」
「すみません。魔法が使えればこんな枷は一瞬で外せるのですが……」
リンは気遣ってくるラティアの正面に座り、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「いったい何があったわけ? 大司教さまがどうしてこんなところに閉じ込められてるの? 何も言わずにこの村を出て行ったんじゃなかった?」
「……それはあの男、ゼモンの狂言です。私はずっと、この牢に囚われていました」
ラティアは苦々しい顔つきで声を絞り出した。
「少し前のことです。サルタロの近くの村へ説教に向かう途中の私の前に、ゼモンが現れました。魔獣が暴れていると言う彼にそそのかされ、森へ連れ込まれた私は、昏睡の魔法で眠らされてしまって……」
「不意を突かれた、ってわけね。でも、サルタロからここまではかなりの距離があるわ。気を失ったままのあなたをここまでどうやって?」
ラティアは目を伏せて首を横に振るだけで、答えることはしない。
「私が目を覚ました時は、すでにこの状態でしたから。ただ……」
「ただ?」
「意識を失う直前、彼の隣に誰かがいました。おそらく、彼の協力者でしょう」
わずかにラティアが身じろぎして、鎖が小さく音を立てる。
「リンさんは『あれ』を見ましたか?」
「あれ?」
「彼が従えている、奇妙な魔獣です」
リンの顔から血の気が引いた。ほんの少し前に体感した恐怖が、肌にまとわりつく。
「見たわよ。チャフ……この遺跡のある村の子どもが、そうだったのね。あなたはあの魔獣が何なのか知ってるの?」
「詳しくはわかりません。ですが、私から奪った魔力はあの魔獣を制御するために使われているようです。ここで目覚めたときに、ゼモン自身が語っていました。彼の持つ獣骸装なるものが魔術刻印を刻んだこの枷と繋がっていて、奪った魔力で魔獣を操っていると」
「獣骸装……。じゃあ、あいつは教団の宣教師なのね」
リンは魔獣が人々に襲いかかった時も、自分を追ってきた時も、ゼモンの指示を受けてから動いていたことを思い出した。
「そう言えば、洗脳がどうとか言ってたわ!」
「はい。彼の持つ力は、どうやら他者を操るもののようです。地上の村人たちも、すでに彼の手に落ちているのでしょう」
「こんなことして、あいつは何が目的なの? そのあたりのことも話してなかった?」
「わかりません。彼の部下が時折り食事を運んで来るので、すぐに私を殺すつもりがないことは確かですが……」
「そう……。とにかく、ここを脱出しないと」
再び枷の破壊を試みようとリンが石を拾う。
「エルトは――」
ラティアの声に、振り上げた手が止まる。
「エルトは、無事なんですか? この村に来ているのですよね?」
「ええ。多分無事よ。まだ地上で寝てると思うわ」
「そうですか……」
安堵の表情を浮かべたラティアが少しでも元気を取り戻せるように、手を下げたリンは出来るだけ明るい声で話した。
「エルトってばすごいのよ。私たちと会うまであなたを探して一人で旅してたんだから」
「一人で? サルタロの神殿から?」
「あなたのこと、ずっと心配してたわ。慕われてるのね、お師匠さん?」
「ラティアで構いません。しかし、そうですか……」
リンが笑いながら伝えると、ラティアも微笑んだ。
「あの子が、自力で……」
ここでエルトと交わした報酬の約束について口にするほど、リンも無神経ではなかった。
「気弱そうなのに、意外と根性あるわ。将来が楽しみよね」
「はい。エルトは強い子です。いつか、私をも超えていくでしょう。それを見届けるためにも、私は、死ぬわけにはいきません。リンさん、力を貸してくださいますか?」
ラティアの真剣な表情が、リンの気持ちを引き締める。
そこに、一人分の足音が聞こえてきた。
「誰かしら? もしかして、助けが来たの?」
「いえ、おそらくゼモンです。リンさんは隠れて! 見つかれば殺されます!」
「隠れろって言ったって……!」
視線を彷徨わせたリンは、自分がこの牢に落ちた穴を見やった。
「迷ってられない!」
壁に足をかけ、穴の中へ潜り込む。運良く、身を隠せる程度の空間があった。
「具合はどうかな、大司教」
リンが完全に穴へ隠れたのと、ゼモンが声を発したのは同時だった。
「お前の弟子を名乗る小僧が来たぞ。お前を探しに来たそうだ」
ラティアは既に知っていたことだが、反応するフリをして枷を揺らした。
「……私を解放しなさい。今ならまだ引き返せます」
「引き返す? ……ハハッ。何を言っている」
ゼモンがせせら嗤い、ラティアは硬い表情を維持した。
「計画は止められないところまで来ているのだ。お前からはまだまだ搾り取らせてもらうぞ」
ゼモンの右手がラティアに伸びる。
金色の装飾が施された手甲の中央に光る眼球が、ギョロリと動いた。
「う、あああっ!」
ラティアの枷がゼモンに呼応するように発光し、ラティアが苦悶の声をあげる。
「魔力の吸収率をあげた。やつの制御にもう少し魔力が必要になったからな」
穴に隠れるリンは飛び出したい衝動に駆られたが、ここで自分が動いても事態が好転しないことは理解できていた。
「全く忌々しい。星皇神の加護がなければ、お前も、お前の弟子とその連れも、まとめて私の傀儡にしてやれるものを。恨むなら、己が信ずる神を恨むのだな」
「私は……あなたになど、屈しない。ましてや、神を恨むなど……っ!」
荒い呼吸を繰り返しながらも、抵抗の意思に満ちた眼差しを向けるラティア。ゼモンはつまらなそうに鼻を鳴らし、踵を返した。
「粋がるがいい。計画を果たした暁には、貴様の前にあの小僧の首を転がしてやる」
聞こえ始めたゼモンの足音に、難を逃れたことを確信したリンが穴の中で息を吐く。
「……ところで、その血はいったい誰のものかな?」
リンは身体中から汗を噴き出した。
ゼモンが指摘したのはラティアのそばにあったリンの血だ。
ラティアの平静を装っていた目にも焦りの色が差す。
「気づいてないと思ったか。見くびるなよ」
牢のそばまで戻ってきたゼモンが声を張り上げた。
「あの小娘、よもや逃げおおせていたとはな。言え! どこに隠れている!」
ラティアがどう答えるのか、リンは固唾を飲んだ、
「……彼女は、リンさんは確かにここに来ました」
口を開いたラティアは、口の端をわずかに上げた。
「ですが、もういませんよ」
「なに……っ!」
「この遺跡は、様々な仕掛けがあるようですね。入ってきたのとは別の隠し通路を使って、彼女は脱出しました。今ごろ、私の弟子と合流しているのではありませんか?」
穴の陰で、リンは舌を巻いた。ラティアは脅迫を逆手に取ってゼモンに揺さぶりをかけてみせたのだ。
「ゼモン、あなたこそこんなところにいていいのですか? 彼女が私の弟子のもとへ戻り、合図を送れば、転移魔法で星皇教会の司教たちが大挙して押し寄せますよ?」
ゼモンは眉をひくつかせ、数歩後退する。
「チィッ! 小癪な真似を!」
歯噛みしたゼモンが、駆け足でラティアの視界から消えた。
「……リンさん。もう大丈夫ですよ」
音が完全に消えてからラティアに呼ばれ、リンは穴から出る。
「肝が冷えたわ……。やるわね、あなた。まさかあんなはったりを言うなんて」
「物事をごまかすのは得意なんです」
いたずらっぽく笑ったラティアはすぐに真剣な顔つきに戻った。
「ですが、彼がいつ戻って来るかわかりません。急いでこの枷を外さないと」
リンも頷き、穴の中で見つけておいた鋭利な石を構えた。
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